第10話 幼馴染と友達②

 昼休み、千明ちあきに用事があって体育館に行って、教室に戻ろうとしている時だった。


「どんまいどんまい。残念だったな」

「罰ゲームだからしょうがないじゃん」

「それでもワンチャンありそうだったねー」


 そんな会話を、カラカラと笑いながらしている三人組の男子たちが正面から歩いてきて、すれ違う前に曲がり角を曲がって行った。


「……罰ゲーム?」


 俺が歩いてきたのは、教室から離れた位置にある第二体育館に繋がる廊下、彼らが歩いてきたのは、その通路の向かい側にある家庭科室などがある特別棟。曲がり角を曲がった彼らは中廊下を渡って教室の方へ戻っていくのだろう。俺も教室に戻ろうと曲がろうとしたところで、更にもう一人歩いてきた。


依河よりかわくん?」

姫榊ひさかき? こんなところで何してるんだ?」

「それは……」


 こんな人気のないところに姫榊がいるのは意外だったので、聞いてみると姫榊は少し複雑な表情を浮かべて目を逸らした。


「……その、もしかしてさっき男の子とすれ違ったりしましたか?」

「いや、すれ違ってはないけど……すれ違いそうにはなったかな」

「じゃあそれは忘れて下さい」

「え?」


 姫榊のなんだか言いづらそうにしているが、なんとなくだが、何かあったかは理解した。


「告白でもされたか」

「…………はい、断りましたけど」

「そうか」


 姫榊は大分困惑している。とはいえ、姫榊の容姿や性格を考えると、ありえなくはないことだ。既に何度かそういう噂も聞いたことはあった。


「こういうの何回かあるのか?」

「えっと、まあ……でも、私としては誰かと付き合うつもりもないので、断るしかなくて」

「面倒だ。と」

「それはっ──……………………まあ」

「だろうな」


 中学校の時、千明も女子から人気があってモテていて、何度か告白されていた。その度に呼び出される千明としては、いちいち相手にするのも面倒だと、練習の時間がなくなると言っていた。冷たい奴だとも思ったが、でも実際興味ない人から急に呼び出されても、迷惑なだけではある。

 別に俺にはそんな経験ないから憶測でしかないけど……。


「でも無視するのもなんだか……」 


 姫榊は優しい。きっと自分が断ることで、相手が傷つくことも出来れば見たくないんだろう。そりゃ、愛の告白といえば、みんな勇気を振り絞って、口から心臓が出そうになるくらい緊張してするものだろう。見知らぬ相手でも、少なからずこれから築けるであろう関係を壊すことになる。


「………………」


 本当にそうか?


「告白してきたのは一人か?」

「え? えっと……はい」

「周りに誰かいたか?」

「え、いないですよ? だからここに来たわけですし」


 それはそうだ。こんな人気のないところに呼び出すのだから、誰かに見られるのは嫌に決まってる。だからそんな嫌なことをやらされるとしたら……『罰ゲーム』くらいしかない。


「あの、依河くん?」


 姫榊は複雑な思いで告白を断る。仕方ないことだが、少なからず相手を傷つけたということで心を痛めるだろう。姫榊だって、駒鯉や深澄さんと昼休みを過ごしたいのに、これがもし放課後とかだったら? 姫榊がバスを逃して帰れなくなってしまう可能性がある。


 それを『罰ゲーム』?


 姫榊は貴重な時間を使っているのに、自分達は自分達が楽しむ為だけに姫榊を利用している。姫榊の優しさにつけ込んで……

 

 そう考えると、なんだか腹が立ってきた。


「依河くん!」

「え、なんだ?」

「『なんだ?』じゃないですよ。急に怖い顔で黙り込んで」

「え、怖い顔してたか?」

「してましたよ」


 怪訝そうな目で姫榊はこっちを見てくる。俺のことを心配しているようで、青い瞳がじっと見つめてくる。申し訳ない気持ちになり、俺も少し冷静になろうと、一つ深呼吸をした。


 …………そうだよ。姫榊に告白してきた男子と、俺が見た男子達が一緒かどうかは、可能性が高いってだけで確証はないだろ。


「はー……」

「なんですか、ため息なんかついて」

「わからん」

「はあ?」


 それはこっちの台詞だ。と、言わんばかりに姫榊は眉間に皺を寄せる。なかなかに強烈な『はあ?』という言葉に苦笑いをして誤魔化す。


 ただ、一つ思いついたことがある。姫榊がこんな面倒なことに巻き込まれない方法が、保証はできないし効果があるかわからないけど……。


「姫榊、もしあれなら俺の名前を出していいぞ」

「はい?」


 姫榊はきょとんとした顔をして見せる。


「え、依河くんは不良の頭かなにかですか?」

「違う! 『名前を出す』のはおかしいか。なんて言えばいいか……」


 確かに今の言い方だと、俺が何か悪目立ちしてる奴みたいな、それを自負しているような言い方だった。姫榊は俺がそんな奴に堕ちたのかと引き攣った顔で一歩下がりながら俺のことを見る。


「その、お前に男の影がないからみんなよかれと思ってるところはありそうだなって」

「男の影……」

「仲の良い男子がいたら、あまり接点のない人は遠慮するだろうし、お互いに傷つかなくて済むだろうなって」

「それはつまり、付き合ってるフリというものですか?」

「いや、そこまでやらなくても……どうせ人伝いで噂は広まるだろ。フリなんてしなくてもさ」

「なるほど……でも、たしかに──」


 姫榊は顎に手を当てて、目を細めて何か考える。そして、そのまま顔色一つ変えずに平然とした顔で────


「依河くん並みに仲が良くないと、付き合うとか考えられないですもんね」


 と、ぽつりと呟いた。

 それは本当に、なんとなく、そう思ったから、ただただ一つの感想としてそう思ったからなのだろう。だからそんなに当たり前みたいに言い放ったんだ。でも、俺には一瞬理解ができなくて…………


「…………………………おぉーん」


 と声を漏らすことしか出来なかった。


「何の鳴き声ですか?」

「へぇっ!? いや、なんだろうな!」


 いや、『依河くん並みに仲が良くないと』っていうのは『依河くん並みに仲が良くないと』ってことだから……それはつまり──『依河くん』のことでは!?

 え? 姫榊は今とんでもないこと言ったんじゃないか?

 

「どうしたんですか?」

「い、いや……」


 どうしたらいいんですか!?

 …………お、落ち着け。叫びたくなったが、姫榊の方は平然としてるということは、俺が気にしすぎなのだろう。女の子にそういうつもりはないのに男が勘違いする例だって少なくない。もしかしたら、あまり騒ぐと女性経験の無さが露呈するかもしれない。

 そんなことを考えていたら姫榊がジト目で俺のことを見ていた。


「ど、どうした?」

「いえ、『他の男子から白い目で見られる』なんて言ってた人の案ではないなと思いまして」


 それは確かにそうだ。けれど、そんなことを気にしていたは、姫榊にとって俺の存在が迷惑になると思っていたからだ。

 でも、姫榊にとってはそんなことはないというのは、見ればわかる。


「人の考えは変わるもんだ」

「はぁ……そうですか」


 姫榊はあまり納得していない様子だが、それでも深く問い詰めるほどのことではないと思ったのか、再び顎に手を当てる。 


「あっ、それなら依河くん。私に考えがあるんですけど」

「なんだ?」

「私のこと、下の名前で呼びませんか? 前に言ってたことを逆にそれを利用して」

「あー、とりあえずそれでいいか」


 姫榊を下の名前で呼び捨てにする男子はいないし、そんなのが現れたら、少なからず勘ぐる人が出てくるだろう。そういう噂好きが一人でも出来たら、あとは簡単に広まりそうだ。


「では……」


 姫榊は後ろに手を回して首を傾げながら、その青い目を細めて俺の目を見つめてくる。そんな挑発とも取れるポーズを取って不敵に笑みを作る。


「呼んでみて下さいよ」

「あぁ?」

「ちゃんと呼べるか確認しますから」

「なんだそれ」


 そもそも机をくっつけた時に一度呼んでいるし、今更緊張するようなことでもない……はずだ。


琴歌ことか


 だから努めて冷静に名前を呼んだ。


「はい。ユキくん」

「っ……」


 不意に昔の呼び方をされて、目が泳いで明らかに動揺してしまった。俺が琴歌と呼ぶのだから、琴歌も俺の呼び方を変えるのはおかしくないのに、動揺してしまった。


「えへへ」


 琴歌は目を閉じるほどの笑顔でかなりご機嫌な様子だ。普段は口元に手を当てて上品に笑うのに、今はまるで無邪気な子供のように笑って見せる。恐らく俺が目を逸らしてしまったのにも気づいてないんだろう。


「そろそろ教室戻るぞ」

「ふふ、そうですね」


 名前の呼び方一つでこんなにも変わるのか。

 妙にご機嫌過ぎる琴歌を見て、何故か俺もニヤけてしまいそうになったのを、琴歌の前を歩いて見せないようにした。

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