閑話 駒鯉陽愛は加担する

「男の人が貰って嬉しい物ってなんだと思います?」


 昼休み、琴歌ことかちゃんがそんなことを呟いた。


「それってプレゼントってこと?」

「いえ……なんとなく、ちょっと思っただけです」

「そっかー」


 多分、行人ゆきひとくん絡みなんだろうけど、なんで隠すんだろう。とりあえず様子を伺うことにする。


「別に何か欲しいわけでもないときに貰っても、喜ばれる……いえ、喜ばれなくても貰って困らないものと言えば……というような」

「うーん、複雑な問題だね」


 中庭のテーブルに座りながら、私はお弁当の唐揚げを一つ摘んで口に運ぶと、咀嚼しながらうーんと頭を捻る。隣には菜由なゆちゃんも座っていて、一緒に顎に手を当てて考えている。


 "何か欲しいわけでもないときに貰う"というのはサプライズを考えているのかな、もしかしてゴールデンウィーク中にしてた特訓のお礼かな。でも、それだと別に私に隠す必要もないような。


「ゆきく──あまり物欲がない人でも喜ぶような、あったら嬉しいけど、ありきたりじゃないような……」


 今"ユキくん"って言いかけたなぁ……。しかもありきたりじゃない物って、結構特別なプレゼントっぽいよね。


「琴歌、それって依河よりかわくんの誕生日のやつ?」

「えっ……あっ、そう……ですね…………」

「行人くん誕生日なんだ!」

「はい、その……」


 それならお祝いしないと! って思ったけど、琴歌ちゃんはなんだか乗り気じゃないのかな。なんだか歯切れが悪い反応してる。


「琴歌ちゃん? どうかしたの?」

「えぇと……」


 琴歌ちゃんは目を逡巡させた後で深呼吸をする。


「その……五月の二十九日が、ユキくんの誕生日なんですけど……」

「二十九日? あれ、その日って……」


 確か学校の創立記念日だったような。


「はい。創立記念日で休みなんですよね。それで………」


 琴歌ちゃんは言いづらそうにしながら、私の目を見つめると、何故か急に勢いよく頭を下げた。


「すみません! 陽愛ひまなちゃん!」

「え、なに!?」

「陽愛ちゃんはユキくんと仲がいいので……その、誕生日の前日とかに祝ってしまうかなって……」

「……え?」


 一瞬、言ってる意味がわからなくて困惑したけど、私以上に琴歌ちゃんの方が、自分の言葉に振り回されているように、視線があっちにいったり、こっちにいったりで落ち着きがなかった。


「いや、その……私が先に────じゃなくて、やはり当日に祝ってあげるのがいいかなって……あ、いや別に前日に祝うのも悪くはないと思いますが……なんというか…………」

「………………なるほど」


 理解した。琴歌ちゃんは行人くんの誕生日を最初に祝ってあげたいんだ。でも誕生日が休みとなれば、仲が良い人はその前の日に祝っちゃうかもしれない。


 確かに私だったらそうしてた。でも、隣の家の琴歌ちゃんなら休みの日でも自然と誕生日を祝うことができる。むしろ幼馴染である琴歌ちゃんの特権とも言える。


 意外と独占欲が強いんだ琴歌ちゃん。それはいいなぁ、本当にいいなぁ。これで付き合ってなくて、普段は"友達です"みたいな顔してるのに、それでもやっぱり自分が一番で居たいんだなぁ。


「別に謝らなくていいよー。じゃあ私は次の日にお祝いしようかな。ちゃんと過ぎて歳を重ねてからの方がいいもんねー」

「そ、そうですね……」


 琴歌ちゃんは少し頬を赤らめながら目を逸らした。琴歌ちゃんの見た目は清楚なのに我儘でちょっと愛が重いようなところいいな。行人くんいいなー。羨ましいなぁ。なんで付き合ってないの?


「陽愛、すっごいニコニコしてるね」

「うぇ!?」


 菜由ちゃんに言われて自分の口角が上がっていることに気づいた。やばいちょっとキモかったかも。


「で、でも行人くんの欲しそうな物かあ。幼馴染の琴歌ちゃんが思いつかないなら私には思いつかないかなぁ。菜由ちゃんは?」

「んー、縄……とか? あと鞭とか?」

「え?」

「いや、なんとなく…………好きかもなぁって」

「菜由、ユキくんをなんだと思ってるんですか…………?」


 ふざけた答えかと思ったけど、菜由ちゃんの顔が至って真剣だった。そのせいか、琴歌ちゃんも顎に手を当てて「鞭……」と真面目な顔で呟いてる。いや、流石に鞭はいらないんじゃないかな……。強引に軌道を修整するように私は一つの案を出す。


「じゃあさ。こういうのはどう? 琴歌ちゃん」

「なんですか?」

「"物をあげる"んじゃなくて、琴歌ちゃんが"何かをしてあげる"とか」

「それは……例えば?」

「えーと……」


 あっ……咄嗟に思いついたことだから、何も浮かび上がらないや。

 

「何も思いつかないや! "なんでもする"とかでいいんじゃない?」

「それは……」

「あー、私もそれがいいと思うよ」

「え、菜由まで」

「依河くん相手だとちょっと怖いけど……」

「菜由ちゃんは行人くんに一体どんなイメージを持ってるの……?」


 それはさておいて、琴歌ちゃんは納得出来ない様子だけど、実際琴歌ちゃんほどの美少女にそんなとこを言われたら、黙っていられる人もいないと思う。けど──


「でも多分、ユキくんは何もしなくていいって言いますよ」

「え? あー……」


 言われて確かにと思った。二人は幼馴染で仲が良くても、付き合うまでには至らない関係だ。だとしたら、お互いに遠慮して距離感にあると思う。"なんでもする"と言われても、本心は出さないかも。


「そうは言っても、して欲しいことの一つや二つはあると思うよ」

「……まあ、ユキくんは素直じゃないですからね」

「二人は幼馴染くらいの特別な関係だから、きっと本音も出ると思うよ」

「特別な…………とりあえず試してみます。駄目だったら少し問い詰めてみます」

「うん、それがいいと思うよ」


 "問い詰める"のはどうなんだろう。と思いながら、多少強気に言ったほうがいいんだろうなあ。とも思う。


 とりあえず今日のところは、独占欲の強い琴歌ちゃんが見られたのでとてもよかった。誰にでも優しくて人当たりがいい子が、特定の人物に対してだけ見せる我の強い一面。


 今日の昼休みはとてもお腹がいっぱいになった。

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