第16話 幼馴染と休み明け②
体育の授業は二つのクラスが合同になって行われる。今日からそれぞれバスケとバレーで別れ、バスケは第一体育館、バレーは第二体育館で真ん中にネットを引いて、男子と女子でそれぞれハーフコートを使用する。
つまり、
「
「は、はい!」
授業終盤のミニゲームで、同じチームの女子からパスを受け取った琴歌は、そのままドリブルしてコートを駆けると、別のチームメイトにパスを回す。
最初の頃に比べたら目覚ましい成長を遂げていた。確かに不安そうにチラチラと跳ねるボールを見ることと、利き手の右手でしか出来ないから、右側にしか走れないことは及第点だが、練習を始めたばかりの完全に素人の状態から見ていた俺としては、少し感動を覚えるレベルで上達している。
そうやって心の中で応援しながら見守っていた時だった。
「ゆきんちゅ〜、熱視線はほどほどにしておけよ〜」
「うわっ!」
「びっくりさせるなよ」
「この程度でびっくりするほど集中するなや。待機中だからって女子の方見すぎぞ」
「武士みたいな語尾やめろ」
バスケットボールを抱えた千明が呆れた目で俺のことを見下ろしていた。確かに琴歌のことが心配すぎて、女子の方を見すぎていたかもしれない。
「まあ、ゆきんちゅに限った話じゃないけどな」
「どういうことだ?」
「周りを見てみなー」
言われるがままに横目で周囲を伺うと、何人かの男子生徒は女子の方を見ていた。人のことを言えないが、やはり男子と女子で体育館を分けるべきだったのかもしれない。
そう思ったが、彼らの話を聞いていると、どうもただ女子を見ているだけではないようだ。
「姫榊さんやっぱりかわいいよな」
「ポニテ姿たまらん」
「ちょっとあたふたしてるのもいいよなぁ」
どうやら彼らの目当ては姫榊琴歌のようだ。流石は学校一の美少女と噂されるだけはあると、琴歌の大物っぷりにため息を漏らした。
二クラス合同授業ということもあって、普段から琴歌を見ない人からしたら、この時間は貴重なのだろう。特に中学校で見たときがない顔ぶれが、琴歌のことを話していた。
「有名人だねぇ」
千明がボールを真上に投げながら呟いた。
「本当にな」
「まあ、ゆきんちゅも人のこと言えないけどな」
「ん?」
どういうことだ。と思ったが、先程の男子達の会話の続きから、すぐにその言葉の意味がわかった。
「でも付き合ってる幼馴染がいるらしいぞ」
「あれ、付き合ってはいないって言ってなかったか?」
「いやいや、言ってるだけだろ。昔から仲が良かったらしいから絶対付き合ってるだろ」
どうやら長い連休が明けても、俺と琴歌のことは噂されているようで、琴歌に度胸試しや面白半分で告白する人はいないようだった。付き合ってるフリなんて面倒なことはするつもりはない。何故ならわざわざ嘘をついて生活すれば絶対にボロは出るし、ボロが出た時に「やっぱり付き合ってないんじゃ」と思われる可能性がある。
逆に「付き合ってない」と言っておいて、たまに距離を縮めるくらいなら「やっぱり付き合ってるんじゃ?」と考えさせることが出来るだろう。と考えていだが、その目論見通りに事は進んでいるようだ。
「まあ、姫榊さんみたいな人と仲良くて付き合わないのは男としておかしいもんな」
「それな、前世でどれだけ徳を積めば幼馴染になれるんだよ」
…………なんだか言い方にトゲがあるように聴こえたが、気にしすぎか。というか、琴歌の方は相変わらず有名だが、
「おかしいんだってさ」
チラリと千明が俺の方を見て呟いた。
「好みなんて人それぞれだろ」
「俺としてもわからないけどにゃー」
「……もしかしてお前も──」
「そうじゃないって。君らよ君ら、別に君ら付き合っててもおかしくないだろって話」
「仲良いからって付き合うとは限らないだろ」
「行人、お前は──」
そこで体育館中央に置かれたタイマーが鳴り、女子も男子も待機中の生徒とメンバーの入れ替わりが行われる。
「千明、今なんか言おうとしたか?」
「いや、なんでもない」
千明は真面目な時は俺のことをちゃんと『行人』と呼ぶから、なんでもないようには思えなかいが……。その時、こちらを見ていた琴歌と目があった。拳を握ってドヤ顔をして見せて、どうやら大分手応えがあったようだ。
俺も控えめに親指を立てて、「よくやった」と言葉にはせずに口だけ動かして伝える。すると、琴歌は緊張がとけたのか、頬を緩ませて笑ってみせた。
「ゆきーんちゅ」
「ん、ああ。今行くよ」
千明に呼ばれて慌ててコートの中のメンバーと入れ替わる。本当になんでもなかったのかもしれない。
琴歌のことは可愛いと思うし、一緒に居て楽しいと思う。ただ、それを恋と呼んでいいのかは……わからない。
今は中学の頃の空白の期間を──子供の頃の延長を楽しんでいるだけだ。
きっとお互いそうなんだろう。
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