第009話 この世界で

「ここがコロニータウンだよ!!」

「おお……これが!!」


 通路の先の光を潜り抜けると、目の前の映し出された景色に言葉を失った。


 近未来的な街は映像で見たことはあったけど、直接見るその風景に心を鷲掴みにされたような気持ちになる。


 より多くの人が生活するためか、建物が画一的で統一感があった。それに、街全体が碁盤のように整然と区画分けされていて、人工的というか機械的というか、そんな印象を受ける。


 個性がないのが逆に個性を生み出していた。


 これはちゃんと自分の場所を把握していないと、迷子になってしまうかもしれないな。


 でも、この街に集まってきている人たちは建物とは違って様々な服装や人種で溢れていた。俺もファンタジーな格好をしているけど、全くツッコまれなかったのはそういうことだろう。


 色んな場所から薬を求めてきてるんだろうな。ただ、少し期待していたんだけど、人間以外の種族は見当たらなかった。地球人が想像するような火星人みたいな人がいるかもしれないと思っていたので、それが少し残念だった。


 それと、コロニー内には地上から見える空が投影されている。時間と空がリンクしていて、随分日が傾いていた。


 宇宙にいると時間帯が分からなくなるな。


「どこか行きたいところはある?」


 コレットが歩きながら俺の方を向いて聞いてくる。


 俺としては、まずは雑用でなんとか宿泊代と食費くらいは稼がなきゃいけない。そのためには、ここである程度の物価や常識などを把握しておきたい。


「やっぱりホテルと食品や消耗品を売っている所かな」

「あ、寝泊りする場所なら心配しなくていいよ」


 しかし、彼女は思いがけない言葉を発した。


「え、なんでだ?」

の家に住めばいいよ。部屋空いてるから」

「いやいや、そんなことできるわけないだろ?」

「大丈夫だよ。私は市民権を持ってるからね」


 慌てる俺に対して胸を張って若干ズレた答えを言うコレット。

 俺としては非常にありがたい申し出だけど、男と女が一つ屋根の下で暮らすというのは不味いと思う。主に俺の心が持たない。


「いや、流石にそこまでお世話になれないぞ?」

「んーん、気にしないで。記憶喪失も心配だし、私に恩返しさせてよ」


 やんわりと断ろうとしたが、コレットは逆に懇願するような態度をとる。

 そのウルウルした瞳が俺の心を撃ち抜いた。


「そ、そうか。それならお言葉に甘えようかな」

「うん、任せてよ!!」


 そこまで言われてしまってはとても断れそうにない。


 俺は少し狼狽えながらもお世話になることにした。

 コレットは太陽のような笑みで応えた。


 思いがけず宿泊費の心配はいらなくなったな。


「それじゃあ、食品とか消耗品とか売ってる場所に案内してもらってもいいか?」

「了解!!」


 俺の要望にコレットはビシッと敬礼で答えた。



 

「ここがスーパー、メディチマートだよ」

「へぇ~、見た目は完全に役所だな」


 俺たちがやってきたのは真っ白で四角い建物に取ってつけた様に看板が付いている店。外から見る限り、一見スーパーには見えない。


 中に入ると、棚が整然と並び、地球と同じように客が入っていた。


「店員っていないのか?」

「店員? 職員のこと? 一人くらいはいるんじゃないかな?」


 しかし、逆に店員の姿は全然見当たらない。


 店内ではロボットが動き回って商品を補充している。レジも商品をカゴに入れた段階で金額が計算され、自分の持つ携帯端末から決済できるようになっている。完全にキャッシュレスだ。


 そして、人の相手をする職員は表にはほとんどいない。


「はぇ~、この世界の技術は凄いな」

「大体どこでも表に人はあまりいないかな。高級店なら話は変わるけど」

「なるほどなぁ……」


 通貨の単位はユラ。物価を見る限り、大体一ユラ当たり百円くらいの感覚だ。


「新鮮な野菜とか肉とかは売ってないのか?」

「そんなの売ってないよ。滅茶苦茶高いからね。もしお肉や野菜が食べたいなら、調理ロボが人工的に肉や野菜を造って調理してくれるよ。本物の野菜やお肉が食べたいならそういうのを専門に扱っているお店にいくしかないかな」


 店内には生鮮食品の類いはない。確かにコロニーだと野菜を育てる場所を確保するのは大変だし、動物もいない。そう考えれば、当たり前の話か。


 その代わり、カ●リーメイトのような栄養調整食品類が豊富に用意されていた。基本的にコロニーではこういう食事をとっている人が多いらしい。


 もし、地球で食べていたような料理が食べたいなら調理ロボを購入するのが一般的みたいだ。


「これで一通り見て回ったかな」

「ありがとう。助かった」


 陳列されていた商品を見たおかげで相場は大体把握できた。


「今日は遅いし、また行きたいところがあったら案内するね」

「分かった」

「ウチはこっちだよ」


 スーパーを後にした俺は、コレットに連れられて彼女の家に向かった。


「え? ここ?」

「うん」


 彼女の家はアパートやマンションではなくて一戸建て。しかも、地球で見るような普通の家だった。このコロニーの中ではかなり珍しい。


 予想外で俺は目を丸くする。


「さ、入って」

「お、おう」


 少し呆然としながら、彼女に促されて玄関を潜った。中もそう変わらなくて、玄関で靴を脱ぐ日本の文化が根付いている。


 続いて家の中の説明を受けた。キッチン、トイレ、風呂など、ほとんど地球と変わらない。この辺りもISOとよく似ていた。


 ただ、これだけ広い家に彼女しか見当たらないことが気になった。すでに遅い時間だけど、家族はまだ働いているんだろうか。


「それじゃあ、この部屋を使ってね。ご飯ができたら呼ぶね」

「手伝うよ?」

「スイッチひとつだから大丈夫だよ」

「そっか。ありがとう」


 何かを聞く前に部屋に通されて、コレットは部屋を出ていった。


「はぁ~、なんで素直にファンタジー世界に転生しなかったのかなぁ……」


 室内になったベッドに仰向けに寝転んで、しみじみとぼやく。


 ファンタジー世界を舞台にしたVRMMORPGのアバター、キョウ・クロスゲートとして転生したのに、なぜかこんな宇宙を舞台にした世界に転生してしまった。


 どうせならDSOの世界を満喫したかった。けど、現状俺が転生した理由も原因も、元の世界に帰れるのかも不明なままだ。


「まぁそんなことを言っても始まらないか……気持ちを切り替えよう」


 それなら、折角転生したこの世界を目一杯楽しんだ方が良い。とりあえず、コレットは俺一人増える分出費がかさむはずだ。


 その支出分を稼ぐ。


 まずはそれが当面の目標だな。


 それを達成して普通に生活ができるようになったら、お金を貯める。


 やっぱりこの世界に来たからには宇宙船が欲しい。最初は安い船でも構わない。でも、最終的には星間航行にも耐えられる立派な宇宙船を手に入れたい。


 そして、広大な宇宙を飛び回って旅をする。


 それに、星間貿易だってしてみたいし、宙賊退治もやりたいし、星を買って開拓してみたい。やりたいことは山ほど浮かんでくる。


 そのすべてを実現してやろうと思う。

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