第7話 幼馴染と手料理①
「
「そうだな……」
で、食べたい物だが……。
「なんでもって言ったら、駄目だよな?」
「なんでも。ですか?」
自由にしていいということだが、自由であるが故に言われたら困る答えである。とはいえ、姫榊が何を作れるのかがわからないし、やはり『女子に料理を作ってもらう』ことになんだか慣れなくて遠慮してしまう。
子供の頃の記憶を辿っても、姫榊に料理を作ってもらったことはないはずだ。唯一、バレンタインでチョコを貰ったことはあるが、チョコと家庭料理では違うだろうし、昔のことだし姫榊も覚えないだろう。
姫榊は顎に手を当てて考えている。
「なんでも。で、いいんですね」
ポツリと、静かに呟いた。
「じゃあ、まずは銀行に行ってお金をおろしますか」
「え?」
「で、うちのお父さんに連絡して車を出してもらって」
「待て待て待て、一体何を……」
「なんでもって言いましたよね?」
その青い瞳がジトりと俺のことを睨みつける。
「じゃあなんでも作りますよ? 全部食べてくださいね?」
「!? 待った! 作れるもの全部作る気か!?」
「なんでもって言うから」
「いや悪い、悪かった。流石に食べ切れないから……」
「じゃあ何か食べたいものを言ってください」
姫榊は呆れながら言う。
軽率な発言だったのは認めるが、斜め上の答えで釘を刺されて焦った。だが、今のやり取りからするに、俺の想像つく料理ならなんでも作れるのだろう。
「言っておきますけど、依河くんに食べて貰いたい料理はいっぱいあるんですからね?」
「あ、はい。えっと……じゃあ、ハンバーグがいいかな」
「わかりました」
姫榊は笑って見せるが、その笑顔に底知れぬ何かを感じて少したじろいでしまう。
……食べてもらいたい料理がいっぱいある。
というのは、俺が料理をなめているような発言をしたから、本当の料理というものを教えるという意味だろうか。
それとも…………
「……どうかしました?」
ちらりと、姫榊の方を横目で見たら目が合った。
「いや、なんでも。楽しみになってきたなと」
「そうですか? もし他に食べたいものを思いついたら言ってくださいね」
姫榊はくすりと笑う。
機嫌が良さそうな姫榊は本当に可愛らしくて、隣を歩くのがなんだか妙に落ち着かない。私服姿も成長した今の姿で見るのは何気に初めてかもしれない。あまりジロジロ見ないように気をつけて姫榊の隣を歩く。
遊具が撤去され、東屋だけが寂しく残る公園。少しずつ土地が売られて減りつつある田んぼ。砂利だらけの駐車場。水曜日の午前中にしか営業されない診療所。大きな敷地をもつ歴史のありそうな家は、人が出入りをしたところはまだ一度も見ていない。
いつもは自転車で颯爽と通り過ぎる道も、ゆっくり歩くと田舎の風情を堪能出来るものだと、ふらふらと歩く。
車一台が通れる程の細い裏道に入ると、商店街のスーパーの横に出る。日が暮れるにはまだ早い時間、駐車場には数台の車と自転車が停まっている。スーパーの入口を入ったところには、カートが並べられている広いスペースがあり、そこにあるベンチに小学生が数人集まって何か話していた。
そんなありふれた休日の光景を横目に、姫榊はカートを押して店内に入る。
「というか、金はこっちが出すぞ」
ふと、思いついて姫榊に言う。
銀行から金を下ろすなんて言っていたが、それは食材の金は姫榊が払おうとしているからだろう。だが、こっちの夕飯を作ってもらうのだから。俺が払うのが道理ではないだろうか。
一応、俺も日用品の買い出しを気軽に行えるくらいには、金を持たされている。
「でも、殆ど私が勝手にやってることですよ?」
「むしろ作って貰うんだから、材料費だけじゃなくて人件費も払いたいくらいだが」
「それはいらないです」
「でも材料費はこっちが出すから」
「そうですか? じゃあお言葉に甘えさせて頂きましょうか」
別に甘えてはいないと思うが。
「出来るだけ安くなってもので済ませますね」
「いいよ、そういう気遣いは」
「でも……」
「安いの買って、いまいちだった時にそれを言い訳にされたら嫌だしな」
少し煽るように姫榊に言う。別に姫榊の腕に期待していない訳ではない。こういう風に言ったほうが、遠慮してくれなくて気が楽になる。幼馴染という間柄を信じて、ちょっと強気に言ってみた。
「そこまで言われたら仕方がないですね」
俺の意図を組んだように、姫榊はにやりと笑う。
「それで、一つ思ったんだけど……」
「なんです?」
金は俺が出すけど、食材選びは姫榊に任せる。としたら、俺は適当にそこらへんで待っていればいいんじゃないか?
二人一緒に店内を回るのは邪魔になる気が…………。
「……いや、やっぱりなんでもない」
まあいいか。
「何か食べたいお菓子でもありましたか?」
「いや、無いよ」
「今日すぐに食べたいとか、こだわりとなければ、私が適当に何か作りますよ」
「作れるのかよ。だとしても面倒だろ」
「そんなことありませんよ。だから言ったじゃないですか」
姫榊は数歩、歩いて前に出ると顔をだけこちらに向けて言い放つ。
「『依河くんに食べて貰いたい料理はいっぱいあるんですからね?』って」
姫榊はまるで小悪魔のように意地悪に笑っていた。
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