第9話 幼馴染と友達①
歩道の狭い道を
今日の朝も、家を出たら姫榊が待っていたので、こうして一緒に登校しているのだが、俺は少し気になることがあってチラチラと後ろを歩く姫榊を見てしまう。
「なんですか? さっきから人の顔を見て」
「い、いや、歩くペース大丈夫かなって」
この間、並んで歩いた時は、姫榊が歩く速度を落としていた。だから、今日は始めから姫榊の方に合わせようと確認しながら歩いていた。
気を遣わせていると思われないように、何も言わずにチラチラ見ていたら、大分怪しかったようで、姫榊はジト目で俺のことを見てくる。
「大丈夫ですから、ちゃんと前を見て歩いてください。危ないですよ?」
「わかったわかった」
軽く叱られてしまった。確かに危ないので、言われた通りに前を向いて歩くことにする。
「むしろ、もう少し速くてもいいですよ」
「そうか?」
それは気遣いは無用という意味なのだろうか。とりあえず歩くペースを少し上げて、しっかり前を見て歩くことにする。
やがて狭い歩道から商店街前の広い歩道に出ると、姫榊は早足で前に出ようとして、先程とは打って変わって苦言を呈した。
「ちょっと、速いんですけど
「え? ごめ──……いや、お前が速くていいって言っただろ」
「今は違いますよ」
「ええ?」
横に並ぼうとした姫榊に睨みつけられ、歩くペースを落とした。思わず不満な声を漏らしたが、広い道に出たから横に並ぶ為に、遅く歩いて欲しいということなのだろう。いや、最初から『速く歩いて』とか言われなければそうしたが……。
姫榊は更に歩く速度を落として、俺もそれに合わせる。これでいいのか。と、姫榊の顔色を伺うと少しその顔に影が差しているように見えた。
「昨日はすみません」
「なにが?」
「コーヒー、溢してしまったので」
「ああ、大丈夫だって言っただろ。姫榊こそ火傷とか本当にしてないよな?」
「はい、大丈夫です」
「ならいいけど」
一番の心配はそれだ。
あの時はコップも落として割れるなどということはなかったからいいものの、姫榊に怪我とかされたらこちらとしても落ち着かない。
「今度、お詫びをさせて下さい」
「んー……本当に気にしてないけど」
ここで断っても折れないだろうし、自分の落ち度にケジメをつけさせたほうが本人もスッキリするだろう。だからといって、あまり気負われても困る。
「じゃあまた遊びに来てくれよ」
「それはお詫びになるんですか?」
「んー、まあ楽しかった……から?」
「疑問形ですか?」
「いや、楽しかったなあって」
「…………」
歯切れが悪い答えに姫榊は怪訝な顔で睨みつけてくる。
違うんだ。楽しかったのは本当だけど、昔みたいに何か遊んだりしたわけでもないのに、ただ一緒に居ただけ楽しかったというのは、なんだか恥ずかしさがあってうまく言い切れなかった。
「でも、そうですね。また今度お邪魔させて貰いますよ」
「ああ、遠慮しなくていいからな」
もうすぐゴールデウィーク、多分父さんと母さんは俺に家のことを任せて旅行にいったりするんだろう。それは全然構わないし、もう俺も高校生だから、子供に縛られて遠慮しなくてもいいと思ってる。
ただ、そういうときに、また姫榊が家に来てくれて料理を作ってくれたらうれし──……助かるとか。
そんなことを思ってみたりする。
バス通学の姫榊と別れて、学校に到着する。自転車を駐輪場に止めたところで、見知った顔を見つけた。
「あ」
と、呟いたのは茶色の髪をした少し小柄な少女──
とか思っていると駒鯉さんの方から一歩ずつゆっくりと近づいてくる。
「こ、駒鯉さん?」
「えーと…………」
立ち止まると俺の顔を見上げながら、顎に指を当てて頭を捻っている。もしかして、俺の名前を知らないのだろうか。いや、接点はないから仕方ないと思うが、一応同じクラスではあるから……それは、まあ少しショックというか……。
考えてると、駒鯉さんは手を叩いて「あ!」と声を上げた。
「
「え?」
もし駒鯉さんの頭に動物のような耳があればピンと立っていただろう。少し小柄な背丈と、陽気な雰囲気も相まって、失礼だとは思うが小動物のようにも見える。
「“ゆきひと”か“ゆきと”かで迷ったんだよねー」
「あー、それは確かによく間違われるかも」
「ふふん、勝った……」
何と戦っていたかはわからないが、駒鯉さんはしたり顔でピースサインを作る。姫榊と一緒にいるのを見たことがあるが、その時と同じように明るく元気で、恐らく誰に対してもこんな感じなのだろう。
「駒鯉さんも自転車なのか」
「うん、でも一時間くらい掛かるんだー」
「え、それ大変じゃないのか?」
「大丈夫だよ! 私って結構体力には自身あるんだ。足だってほら!」
駒鯉さんはそう言って、片足を上げて内腿を見せつけてペチペチと叩いてみせる。恐らく足の筋肉を自慢したいんだろう。ふらつくことなく、容易く片足で立ってみせる体幹は、素晴らしいものだが、正直言って目のやり場に困るので、急にそんなことをしないでほしい。その気はなくてもドキドキしてしまう。
「さすがだな」
努めて冷静に対処しようとして、適当な相槌をしてしまった。しかし、確かに小柄な割に足ががっしりと──いや、やめておこう。
…………もしかして、姫榊が細く綺麗な足をしてるのは自転車を使わないからか? 自転車は結構足にくるからその可能性も────
「行人くんは
「はぇっ!?」
びっくりした。
姫榊の足について考えていたところに、予想外の質問をなげかけられ、心臓が一つ大きく鳴った。何を考えてたんだホント……。
「それ誰から聞いたんだ?」
「
「そ、そうか……」
駒鯉さんは俺達と小学校も中学校も違うから、俺と姫榊が幼馴染なのは知らないと思ったけど、菜由ちゃん──
「姫榊も言ってたのか?」
「うん」
姫榊は別に俺と幼馴染であることは隠していないのか。俺はなるべく目立たないようにしておこうと思ったけど、姫榊が隠していないなら、別にいいのかもしれない。
姫榊はせっかくモテるのだから、俺という男がいるのは邪魔になると思ってた。
…………と、いうのは俺の自分勝手な言い訳だな。
姫榊は俺ともう一度子供の頃のように仲良くなりたい。というのは見てればわかる。友達でいることを無理に避ける必要はないはずだ。
「それよりも行人くん」
「な、なんだ?」
下の名前で呼ぶのか。いや、いいんだけど距離の詰め方すごいな。
「駒鯉さんはいらないよ。呼び捨てでいいよ」
「そうか?」
「うん、だってクラスメイトでしょ」
「……それもそうか」
クラスメイトにも敬語で話してるどこぞの女の子のことはいいのか? なんて野暮なことは聞かないようにして、受け入れることにする。
「じゃあ改めて、おはよー行人くん」
「ああ、おはよう駒鯉」
にこにこと笑う駒鯉は眩しくて、姫榊とは違うなタイプで男にモテそうだなとか思った。
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