第19話 幼馴染と雨①

 六月。正に梅雨入りと言わんばかりに今日は朝から雨が降っていた。レインコートを着て自転車に乗るか、それとも傘を差して歩いて行くか……。今まではも雨の日はあったが、なんだかんだ雨が止むか、小雨で済んだので、気にせず自転車に乗っていた。だから、朝から強い雨が降ったこんな日の通学方法を全く考えていなかった。


 琴歌ことかにはバスを使えばと言われたが、歩いて行ける距離ではあるので傘を差して歩いて登校した。琴歌も「じゃあ」と一緒に歩こうとしたが、定期券を持ってるならもったいないと適当に言いくるめて一人で歩くことにした。……琴歌が何故かとても機嫌が悪そうに見えたのは、気の所為だろうか。


「雨が降ると気が滅入るにゃあ」


 体育の授業前に香木原かぎはら千明ちあきが、体育館の扉から外を見て呟いた。バスケットボールは室内競技である為、雨が降ったところで他の競技ほど影響がないと思われるが、雨によるジメジメとした空気は体育館の中にも籠もり、少なからず精神的な影響は受けるだろう。


 俺はというと、雨はそこまで嫌いじゃなかった。空を覆う雨雲が太陽を隠すと、陽の光の傾きが確認しづらいからか、いつもよりも時の流れが遅く感じた。耳を澄ますと、体育館の屋根から一定間隔で落ちる雨垂れが、渡り廊下の屋根を規則的なリズムで叩く音が聞こえて────


「喋れや」

「ぐウッ──!」


 何故か千明に脇腹を指で小突かれて変な声が出た。


「なんだよ!」

「いっちょ前に黄昏ててムカついた」

「別に黄昏てなんてねーから」

「いつもなら適当に相槌してくるのに、それもないぐらいには独白ってただろ」

「……別にいいだろ」


 確かに雨を眺めて少し物思いに耽っていたが、それを読まれてしまうのは恥ずかしさが込み上げてくる。


「これが球技大会が七月にある理由かねぇ。ここまで雨が降ってちゃ野球もサッカーも無理だ」

「確かにこの時期にやるのには無理だ。けど千明、今の体育のバスケって一応球技大会に向けての練習って名目もあるんだよな」

「そうだぞ」

「野球とサッカーは?」

「ぶっつけ本番だぞ」

「おい」


 球技大会の種目はバスケ、バレー、サッカー、野球であるのだが、俺は当初バスケだけ参加する予定だった。だが、クラスの人数とそれぞれの競技人数の都合上、どうしても複数の種目に参加する人が出てくる。俺もその一人で、野球とサッカーも出ることになってしまった。


「バレー以外全部出るとか……」

「大会前だし現役運動部は派手なプレー控えたいからな。元運動部は戦力として優秀だからなーん」

「それは派手な動き求められてるってことか……? 俺は地力低いからな?」

「まあ主力はいるだろうから、数合わせよ。でも、やる気がありゃなんとか出来るだろ、ゆきんちゅは」

「無茶言うな」


 一応球技大会は遊びの面が強いので、本格的に時間を掛けてやるわけではないから、そこまでハードなスケジュールにはならないと思う。例えば野球は高校野球ならイニングは九回だが、この球技大会では四回までだし、サッカーは人数もコートも縮小して行われる。

 それでも俺には荷が重いと思うが……。


「でも本当にやる気の問題だと思うけどな行人ゆきひとは」

「まるで俺にやる気がないみたいな言い方だな」


 これでも中学時代は練習をサボったこともないし、自主練だって惰性でしてたわけではない。


「不思議でしょうがないのよ。あんだけ練習して勝利にこだわらない性格ってのが」

「勝ち負け以前についていくので必死なんだよ。俺みたいなやつはさ」

「そういうもんか?」

「そういうもんだよ」


 急に何の話をしてるんだ。と思ったが、もしかして俺が競技に参加するだけして、適当に流して終わらせようと思われてるんだろうか。


「言っておくけど、引き受けたからには真面目に取り組むからな」

「ああ、それはゆきんちゅの社畜精神から心配はしてないのよ」

「だれが社畜だ」


 中学の文化祭とか頼まれたことどんどん引き受けてた気がするな……。


 そうだ思い出した。俺が部活遅れるからって千明も渋々手伝い始めて、あの時は物静かな奴だったからツンデレ感すごくて、それでまたモテてたよなこいつ。


「ゆきんちゅどした? そんな目で見つめて」

「…………お前変わったな」

「? 人は変わるもんだ」


 まあ、全然話さなかった中学時代に比べればマシ……なのか? コミュニケーションの努力の結果が、この変な語尾とかに繋がってるなら目を瞑ろう。


「しっかし、ゆきんちゅが皆の期待に応えられるかどうかは、まずはその前のテスト次第じゃないかねー」

「テスト?」

「今月あるだろ、期末テスト」

「…………忘れてた」

「だろうな」


 今月末には期末テストがあるんだ。その結果次第では球技大会どころではなくなってしまう。五月にも中間テストはあったが、今回は球技大会目前で行うテストだし、その結果次第では最悪の場合は参加出来なくなるかもしれない。


「でもゆきんちゅには頭のいい幼馴染がいるから、勉強教えて貰えばいいじゃん」

「それは……」


 琴歌は五月にあった中間テストで学年上位に入ったほど頭がいい。確かに家が隣だから休みの日でも気軽に頼めそうではある。俺は中間テストでは赤点こそなかったものの、どの教科もギリギリセーフという具合で次もうまくいく保証はない。


「まあ、そうだな……頼んでみるか……」


 とは言ったものの、この間の誕生日にいろいろして貰ったばかりだから。少し気が引ける──…………と、そこで先日の膝枕がフラッシュバックした。


「どしたー?」

「なんでもない」


 慌てて頭を振って、頭の中を真っ白にした。


「はっはーあ? 行人くん。変なこと考えずに"勉強"するんだぞ」

「……変なことなんか考えてねぇよ」

「間があったな」

「うるせぇ」


 わざとらしく煽ってくる千明を手で払う。とりあえず、琴歌の機嫌が直っていることを祈っておこう。

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