第13話 幼馴染と小学校①

 統合して廃校になった小学校は、今も体育館やグラウンドが開放されていて、特に体育館の方は自由に使える為、近くに住む子供達が休日には遊んでいたりする。


「ユキくん、私はまず何から始めたらいいですか……?」

「何からって、そんなの決まってるだろ」


 琴歌ことかはごくりと固唾を飲み込んで、続く俺の言葉を待つ。俺はその琴歌の青い目を真っ直ぐ見つめて言い放った。


「準備運動だ」

「いや、それはそうなんですけど……」

「こらこら馬鹿にするな。特に運動神経の悪い奴は──」

「はいはい! わかってますよ! どうせ私は運動音痴ですかっら!」

「そこまで言ってねーよ」


 琴歌は頬を膨らませてそっぽを向き、あからさまに拗ねた態度を取る。動きやすい格好として、学校指定のジャージに、中学校の時の上履きを履いて、髪は後頭部で纏めたポニーテールと、普段とはまた違う雰囲気も相まって、その姿はいつもよりも子供っぽく見える。


 休みに入って、今は廃校となった小学校の体育館で、これから琴歌にバスケを教えることになった。普通なら自転車で来るのだが、自転車の乗れない琴歌の為に、今日はバスで来ることになった。流石に自転車の二人乗りは琴歌に止められた。


「それにしても、ここ……西小学校、久しぶりに来ましたね」

「そういや一回一緒に来たことあるな」

「中に入ったのは初めてですけどね」


 確か子供の頃に、この辺で小さな祭りがあって出店が並んでた時に琴歌を誘って来たことがある。あの時は琴歌はもちろん自転車乗れないし、バスに乗る金も渋ったので歩いてここまで来た。

 

 今思うと正気の沙汰ではない。帰りは心配になって迎えに来た琴歌の父さんに送ってもらったけど。子供の頃特有のなんでも出来そうな無敵感が悪戯したんだ。


「しかし、更衣室貸してもらえてよかったなー」

「なんでそういうのを把握してないんですか?」

「そんなわざわざ着替えたりしてクソ真面目に遊ばねーのよ。いつもふらっと来て、さらっと中に入って、どちゃっと遊んでたし」

「それ上履きとかどうしたんですか?」

「え? 裸足だよ」

「えぇ……?」


 流石に今回はバスケットシューズを持って来て履いているが、服装に関しては、多少動きやすい服装ではあるが、ジャージとかではなく普通に私服である。

 それと、念のためバスケットボールは家から持って来た。


「倉庫のボールは殆ど空気入ってなかったな」

「管理はしてるんですよね」

「多分してるけど、余程酷くならない限り手を付けないんだろ」


 そんなに触れたことない人なら、ボールはまだ跳ねるからいいか、とか思うのかもしれない。


「それにしてもなんで急にバスケ教えろとか」

「……もう迷惑かけたくないんですよね。私があまりに出来なさすぎると皆気を遣ってしまいますし……」

「俺には迷惑かけていい。と」

「え、あっ……それは…………」


 バスケットボールを見つめながら呟く。目を合わせなかったせいで、本気で受け止めてしまったようだ。


「冗談だよ」


 そんな琴歌の様子が面白くて笑って見せると、誂われたことがわかった琴歌はまた頬を膨らませて、そっぽを向く。


「女子から嫌われますよ」

「もうしません」

「別に私はいいんですけどね」


 いや全然怒ってるじゃん。


「とりあえず準備運動するか」

「はぁーい」


 琴歌は不貞腐れた子供のような返事をして軽くストレッチをする。

 ゴールデウィーク中の登校日には体育はないから、この練習の成果をお披露目するのは連休明け。それまでにどれくらい教えられるかはわからないけど、琴歌の顔を見る限り大分本気なので、付きっ切りにはなりそうだ。それでも…………


「迷惑なんて思うわけないだろ」 


 ぽつりと、小さな声で呟いた。

 

「……何か言いました?」

「いや、なんにも」


 俺も軽く準備運動をする。今日は体育館には俺と琴歌以外には誰もいなく、実質貸し切り状態だった。

 準備運動を終えると、少し汗ばむほどには今日は少し暖かい。さっそく琴歌に基本的なことを教えようとバスケットボールを渡す。


「まずはドリブルしてみろ」

「わ、わかりました……」


 真剣な表情でボールを見つめると、深呼吸をして地面に落とす。そして、床を跳ねたボールを思い切って手で叩いた。


「んっ、んっ…………あぁ……」


 ドリブルは三回ほど続いたが、その後、大きく跳ねたボールが明後日の方向にバウンドしていって、琴歌の手から離れていった。


「なるほどな」

「……笑いたきゃ笑っていいですよ」

「別に笑わんけど」


 肩を落として項垂れる琴歌を横目に、俺は転がったボールを取りに行く。おおよそ予想通りと言うべきか、運動が苦手な人特有の身体の一部分しか動かしてない動きというか、動いていない部分がロックが掛かったように窮屈そうな動き。

 肘から下だけ動かして手の平をぶつけるような……さて、なんて説明しようかな。


「えー、『ドリブルは手の平ではじくのではなく、押しつける感覚で床に強く弾ませます。返ってきたボールに合わせて手の平を引きながら──』」

「堂々とスマホ見ながら言うのやめて貰えます?」

「言語化苦手なんだよな……」

「あの食レポからしてそうだと思いましたけど」

「あれは関係ないだろ」


 琴歌は拗ねてしまったのか、膝を抱え込んでしゃがみ込む。


「やっぱり香木原かぎはらくんに頼めばよかったですね」

「あいつは部活あるんだよ……。まあ、頼めば来てくれそうではあるが」

「え? 冗談で言ったつもりですけど……」


 俺の言葉が意外だったのか、琴歌は目を丸くした。その目はすぐに細められて、睨むようなジト目に変わる。


「仲良いアピールですか」

「アピールって……別に、あいつは寂しがり屋だから誘われたら来そうだなって、そう思っただけだ」

「寂しがり屋……ですか? そうは見えませんけど」

「んー、見てればわかるんだよ。俺なんかは特にな」


 千明ちあきは意外と子供っぽい。少年漫画のような努力と友情からなる勝利に憧れて、自身の才能に甘んじることなく努力を続ける。しかし、中学の時はそれについていける人がいなかった。現実には……特に田舎の弱小チームでは漫画みたいな熱意を持っている人はいなかった。


 俺は千明の練習についていったけど、俺自身もそこまで勝利に飢えることは出来なかった。ただ俺は初心者で周りの皆よりも下手だから、足を引っ張らないように練習していただけだ。


「言葉はなくても、考えてることはわかってしまうんだよな」


 試合でもパスを回すことが多かったし、あいつは自分の力だけじゃなくて、皆と勝ちたがってる。だから、俺みたいな熱意のない奴は一緒のチームにいない方がいいんだ。


 そんなことを思い耽っていると……


「……琴歌さん?」


 琴歌はまたもや拗ねているようだった。


「私の時は言わなきゃわからなかったのに?」

「そっ……! まだ言うか!」

「言いますよ。一生」


 脳裏に浮かぶのはノートに書かれた“なんで無視するんですか”の文字。確かにあれは俺が悪かったが、もうそろそろ許してくれてもいいのではないだろうか。


「言いますからね。明日も、明後日も、一週間後も、一ヶ月後も、一年後も、卒業してからも、お爺ちゃんとお婆ちゃんになっても、油断してたら言いますからね」

「そこまで引きずってるのかよ……」


 そのまま末代まで呪ってやると言ってもおかしくないぐらいに、琴歌は俺が無視していたことが気に入らないらしい……。


「でも、男の子のそういうのっていいですね」


 琴歌はゆっくりと息を吐いて、ぽつりと呟いた。


「そういうの?」

「なんというか男の子同士の……戦友みたいな」

「……そうか?」


 いまいちピンと来ないが、それでも琴歌にはなにか感じるものがあったらしく、伏し目がちに、小さな声で更に呟く。


「私も男の子だったらなぁ……」


 青い瞳が揺れる。

 俺にはその言葉に同意は出来なかったが、琴歌も何か思うことがあったんだろうと察すると、女の子の気持ちがわからない俺には軽率に否定が出来なかった。


「…………うーん」

 

 俺はただただ唸ることしか出来なかった。

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