閑話 駒鯉陽愛は憧れる

 私──駒鯉こまごい陽愛ひまなはドのつくような田舎の生まれで、一番近い今の高校も家から自転車で一時間半は掛かる……信号なんて殆どないのに。

 同じ歳の子は周りにはいなかったから、高校に上がる時は一人で、実質見知らぬ土地に投げ出されたようなものだ。


「ハンカチ落としましたよ?」

「えっ、ありがとう──」


 そんな時に声を掛けてくれた姫榊ひさかき琴歌ことかちゃんは、正しく女神のようで、私はその容姿に目を奪われてしまった。


 絶対に優しい人だ!


 安直にそう思った私は、これを気に琴歌ちゃんと仲良くなって、学校では琴歌ちゃんと過ごすことが多くなった。





「琴歌ちゃんって、お嬢様なの?」


 クラスにも馴染めて来た頃、小学校から琴歌ちゃんと一緒だった女の子の一人──深澄みすみ菜由なゆちゃんに、率直な疑問を聞いてみた。


 背中にかかるほどのセミロングの黒髪に、背が高くて、釣り上がった黒目をした菜由ちゃん。少しクールな印象を受けるけど、話しやすい女の子。


「うーん。お嬢様っていうのは聞いたことないなー」


 どうやら違うらしい。それにしても、言葉遣いは丁寧だし、ところどころに育ちの良さ……というか気品のようなものを感じるような。


「まあ、そう思っちゃうのも無理ないよねあの見た目だと。大人しい子ではあったけど、髪伸ばしてからは大人らしくなったというか」

「はえー」


 髪の短い琴歌ちゃんもちょっと見てみたいな。ああいう美人は余程のことがない限り、どんな髪型も似合うんだろう。

 

 その容姿もあって、今は男子からの人気もすごいが、中学の時はそうでもなかったらしい。小学校から一緒だから、みんな感覚が麻痺して自然と受け入れていたから。

 

 というのもあるが、それとはまた別の理由があるらしく、知っている女子は苦笑いしてしまう。


「しかし、男子も可哀想に……琴歌には依河よりかわくんがいるからな」

「依河くん……って一番後ろの席の子だよね?」

「そうそう。あの二人、家が隣同士の幼馴染なんだよね」

「へぇー!」


 家が隣同士の幼馴染。まるでラブコメのような話に、少し興奮してしまう。


「小学校の時とか、二人ずっと一緒でさ、周りからよく誂われてたりしたなー」

「そんなに仲良かったんだ」

「そりゃ、もうね」


 いいなー。

 私もそういうのニヤニヤしてしまうのを見たかったけど、私のところだとみんな家族のような感覚だし、そもそも同い年の男子もいないし、憧れてしまう。


「それで誂って『依河くんのこと好きなんでしょ?』って、聞いたらあの子『うん! 大好き!』なんて言うから、盛り上がっちゃって」

「え、やばい。鼻血でる」

「それは抑えて。まあ小学校の時だし、特に恋愛的な気持ちはないかもしれないけど。琴歌も覚えてなさそうだし」

「うーん、それはもどかしいなー」

「でも中学の時に髪伸ばしてる理由聞いたら、なんでもないような顔で『依河くんがその方がいいって』とか……」

「えっ?」


 そこまでくると、流石に言わざるを得ない。


「二人は付き合ってるの?」

「いや、付き合ってないって琴歌が言ってた」

「………………どういうことなの?」

「あたしにもわからん」


 付き合ってない方がおかしいようにみえる。けど、それはそれでいいなぁー……。


 恐らく二人はラブコメで一番美味しい時期にあるかもしれない。所謂、両片想いという、お互いに意識したりしなかったりで、傍から見ていてもどかしい時期。

 そんなものをリアルで間近で見れるなんて……。


「やばい。鼻血でる」

「なんで?」


 個人的にラブコメは付き合う前が一番面白いと思っている。付き合ってからの尊い時期も好きだが、やはり私は膝を叩きたくなるようなこの時期が好きだ。


「それにしても琴歌ちゃんはどこいったんだろ?」

「なんか次の授業のことで先生に話があるってさ」


 時間は昼休み。お昼ご飯を食べようとしたところだったけど、琴歌ちゃんがいない。


「でも琴歌が敬語で話すようになったのもあの頃……いや、依河くんは別にそういう風に見えないんだよなぁ…………でも、琴歌にそういう風にさせてるとしたら、意外とやばい人…………」

「菜由ちゃん?」

「え? あ、いや、なんでもない」


 何やらブツブツ言っていたので気になって聞くと、菜由ちゃんは慌てて手を振ってみせる。


「すみません。お待たせしました」

「あ! おかえり琴歌ちゃん」


 帰ってきた琴歌ちゃんに、大きく手を振って迎えると、琴歌ちゃんも控えめに手を振って、笑顔で答えてくれる。


「何してたの?」

「次の授業の教科書を忘れて来てしまったので、隣に見せてもらう為の許可をもらって来ました」

「そうだったんだ……あれ? 隣?」

「どうかしましたか?」


 琴歌ちゃんの隣の席といえば……。


「もしかして依河くん?」

「そうですけど?」

「席も隣って、なんか運命的なの感じちゃうなー」

「運命……ですか?」


 きょとんとした顔をする琴歌ちゃんに、ちょうどさっき、琴歌ちゃんと依河くんが幼馴染なことを話していたことを教える。


「やっぱり朝は起こしてあげたり、お弁当作ってあげたりするの?」

「そういうのはしたときありませんね」

「え、そうなんだ」

「え、おかしいですか?」

「幼馴染ってそういうものだと思ってたから意外というか」


 やはりそういうのはアニメや漫画の中だけで、現実の幼馴染はあっさりしたものかもしれない。そう思ったけど……。


「幼馴染だとそういうことをするんですか?」

「幼馴染くらいの関係なら、そういうのも遠慮しなくて良さそうだなって」

「……なるほど」


 琴歌ちゃんは顎に手を当てて、少し考えている。


「そういうのも面白そうですね」

「でしょー?」

「でも幼馴染といえど、最近は全然話せてないですかね」

「え? そうなの?」

「はい」


 確かに、隣の席だけど二人が話している姿を見たことがない。学校では隠しているのかと思ったけど、付き合いの短い私にも、躊躇いなく教えてくれるあたり、変に隠そうとしてるようにも見えない。


 やはり、現実はラブコメのようにはならないのか……。


 少し残念そうにしていると、琴歌ちゃんは顎に当てていた手で軽く握り拳を作った。

 そして笑顔で────


「それも今日で終わらせますけどね」


 と、言った。

 その笑顔が少し怖いように見えたのは気の所為かな?

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