閑話 姫榊琴歌は夢を見る
あれは小学二年生の頃だったっけ、それとも三年生の頃だったっけ。突然家に来たユキくんに誘われて、お祭りがあるらしいと言われて、廃校になった西小学校に行くことになった。
「もうすぐ着きそうだから頑張れ」
「う、うん…………」
果てしなく長い道の途中で、私は疲れてしまって膝に手をついた。私が自転車に乗れないから、ユキくんもそれに合わせて歩いてくれていた。本当は断ることもできたのに、私は置いていかれるのを嫌って我儘を言ってついて来た。
「大丈夫か?」
「うん……だい……じょうぶ……」
西小学校はもうすぐそこ……そもそもここまで来たら引き返すのも嫌だったので、なんとか根性で歩き続けた。
この時はなんだかムキになっていた気がする。お父さんに車で送って貰うのも拒否して、歩いていくとか言って、ユキくんにまで迷惑かけて……今思い返すととても恥ずかしいです。
「ほら、
「え?」
ユキくんはしゃがみ込んで、背中を見せてくる。すぐにおんぶしようとしゃがみ込んだのがわかったけど、私は流石に断った。
「だ、大丈夫だよ……それに私、重いよ……」
「嘘つけ、それで重いはずないだろ。いいから早くしろ」
強引に、ユキくんは私に背中に乗ることを促して、私は観念して渋々乗ることにする。もう迷惑をかけているのはわかっていたけど、だからこそ、強い言葉に断ることが出来なかった。
「しっかり掴まってろよ。せーのっ──」
ユキくんが勢いよく立ち上がると、私は振り落とされないように必死に掴む。立ち上がった時に少しふらついて、私は背筋が冷えたけど、ユキくんはバランスを保ってなんでもないように笑った。
「よし、行くか」
「だ、大丈夫? 重くない?」
「平気平気」
ユキくんは私のことを担ぎながら、ゆっくり歩きはじめる。あたかも余裕そうに、背中に乗った私に話しかけながら歩いているから、私も少しずつ不安がなくなっていった。
でも到着するころには、ユキくんは汗をだらだらとかいて、明らかに無理をしているのがわかった。それでも彼は笑って見せると、軽く私の頭を撫でた。
この頃には、私はもう既にユキくんから目を離せなくなっていた。きっとそれは平気で無茶なことをしようとする彼の性格がたまに怖くなるから、いつか大怪我をしてしまうんじゃないかって心配してしまうから。
そう思うと、どうしようもなく胸の奥が苦しかった。
「琴歌、そろそろ起きろ」
「ん……」
目を覚ますと、そこはバスの中だった。
バスの中には殆ど人はいなく、夕焼けが窓から差し込んでいる。どうやら西小学校からの帰りのバスで、疲れて眠ってしまったのだと気づいた。隣にはユキくんが座っていて、身体を揺すって起こしてくれたようだ。
「もうすぐ着くから」
「…………ふぁぃ」
あくびしそうになって慌てて手で口を抑えた。すぐにバスはいつもの、学校に行く時に乗るバス停に到着する。私とユキくんはバスから降りようとして、まず先にユキくんが降りると、降りた先で少し心配そうに私のことを見てくる。寝起きだから足元がおぼつかないように見えたのかも。
「大丈夫ですよ」
「そうか?」
心配そうに見つめるの彼がおかしくて、思わず笑ってしまった。ユキくんは考えていることがバレて恥ずかしいのか、首に手を当てて誤魔化した。
「んー…………」
と、一つ背伸びをした。しっかりと手にはジャージの入ったバッグを持って、忘れ物がないか確認する。ユキくんはボールを右脇に抱えながら、左手で右の肩辺りを擦っていた。
「肩、痛いんですか?」
「い、いや……なんでもない」
「そうですか?」
「俺じゃなくて自分の心配しろよ。絶対に筋肉痛なってるから」
「それが大丈夫なんですよねー」
私はステップを踏みながらユキくんの前に出て、振り返って笑ってみせる。
「残念ながら、そういうのは次の日に来るもんだ」
「えぇ……怖いこと言わないで下さいよ……」
「お前本当に運動しないのな」
「それはもう…………」
ははは、と乾いた笑いが出てしまう。そんな私を追い越してユキくんは前に出る。
「まあ、動けなくなったら俺がおぶってやるよ」
「…………また歩いて行きますか」
「いやぁそれは勘弁してくれ……」
さっき夢で見た話を振ると、ユキくんも覚えていたみたいだ。でも流石に今なら無茶なことをわかっているからか、安易に了承はしてくれない。されても今度は全力で断りますけど……。
「ここから家までならなんとか出来るかもしれないが」
「もう子供じゃないから大丈夫ですっ」
「はいはい」
ユキくんはヒラヒラと手を振って前を歩く、私もついていこうと歩き始めると簡単に追いついて、自然とユキくんが私の歩幅に合わせてくれていることに気づいた。
ついこの間は私のことを見ながら歩幅を合わせていたのに、今日はそれもない。既に慣れてしまったのだろうか。
昔と比べて大人になった彼の背中は大きくて、子供の頃に感じた危うさもなく、今では頼もしく感じる。それなのに…………それなのに、時折、胸の奥が苦しくなってしまう。
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