第7話 幼馴染と手料理①

依河よりかわくんは何か食べたいものとかありますか?」

「そうだな……」


 姫榊ひさかきが飯を作ってくれるということで、一緒に近くのスーパーに向かう。近くと言っても徒歩なら二十分程かかるだろう。自転車ならもっと早く買いに行けるが、ここは姫榊に合わせて一緒に歩く。

 で、食べたい物だが……。


「なんでもって言ったら、駄目だよな?」

「なんでも。ですか?」


 自由にしていいということだが、自由であるが故に言われたら困る答えである。とはいえ、姫榊が何を作れるのかがわからないし、やはり『女子に料理を作ってもらう』ことになんだか慣れなくて遠慮してしまう。

 

 子供の頃の記憶を辿っても、姫榊に料理を作ってもらったことはないはずだ。唯一、バレンタインでチョコを貰ったことはあるが、チョコと家庭料理では違うだろうし、昔のことだし姫榊も覚えないだろう。

 姫榊は顎に手を当てて考えている。


「なんでも。で、いいんですね」


 ポツリと、静かに呟いた。


「じゃあ、まずは銀行に行ってお金をおろしますか」

「え?」

「で、うちのお父さんに連絡して車を出してもらって」

「待て待て待て、一体何を……」

「なんでもって言いましたよね?」


 その青い瞳がジトりと俺のことを睨みつける。


「じゃあなんでも作りますよ? 全部食べてくださいね?」

「!? 待った! 作れるもの全部作る気か!?」

「なんでもって言うから」

「いや悪い、悪かった。流石に食べ切れないから……」

「じゃあ何か食べたいものを言ってください」


 姫榊は呆れながら言う。

 軽率な発言だったのは認めるが、斜め上の答えで釘を刺されて焦った。だが、今のやり取りからするに、俺の想像つく料理ならなんでも作れるのだろう。


「言っておきますけど、依河くんに食べて貰いたい料理はいっぱいあるんですからね?」

「あ、はい。えっと……じゃあ、ハンバーグがいいかな」

「わかりました」


 姫榊は笑って見せるが、その笑顔に底知れぬ何かを感じて少したじろいでしまう。


 ……食べてもらいたい料理がいっぱいある。


 というのは、俺が料理をなめているような発言をしたから、本当の料理というものを教えるという意味だろうか。

 それとも…………


「……どうかしました?」


 ちらりと、姫榊の方を横目で見たら目が合った。


「いや、なんでも。楽しみになってきたなと」

「そうですか? もし他に食べたいものを思いついたら言ってくださいね」


 姫榊はくすりと笑う。

 機嫌が良さそうな姫榊は本当に可愛らしくて、隣を歩くのがなんだか妙に落ち着かない。私服姿も成長した今の姿で見るのは何気に初めてかもしれない。あまりジロジロ見ないように気をつけて姫榊の隣を歩く。


 遊具が撤去され、東屋だけが寂しく残る公園。少しずつ土地が売られて減りつつある田んぼ。砂利だらけの駐車場。水曜日の午前中にしか営業されない診療所。大きな敷地をもつ歴史のありそうな家は、人が出入りをしたところはまだ一度も見ていない。


 いつもは自転車で颯爽と通り過ぎる道も、ゆっくり歩くと田舎の風情を堪能出来るものだと、ふらふらと歩く。

 

 車一台が通れる程の細い裏道に入ると、商店街のスーパーの横に出る。日が暮れるにはまだ早い時間、駐車場には数台の車と自転車が停まっている。スーパーの入口を入ったところには、カートが並べられている広いスペースがあり、そこにあるベンチに小学生が数人集まって何か話していた。


 そんなありふれた休日の光景を横目に、姫榊はカートを押して店内に入る。


「というか、金はこっちが出すぞ」


 ふと、思いついて姫榊に言う。

 銀行から金を下ろすなんて言っていたが、それは食材の金は姫榊が払おうとしているからだろう。だが、こっちの夕飯を作ってもらうのだから。俺が払うのが道理ではないだろうか。

 一応、俺も日用品の買い出しを気軽に行えるくらいには、金を持たされている。


「でも、殆ど私が勝手にやってることですよ?」

「むしろ作って貰うんだから、材料費だけじゃなくて人件費も払いたいくらいだが」

「それはいらないです」

「でも材料費はこっちが出すから」

「そうですか? じゃあお言葉に甘えさせて頂きましょうか」


 別に甘えてはいないと思うが。


「出来るだけ安くなってもので済ませますね」

「いいよ、そういう気遣いは」

「でも……」

「安いの買って、いまいちだった時にそれを言い訳にされたら嫌だしな」


 少し煽るように姫榊に言う。別に姫榊の腕に期待していない訳ではない。こういう風に言ったほうが、遠慮してくれなくて気が楽になる。幼馴染という間柄を信じて、ちょっと強気に言ってみた。


「そこまで言われたら仕方がないですね」


 俺の意図を組んだように、姫榊はにやりと笑う。


「それで、一つ思ったんだけど……」

「なんです?」


 金は俺が出すけど、食材選びは姫榊に任せる。としたら、俺は適当にそこらへんで待っていればいいんじゃないか?

 二人一緒に店内を回るのは邪魔になる気が…………。


「……いや、やっぱりなんでもない」


 まあいいか。


「何か食べたいお菓子でもありましたか?」

「いや、無いよ」

「今日すぐに食べたいとか、こだわりとなければ、私が適当に何か作りますよ」

「作れるのかよ。だとしても面倒だろ」

「そんなことありませんよ。だから言ったじゃないですか」


 姫榊は数歩、歩いて前に出ると顔をだけこちらに向けて言い放つ。


「『依河くんに食べて貰いたい料理はいっぱいあるんですからね?』って」


 姫榊はまるで小悪魔のように意地悪に笑っていた。

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