第14話 幼馴染と小学校②

「そろそろ休憩しよう琴歌ことか


 基本中の基本として、ずっとドリブル練習をしていた──というかさせていた琴歌にペットボトルのスポーツドリンクとタオルを渡す。既に正午は超えた時間帯、まだ5月だというのに、大分暖かくて琴歌も汗をかいていた。


「ありがとうございます」

「近くに商店があって良かった。それとおにぎりも買ってきた」

「それは……今食べたら吐きそうなので……」

「運動不足」

「うっ……」

「まあ流石にここで食べるのは駄目だから外に出なきゃだしな」


 とりあえずドリブルはマシになってきたが、あくまで立ち止まっている状態ならだ。歩きながらだと急にぎこちなくなる。

 まあ、休みはまだあるからゆっくりやるか。


 体育館の扉を開ける。外には雲一つない青空が広がって、少しずつ葉桜に変わっている桜の木が、風に吹かれて揺らいでいた。こんなにも天気が良いと、こういう体育館よりも外の公園に行く人が多いかもしれない。


「風が気持ちいいですね」


 琴歌も隣に来ると、扉の縁に座って足を外に出して風を浴びる。体操着の上着のジャージも少しファスナーを開けて風通しを良くする。


「お弁当でも持って来れば良かったですね」

「そうなったらいよいよ部活みたいだな」

「懐かしいですか?」

「そうだな……」

「またやりたいですか?」

「…………一日だけなら」

「なんですかそれ」

「三年は長ぇよ、やっぱり疲れる」

「あー……」


 運動嫌いの琴歌は、少し共感するような反応を見せる。琴歌はペットボトルを開けて口をつける。汗をかいたせいか喉が乾いていたのだろう、俺の目も気にせず勢いよく喉を鳴らしてドリンクを飲む。


 いや、もとからそういうのは気にしていない性格なのかもしれないが、こちらとしては琴歌が喉を鳴しながら飲む姿は、汗が伝う首筋や頬、ポニーテールによってよく見えるうなじなども相俟って、なんだか扇情的で目を背けてしまう。


「でも、私もちょっと懐かしいですね」

「何が?」

「小学校のサイズ感というか、雰囲気のような」


 確かに体育館のバスケットのゴールにしても、小学校のは中学校や高校のよりも低い位置にある。この学校には通ったことがないが、懐かしいというのはわからないでもない。


「……ちょっと息抜きするか」

「え?」


 なんだかんだ真面目に練習していたが、妙に力んでしまっているようにも見えたので、試しに提案する。


「息抜きって、どうするんですか?」

「んー、こっち」


 琴歌を手招きしながら体育館を出る。そのまま玄関のところにある事務室に向かうと、事務員の人と軽く話して、学校の中の見学許可を貰った。


「教室の中に入らなきゃいいってさ」

「ちょっと楽しそうですね」


 琴歌は廊下を小走りして教室の中を覗き込む。身体を動かしていたからアドレナリンが出ているのか、ちょっと興奮しているようだった。琴歌は教室の扉には触れないように、ギリギリのところまで近づいてため息を漏らしていた。


「こら、廊下は走るな」

「ごめんなさーい」


 とりあえずそれっぽく叱ると、琴歌は笑って誤魔化した。気づけば体操着の上着のジャージは、ファスナーが全開で羽織るだけになっている。普段の姿からは少し想像出来なくてちょっと落ち着かない。


「なんだかワクワクしますね」

「そうか?」

「学校って卒業したら来ることないですし、特に小学校ってやっぱり独特な雰囲気があるというか……」


 俺も琴歌の隣で教室を覗く、片付けられていると思ったが、机と椅子は綺麗に並べられて、生徒がいれば今から授業を再開できそうだ。


「ドラマの撮影とかに使えそうだな」


 ぽつりとそんなことを呟いている間に、琴歌は別の教室を覗いていた。琴歌は楽しそうにしているが、誘った俺は少し後悔していた。


 というのも、綺麗に小学校としての形が残っているものの──いや、残っているが故に、少し不気味さを感じてしまうというか……。当たり前だが使われてないから、廊下も電気はついていないので、昼の日の光を持ってしても、ところどころが暗くて、正直言って怖い。


「無人の教室って、なんかなぁ……」


 なまじ綺麗に机が並べられているのあって、酷く胸の奥がざわついてしまう。


「…………琴歌?」


 気づいたら完全に琴歌を見失っていた。

 別に入り組んだ構造でもないのに見失うのはどういうことだと思うが、単純に俺の足取りが重くて琴歌に追いつけてないのだ。


「まぁ、真っ直ぐ歩いていれば合流するだろ……する…………よな?」


 まさか神隠しのような。正しくホラー映画のような展開が本当にあるのだろうか……。そんなこと、ありえるわけがないのに一度触れた思考が止まらない。首筋に嫌な汗が伝うのを感じながら足を進める。

 

「あ、ユキくん!」


 曲がり角を曲がった時だった。

 ぱあっと明るい笑顔を向けて手を振っている琴歌の姿に、瞬間、目を奪われて言葉を失った。


「どうしました?」

「え? ああ……なんでもない」


 気を抜いている間に琴歌は目の前まで近づいていて、俺のことをきょとんとした顔で見上げていた。


「そろそろ練習再開するか」

「それもそうですね。目的を忘れるところでした」

「ホントだよ」


 乾いた笑いを浮かべると、琴歌も困ったように笑う。


 曲がり角を曲がった時に見えた琴歌の姿を、一瞬、小学校の頃の姿に幻視した。懐かしさが込み上げてきたのと同時に、それはもう戻れないという息苦しさを感じた。


「……………?」


 もう戻れない? 俺は小学校の頃に戻りたいと思っているのか?

 

「ユキくーん? 何してるんですかー?」


 立ち止まっていたら、歩いて来た廊下の向こうから琴歌が、こっちを振り向いていた。


「あー、今行くよ」 


 まだ、少しだけ足が重かったのは疲れのせいだろうか。

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