第18話 幼馴染と誕生日②
「なんでもって……どういうことだよ」
突然の言葉に動揺しながら、ソファに座ったまま膝の上に肘を置いて
「そのまんまの意味ですよ」
「じゃあ俺が──いや、なんでもない」
試しに何か言ってみようとしたが、琴歌の目が本気に見えたので、あまり軽率な発言はしないように口を閉ざした。
「あら? 遠慮しなくてもいいんですよ」
「してねぇよ。というかなんで急にそんなことを言い出したんだ」
「それはですね……」
琴歌は隣に座る。子供の頃は二人で座っても余裕があったうちのソファは、買い替えたからか、それとも俺も琴歌も成長したからか、肩が触れそうなくらいに距離が近い。
「ユキくんって全然物を欲しがらないって聞きましたから」
「母さんから聞いたのか。まあ、それはそうだな」
正直、物欲というものはあまりない。漫画もゲームも嗜むがそこまでのめり込んでいる訳でもないし、暇を潰す時は体を動かすことが多い。部活もやっていないので今は必要なものもないし。
「一応こういうのも用意したんですけど」
そう言って琴歌は小さな箱を取り出して、開けて見せる。
「ハンカチ?」
「はい、ユキくん普段持ち歩かないじゃないですか」
「いや、別に家にはいくつかあるけど」
「持ち歩いていない。ですよね? 私がプレゼントしたら、罪悪感で持ち歩くようになると思いました」
「言っても聞かないからって、俺の人道に訴えてくるとは……」
「ちゃんと持ち歩いて下さいよ」
「お前は俺の母親かよ」
「その"俺の母親"から頼まれましたからね。面倒見てあげてって」
「嘘だろ母さん……俺はそこまで手のかかる息子じゃないと思うんだが」
やはり母さん絡みで琴歌はいろいろ積極的になっている気がする。だからといって、"なんでもする"なんてことを言うようになったのは流石に度が過ぎると思う。いや、別にそんなやばいことを俺は頼むつもりはないけれど……。
「というか、ケーキもプレゼントも貰ったからもう充分過ぎる程なんだが?」
「あ、ちなみにそのハンカチ、そのままだと流石に物足りないと思ったので刺繍を入れてますよ」
「充分過ぎるって言ってるんだけど?」
試しにハンカチを広げてみると、青いハンカチの隅っこに何かが描かれている。これは………………猫……か?
「簡単なものですけどね」
「なんで猫なんだ?」
「え、可愛くないですか?」
「いや、可愛いけど」
「名前にしようかなって思ったんですけど、名前入りってなんか恥ずかしくて使わないと思ったんですよね」
「だからって猫?」
「可愛いからっ、いいじゃないっ、ですかっ!」
「あっ、はい」
これはこれで使うの恥ずかしくないか? 猫は小さいし、そこまで凝ったものでもないから、シンプルなデザインとして受け入れられるけど、完全にこれは琴歌の趣味じゃないか。
まあ、いろいろ言ってしまったし、そのせいで琴歌もちょっと怒ってしまったが、琴歌からプレゼントを貰えたことはすごく嬉しいし、本当にこれで充分過ぎる程今年の誕生日は貰っている。
「それで、私は何をすればいいですか?」
「何もしなくていい」
「はぁ、ユキくん……」
「なんでそんな機嫌が悪いんだよ」
「だって私はしてあげたいから言ってるんですよ?」
「俺は…………」
何もするなとは言ったが、それは心の底から出た言葉ではない。正直、俺も男だし琴歌のことを可愛いと思ってるけど、だからといって何をしてもらえばいいか、良心と常識の範囲で女友達に頼むことといえば────なんなんだよ………
「……肩叩き、とか?」
琴歌は無言でそっぽを向いた。これでは満足出来ないらしい。なんでだよ。
「えぇー……と、コーヒーを淹れて欲しい。とか?」
これも違うと無反応。
「じゃあ…………頭を撫でて欲しい」
「……ふーん」
その"ふーん"は何!?
結構言いたくないことを言ったんだが、これで反応が微妙なのは何故なんだよ。もしかしてドン引きされたか? 頭を撫でて欲しいって確かにちょっとキモい気が────
「もう一声」
「は!?」
ドン引きされたと思ったら更に上を要求してきた。なんでだよ。というか、もうここまで来たら琴歌の口から何をしたいのか言ってくれよ。俺は深い深い深いため息をついて、もうやけくそになって最後の願いを言う。これで駄目だったら部屋に逃げる。
「…………膝枕で」
「……まあ、いいでしょう」
琴歌は困ったように微笑んで俺の目を見る。その機嫌が直った表情を見て、ようやく期待に応えられたと安心して胸をなでおろした。
「じゃあ、はい」
「え?」
「え? じゃないですよ。膝枕、するんですよね?」
「あ……」
隣に座っている琴歌は手を広げて、綺麗に揃えた脚の上に俺の視線を誘導してくる。五月後半のこの気温で薄手のワンピースに見を包んでいるからか、細く長い美脚が服の上からでもはっきりわかる。え、あの上に頭を乗せろと?
「保留で」
「はぁ、男らしくないですねぇ」
「……わかったよ」
もう観念して覚悟を決めることにする。ソファの限界まで距離を取って、琴歌の膝の上に頭を倒そうとする。
「……こっち向いたら叩きますからね?」
「わかってるって!」
念のため言われたが、流石にそんなことをしない。それでも、他人の膝の上に頭を置くのはやはり恥ずかしくて緊張してしまう。
「あの、早くしてもらっていいですか?」
「わかったよ!」
ここまで来たら変に躊躇った方が照れが増すだけと、腹をくくって琴歌の膝の上に頭を乗せた。
「……私だって緊張してるんですからね?」
「…………そうか」
じゃあ"なんでもする"なんて言わなきゃよかっただろう! と思ったが言わないでおこう。
初めて人の膝の上に頭を乗せたが、思っいたよりも気持ちがよくて、今度は起き上がれなくなりそうだ。
「そういえば頭を撫でて欲しいんでしたっけ」
「いや、それは──」
苦し紛れに言ったことで本当にしてほしい訳ではなかったのに、俺が否定する前に、琴歌は俺の頭を撫でていた。
膝枕をしてもらい、更に頭を撫でてもらう……こんなことをされていいのだろうか。そう思っても、言葉に出来ず、ただただその今まで味わったことのない心地よさに身を委ねてしまう。
「こういうの……いいですね」
見下ろす琴歌に視線を移すと、その顔は優しく微笑んでいて、正しく慈愛という言葉が似合うほどだった。
「そうだな」
もはや俺は何か言うのも馬鹿らしくなり、いっそこの時間が永遠に続いてしまえばいいと思った。
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