第5話 幼馴染と日曜日①

 日曜日の朝……いや、時計を見れば既に正午を過ぎている。だらだらと、ただ、なにもしたくなくて、ベッドに仰向けになって天井をぼんやりと眺めていた。


 怠い。


 別に眠いんじゃない。睡眠なら充分すぎるほどとった。ただ、布団から出たくない。俺は思う。三大欲求の中には睡眠欲というものがあるが、それとは別に布団欲というものがあってもいいのではないかと。


 中学の時は部活で早起きする習慣があったが、それも今は必要ない。中学生は今以上に夜中に出歩くことは出来なかったので、居残り練習は程々にして、朝練の方に力を入れていた故の早起き。

 

 結局三年間続けてもスタメンにはなれなかったけど。


 二年生がいないから、すぐ活躍出来るなんて言われて入った部活、小学生から上がったばかりの俺は、なんの根拠もなく、自分は特別だと思っていた。

 でも結局は凡人止まり。


 そんな物思いに耽ったところで、上半身を起こして、一つ伸びをする。ベッドから降りて、軽くストレッチをして身体を目覚めさせる。ふと、スマホを見ると一件の通知が来ていた。


“乾燥機の中の片付けお願いね!”


 母さんからだ。そういや、父さんと母さん今日は出掛けると言っていた。おしどり夫婦とは正にうちの両親のことを言うのだろう。休みの日にはよく二人でデートに出掛けている。

 息子としては少し恥ずかしいが、夫婦仲が悪いよりも全然良いので、何も言いはしない。

 

 その結果、家の家事を俺に任せられても何も言うまい。


 しかし、改めてわかった。今日は家に俺一人しかいない。流石に夕方には帰ってくると思うが、両親がいない間は、俺が残った掃除や洗濯をする約束はしていた。


 部活もやっていない。ゲームも漫画は程々に嗜むが、今はそんな気分でもない。まずはパパっと残された家事を終わらせてしまって、ゆっくりとしよう。

 しかし、その前に……


「とりあえず腹が減ったな」


 身体が起きると、思い出したかのように空腹を訴えて腹が鳴いた。特に着替えることもなく部屋を出る。昨日の夜は暖かかったので、薄い半袖の黒いTシャツとジャージ姿。もう少し暑ければ下もパンツ一枚で寝てたかもしれない。


「腹減りちゃ~ん♪ 出ておいで〜♪ んぎゃおぎゃお♪」


 家に一人なのをいいことに、階段を降りながら、変な歌が脳を介さずに口から溢れる。親がいない開放感は全能感とも言えるほどの、無敵にも思える状態で、普通なら怒られることをやりたくなる。

 

 例えば──ご飯の上に堂々とマヨネーズをかけたり。

 例えば──納豆に砂糖をかけて、卵と混ぜたり。

 

 くだらないかもしれないが、親がいるとこれがなかなか出来ない。特に母さんからは注意される。父さんに見られても母さんにバラされるから、両親のいないこの時間こそが、冒険をするにはうってつけなのだ。 

 正しく、今の俺は自由を手にしたと言っても過言で────

 

「おはようございます。依河よりかわくん」


 リビングに顔を出すと姫榊ひさかき琴歌ことかがソファに座っていた。


「え、あ、姫榊。おはよう」

「もうおそようですけどね」

「あ、うん」

「ほら、顔を洗ってきてください」

「うん、うん」


 立ち上がりキッチンへ向かう姫榊と、すれ違うように俺は洗濯場の方へ向かう。


 洗面所に向き合い鏡に映る自分の顔を見て、俺は両手を──────ああああああ!!


 死にたい! めっちゃ死にたい!!

 なんで!? なんで姫榊がうちにいる!?

 意味わからん! 俺さっきなんか歌ってたけど、聞こえてないよな!?


 変な汗が吹き出す。

 鏡に映る自分の顔は耳まで真っ赤になっている。顔が熱くなるが、反対に背中の方は気持ち悪いぐらいの冷たさを感じる。

 明らかに身体に良くない汗のかき方をしていた。


「うーん……」


 もう顔を洗うどころかシャワーでも浴びようか。

 乾燥機を開けてみると、中には乾燥が終わった衣類が入ったままだった。熱を持っているあたり運転が終わって間もないくらいだろう。流石に回したまま出ていかないと思うから──……俺が早起きしてたら両親も早く出掛けることが出来たのでは?

 それは申し訳ないな……。

 とりあえず、ちょうど服もあることだしシャワーを浴びよう。

 

「…………」


 姫榊はいつから家にいた?

 俺が寝ている場合、父さんと母さんは出掛ける時に鍵をかけるはずだ。だとしたら、二人が出掛ける前……。まあ、父さんも母さんも、俺と姫榊の仲を昔から知っているから、全然何も考えずに家に上げたんだろうな。


 いや、もう高校生なんだがそれは何も気にしてないのか? 


 鏡に映る自分の姿を見る。薄いTシャツに長いジャージを履いたラフな格好。あぶねぇ……。昨日の夜がもう少し暑かったら下着姿でいたかもしれない。


「あぁ、背中が痒い……」


 脱衣所の扉を閉めて、鍵をかける。服を脱いで風呂場に入ると、蛇口を開けて冷水を浴びる。急に浴びたものだから、身体がびくりと跳ねたが、同時にこれが夢でないことを自覚させられる。


「どうして……」


 少しずつ温かくなっていくシャワーの水を浴びながら、俺は激しい後悔を背負って天井を仰いだ。

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