第6話 幼馴染と日曜日②

「なんでシャワーを浴びたんですか?」


 リビングに戻ると、台所の流し台に立っていた姫榊ひさかきがジト目で俺のこと見てくる。


「なんか変な汗かいた」

「そう、ですか……まあ、昨日の夜は暖かかったですからね」


 姫榊は何をしていたんだろう。とりあえず俺は水を一杯飲もうと台所に向かう。そうすると、必然的に姫榊の隣に立つ訳なのだが……。


「っ……」


 姫榊がわざとらしく俺から避けたような気がした。


「なんで避ける?」


 別に他意はなく、気になって聞いてみた。シャワーを浴びたから変な臭いがするわけでもないと思うが──


「は? 避けてませんけど? は?」


 姫榊は逆に近づいて肩をぶつけてくる。


「痛い痛い」


 別に痛くはないが、ぐいぐいと姫榊の体当たりを受けながら水を飲む。なんでそんなに怒っているのか分からないが、まさかあの姫榊ひさかき琴歌ことかの口から「は?」が聞けるとは思わなかった。


「……依河よりかわくん」

「ん?」

「ちょっと屈んでくれますか?」

「へ?」

「ほら、コップを置いて早く」


 言われるがままに、俺はコップを置いて少し腰を落とした。姫榊は俺の首に掛けていたタオルを素早く取って、それを俺の頭の上に被せる。


「うおっ!」


 視界がタオルに覆われて驚いたが、それを理解する間もなく頭が揺らされる。

 

「もー、ちゃんと頭を拭いて下さい。もう高校生なんだから」

「拭いたって!」

「拭いてません。風邪引きますよ?」

「ちょ、頭が! 頭がもげる!」


 かなり乱暴に頭を拭かれている。怒っていたようだし、八つ当たりをされているような気もしてきた。しかし、怒らせているとしたら、全く心当たりがないのだが……。とりあえず姫榊の気が済むまで頭を拭かせることにする。


 決してこの状況も悪くないとかは思っていない。


「ドライヤーとか使わないんですか?」

「髪そんな長くないし乾くだろ」

「私の貸してあげましょうか?」

「いや、ドライヤー自体はあるよ」

「じゃあ使ってください」

「えー」

「『えー』じゃない」


 姫榊は俺の頭を拭くのをやめると、タオルを頭から外して、今度は手で髪を整えてくる。なんだか撫でられているようで落ち着かない。

 姫榊の手が離れたのを確認してから、上体を起こして腰を伸ばす。


「まったく……」


 少し呆れた顔で姫榊は俺のことを見ながら、タオルを渡してくる。怒っていたように思えたが、今は少し機嫌が良くなっているように見えた。姫榊の機嫌が良くなるポイントが本当にわからなくて困惑してしまい目を逸らした。

 

 決してその微笑みに目を奪われたとかでは無い。


「姫榊の髪は綺麗だよな」

「そうですか? ありがとうございます」


 姫榊はくすりと笑う。謙遜しないあたり言われ慣れているのか……いや、自信を持っているのだろう。素人目で見てもよく手入れされているのだろうと、わかるくらいにはその白金の髪は綺麗だ。


「それにしても腹減ったな」

「はあ……もしかして、ご機嫌取りに褒めたんですか?」

「い、いや本心で思ってる! 本当に綺麗だ!」

「……まー許してあげましょう」


 姫榊は口を尖らせるも、すぐににやりと笑って見せる。わかりやすく誂われてしまったので、地味に悔しくい。姫榊が楽しそうなら別にいいんだけど。


「とりあえず俺は飯食おうと思うけど……」 

「構いませんよ。ご飯はありますか?」

「まあ冷蔵庫に何かあるだろ」


 試しに冷蔵庫を開けてみると…………何もなかった。


「うーん、これは……」

「どうかしました?」

「いや、何もないなって」

「え、覗いてもいいですか?」

「そんな遠慮するものでもないだろ」

「いや人様の冷蔵庫の中を見るのも失礼かと」


 そう言って姫榊も冷蔵庫の中を覗くと、「うーん……」と声を漏らした。


「何もないですね」

「ホントにな。買いにいくか……」

「そういえば、依河くんは料理をするんですか」

「んーまあ、するよ」

「本当ですか?」

「なんだその目は」


 ジト目で睨みつける姫榊に、同じくジト目で睨み返す。両親揃って家を開けるときも少なくないので、俺も料理はする方だ。ただ、凝ったものは作れない。


「大体、焼くか煮るかしてタレでもかければ料理になるんだよ」

「なめてますよね?」

「いや、でもな──」

「なめてますよね?」

「え……」


 姫榊の睨みつける目は鋭さを増して、俺は少し気圧されてしまう。眉間に皺が寄り、またしても姫榊の不機嫌メーターが上がり始めているのが、目に見えてわかる。


「小さい頃から料理を学んできた身としては、聞き捨てなりませんね」


 そうだった。

 姫榊は小学校の頃、休みの日は家にいることが多かった。理由としては、田舎暮らしには致命的な『自転車に乗れない』というのが大きかった。気軽に出掛けるのも躊躇われた為、休日は姫榊のお婆ちゃんやお母さんと料理を一緒にして、手伝ったりしているのを、子供の頃に姫榊から聞いたことがある。

 中学の頃はわからないけど、変わらず続けていたのなら、それなりに料理にも自信はありそうだ。


「もしよろしければ……」


 姫榊が顎に手を当てて呟く。

 続く言葉は少し間が空いたが、軽く握り拳を握って、決意を固めたかのように、俺の顔を真っ直ぐ見た。


「もしよろしければ、私が作りましょうか?」

「へ…………何を?」

「ご飯。でも、今すぐ食べたいのならインスタントで済ませるのがいいんでしょうけど」

「……いいのか?」


 正直、断る理由もないので、殆ど肯定とも取れる反応をした。腹は減っていたが、姫榊の手料理は食べてみたい気持ちもあるので我慢はできる。


「もちろん」

「……じゃあ姫榊にお願いしようかな」


 改めて頼むと、姫榊は笑う。


「ええ、楽しみにしてくださいね」 


 その青い瞳が閉じるほどの笑顔で笑う姫榊。幼馴染なのに、やはり姫榊の情緒がわからない。

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