第15話 幼馴染と休み明け①

「ユキくん、ユキくん。朝ですよー」


 カーテンが開く音が聞こえて、続いて窓が開く音が聞こえ、新鮮な空気と朝日が部屋の中に差し込んでくる。その眩しさに目をしばたたかせて堪らず瞼を擦ると、ゆっくりと目が光に慣れてきて、広がって視界のその端……陽の光が差し込む窓際には天使が立っていた。


 窓から差し込むそよ風が、白金の髪を撫でると、陽の光を浴びてきらびやかに舞ってみせる。あまりの美しさとまだ覚醒しきらない意識の中で、自分がまだ夢を見ているのだと錯覚した。


「ユキくん?」


 姫榊ひさかき琴歌ことかは、まだ起き上がらない俺の顔を覗き込んで、目の前で手を振って反応を伺う。


「どうしました?」

「いや、なんでもない」


 寝起きなせいで殆ど声が出ていなかったので、ひとまず手を振るジェスチャーでなんでもないことを示すと、ゆっくりと上体を起こして伸びをする。


「おはようございます」

「ああ、おはよ」

「ゴールデウィークは終わりましたけど、大丈夫ですか?」

「大丈──……いや、油断してたな」


 時計を見ると、いつもよりも五分遅い起床だった。時間だけなら別に焦るほどではないが、これはスマホのアラームを設定し忘れていることを意味しており、琴歌に起こされなければまだ眠っていただろう。連休中にアラームを解除していたことを忘れていた。


「琴歌は筋肉痛とか大丈夫か?」

「はい。もう問題ありませんよ」


 ぐっ、と琴歌は腕を曲げて見せる。もう暑いからか制服のブレザーは着ていないので、華奢な身体がよくわかってしまう。力こぶなどないような細い腕がはっきりわかる。いや、この短期間で見てわかるほどの筋肉をつけられても困るのだが……。


 ゴールデンウィーク中はずっと琴歌の練習に付き合っていたが、連休最終日の昨日は、疲れを取るのと筋肉痛を治すために、お互いに丸一日休むことにした。肝心のお披露目に疲れで動けない、なんてことになったら本末転倒だし。


「それで、なんで琴歌は俺の部屋に居るんだ」

「そ、れは……」


 率直な疑問を投げかけてみると、琴歌を逡巡して窓の外を横目で見て、逃げるように身体を傾けると、その状態でこちらに目配せする。


「ユキくんが起きて来ないからですよ?」

「そんなに寝過ごしたわけでもないと思うけど」

「でもユキくんのお母さんが、今日は全然起きて来ないって心配してて、私に見てきてくれないかって」

「母さんが?」


 まだそんな心配するほど寝過ごしているわけでもないと思うが、実際起こされなかったら危なかったかもしれないことを考えると、結果的には起こしに来てもらって良かったのだろう。


「いや、ありがとう琴歌。起こしてくれて助かった」

「いえ、でもユキくんの部屋に勝手に入ってしまいましたから、なんだか申し訳ない気はしてるんですよね……」

「んー、別に見られても困るものもないし、それなりに掃除はしてるし、全然構わないけどな」

「……じゃあ勝手に入っても?」

「そうだな……まあ変なことをしなければ?」


 特に拒絶する理由も思いつかないが、流石に荒らされたりすれば困るので、全てを許可するわけではないことをやんわりと言っておく。琴歌に限って悪いことをするとは思えないけれど。


「へっ──!? 変なことなんてしませんよ!」

「ならいいけど」

「そもそも変なことって具体的に──いえ、なんでもないです……」

「…………そうか」


 急に琴歌が慌て出して、どうしたのかと思ったが……確かに「変なこと」という言い方は誤解を招いたかもしれない。男子と女子という間柄で、もう高校生ともなればそれなりに意識してしまう。

 気まずさから目を背けて黙り込んでしまう。小鳥のさえずりが、煽り立てているかのようにやけに耳に響いた。


「とりあえず着替えるから」

「は、はい!」


 タオルケットをよけて立ち上がろうとすると、琴歌はびくりと身体を震わせて、早足で部屋の扉に向かって歩く。


「じゃあ、私は下で待ってますからね」

「ああ、すぐ行くよ」


 そう言って琴歌は部屋から出て、扉を閉めたのを確認して、俺は着替え始める。寝るときは薄手の長袖のTシャツを着ていたが、制服を着ることと昼の暖かさを想定して、もう下着は半袖でいいかもしれない。そう思ってシャツを脱ごうとして──


「ユキくん。忘れ物とか──ひぁ!?」


 琴歌が扉を開けた。


「す、すみません! あっ、あっ、ぁ、次からはノックします!」


 上半身裸になったところを目撃した琴歌は、慌てて扉を閉めると、扉の向こうで何度も謝る声が聞こえた後に、階段を降りる音が響いた。


「あっぶな」


 脱いでいたのが上半身でよかった。琴歌の慌て方が異常だったが、男なら上裸を見られてもそんなに慌てることはないだろう。びっくりはしたが……。


 しかし、幼馴染に起こされるなどと、そんなラブコメみたいな日がくるとは思はなかった。まだ寝起きに見た琴歌の顔が鮮明に頭に残ってる。


「……心臓に悪いな」


 机の上にあるスマホを取り、時間を見る。アラームは後で設定しておこう。とりあえず今はポケットに入れておいた。

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