第17話 幼馴染と誕生日①

 五月のイベントと言えばなんだろうか。学生からしたら、休みが多いくらいの感覚で、部活をやっていれば春大会とかあるだろう。


 我が依河よりかわ家に限って言えば、五月のイベントと言えば俺の誕生日があることだ。いや、自分から自分の誕生日をイベントとして扱うのは気が引けるし、周りの人間に教えたりもしていないが。


 千明ちあきにも俺の誕生日を言ったことはないし、別に誰かに祝って欲しいわけでもない。ただ、両親は一大イベントのように扱っている。本当に家族愛が強い一家だが、流石に息子の誕生日に有給休暇を取ろうとするのはもうやめてほしい。こっちがいたたまれなくなる。


「でも今日はあっさりしてたな」


 毎年なにかしら派手に祝おうとして、俺が断っても押し通そうとしていたが、今年はやけに聞き分けがよく、母さんも父さんも引き下がって仕事に向かった。


 高校生になったからかもしれない。流石にもう子供扱いしなくなったのかと、とりあえず納得する。しかし、最近はこういう……俺のことを誘いつつ断られたらあっさり引く事案が多い。それはそれで何か企んでいるのかと考えてしまう。


「まあ、ゆっくりするか」


 今日はそんな俺の誕生日だが、学校の創立記念日で休みになっている。この休日が今後も約束された誕生日プレゼントなのかもしれない。リビングのソファに横になって寛ぎながら、そんなことを考えていた時だった。


 ポーン。と家のインターホン鳴った。


 平日の昼間から一体誰だと思いつつ、立ち上がって背伸びをする。家には俺以外に誰もいないので、鍵を掛けている……だから、誰も入って来るはずがないと思っていた。


「あ、ユキくん。起きていたんですね」

「は?」


 いきなり鍵を開ける音が聞こえて、廊下を歩く足音が聴こえたのも束の間、リビングの扉を開けて琴歌ことかが入ってきた。


「なんで琴歌が?」

「今日ユキくんの誕生日じゃないですか」

「いや、そうじゃなくて、どうやって入ってきた」

「どうって……鍵を開けて」

「それをどうやったって聞いてるんだよ」

「もしかして何も聞いてないんですか?」


 何のことだ。と思っていたら、琴歌はポケットから何かを取り出した。どこかで見覚えがある銀色のそれは、見間違いでなければ俺の家の鍵だ。


「ユキくんのお母さんから、合鍵預かったんですよね」

「なんで?」

「いや、それはこっちが聞きたいですよ……」


 琴歌は目を細めながら困惑を訴えている。そもそも琴歌は、今まで勝手に家に上がり込むことを躊躇っていた。恐らく半ば強引に押し付けられたかもしれない。


「流石に無用心だと思うのですが……」

「……まあ、琴歌なら大丈夫だと思ったんだろ」

「信頼されているのはありがたいですけど、少し困りますよ」

「確かに他人の家の鍵とか渡されてもな……。でもいいんじゃないか、最近は朝とかに来ること多いし、気楽に来れるだろ」

「それはユキくんが朝起きて来なくなったからなんですけど?」

「う……」


 睨みつけるながら言われて、目を逸らしてはぐらかした。琴歌の言う通り、最近は起きるのが遅くて、琴歌に起こして貰うことが多い。アラームは設定しているが、それも止めて二度寝をしてしまう。


「五月病ってやつかな」

陽愛ひまなちゃんも最近は遅刻しないギリギリの時間がわかってきたと言ってましたし、多分慣れて来たんじゃないですかね」

「慣れ、かぁ……。このまま琴歌に起こして貰うのも慣れてしまいそうで怖いな」

「別にいいですよそれは、どんどん起こされちゃって下さい」

「優しい」

「それで依存してきたところで私はやめますから」

「一番苦しむやつだろそれ」


 琴歌はにっこりと笑って、正しく天使のように微笑んでみせる。言ってることは、人を堕落させた後で突き落とす、という悪魔の所業にも近い行為だが。


 というか、琴歌の口から母さんの話が出る事が多い気がする。母さん……なんなら父さんも含めて、なにか企んでいる気がする。今思えば、先月琴歌に初めて手料理を作ってもらった時も、不自然に帰って来なかったし、あの時から既に……──最近、俺のことを誘わなくなったのはそういうことか?


「それでケーキを作って来たんですけど」

「まじか、ありがとう」

「と言っても小さいチョコレートケーキなんですけどね。どうせならユキくんのお父さんとお母さんにも食べてもらおうと、もっと大きめで別のものを作ろうとしたんですけど、ユキくんのだけでいいって言われたので……」

「やっぱりか」

「やっぱり?」

「いや、なんでもない」


 琴歌がテーブルの上に置いた箱を開けると、中にはチョコレートでコーティングされたミニホールケーキが入っていた。"Happy birthday!"の文字が入った板チョコが乗っているシンプルなもので、変に気を使わずに食べられそうだ。


 しかしクオリティがえぐいな……。すんなり受け入れてしまったが、普通にこういうのを作ってしまうのは本当にすごいと思うと同時に、ここまでのことを俺はされていいのかと少し戸惑ってしまう。


「いや、本当にありがとう。美味しそうだ」

「いいんですよ。言ったじゃないですか、食べさせたいものはいっぱいあるって」

「ああ、そういや言われたな」


 ただ、その言葉の通りにいくと、俺は貰いっぱなしになってしまう。何かお返し出来るものを考えなくてはならない。遅れても琴歌の誕生日である十二月に間に合うまでには。


「で、それはあとのお楽しみということでですね」

「ん?」


 琴歌はそう言ってケーキの箱を閉じると、ひとまず冷蔵庫に入れた。最初の頃は勝手に冷蔵庫を開けるのに遠慮していたのに、今ではそんな素振りも見せないあたり大分馴染んできたようだ。


 琴歌は再びソファに座った俺と向き合うと、その目をまっすぐ見つめて言い放つ。


「もし、私がなんでもするって言ったら……どうします?」

「はい?」

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