第010話 彼女の事情

「はっ!?」


 俺はガバリと上体を起こす。


 俺はいつの間にか寝てしまったらしい。


 窓の外に視線を移すと、すっかり明るくなっていた。

 

「やばっ!?」


 夕食を用意してくれてたのに完全にすっぽかしてしまった。


 ――コンコンッ


 罪悪感に襲われていると、ノックの音が鳴る。


「どうぞ」

「起きたみたいだね」


 スイッチで開くスライド式のドアを開けて、コレットが部屋に入ってくる。


「昨日はごめん。気づいたら寝ちゃってたよ」

「ううん、気にしないで。昨日は色々あったから疲れちゃったんだよ、きっと」


 コレットに頭を下げると、彼女は首を横に振った。


「ほらほら、起きて。朝ご飯できてるから一緒に食べよ」

「あ、ああ。分かったよ。ありがとう」


 コレットが俺の腕を引っ張るので、彼女と一緒にダイニングに向かう。テーブルの上に料理が用意されていた。サラダにパン、目玉焼きにスープという地球でも見かけそうな内容だった。


「これ……全部調理ロボが?」

「うん」

「本当に凄いな……」


 出てきた料理はどう見ても生の野菜や卵を使ったようにしか見えないけど、全部後から作られたものらしい。料理のスリーディプリンターみたいなイメージだな。


 地球ではまだ完全に実用化できていない技術。不思議だ……。


「本当に色々忘れちゃってるんだね。少しずつ覚えていこ」

「あ、ああ」


 コレットは少し困惑してしまうくらいに俺に優しくしてくれる。


「いただきます!!」

「いただきます」


 食前の挨拶まで日本式だとは恐れいった。

 

「ん、美味い」

「良かった」


 最初にスープに口を付けてみたけど、機械で作ったとは思えないくらい普通に美味かった。俺の反応を見て、コレットが深い息を吐いて安心している。


 サラダも普通に野菜を食べているような触感、味、匂いだったし、パンと目玉焼きも同様だった。なんだか無性にお腹が減って何度かおかわりをしてしまった。


 食事が終わった後、二人でコーヒーを飲んで腹を落ちつける。

 

「そういえば、ご家族はまだ帰ってこないのか? 一緒に住ませてもらうならご挨拶させてもらいたいんだけど」

「……」


 昨日聞きそびれたことを聞いてみると、コレットはハッとした顔になった、そして、そのまま黙って俯いてしまう。


 やってしまった!! これは聞いてはいけない話題らしい。


 その表情を見た瞬間、俺は自分の失態に気付いた。


「あ、いや、なんでもない。あははは……」


 俺はすぐに何事もなかったように苦笑いをした後、コーヒーを飲んでお茶を濁す。


「……ここには私しか住んでいないの」


 しかし、コレットは意を決したように話し出す。


「い、いや、言いたくないなら無理に話さなくていいぞ?」

「ううん、いいの。遅かれ早かれ知ることになると思うし。えっとね。両親は事故で亡くなったの。今は両親の土地と家、宇宙船を引き継いで素材屋として生活している感じだね」


 俺の言葉に首を横に振って話を続けるコレット。

 まさか亡くなっているとは思わなかった。

 今は一人で素材屋なんて危険な仕事をして必死に生きてるんだな。


「そうだったのか……辛いことを思い出させてごめんな」

「んーん。気にしないで。話しておかなきゃいけないことだし」


 俺が謝罪すると、コレットは暗い表情のまま首をブンブンと横に振った


「そういえば、なんで素材屋なんて危ない仕事をしているんだ?」


 あんな危険な仕事をしなくても他の仕事もありそうだけど……何か理由があるんだろうか。一攫千金に憧れて、とか?


「えっと……なぜか、うちの両親が事故の責任を負わされてね。その賠償金を払うために借金してるの。普通の仕事をしていたんじゃ、毎月の返済も間に合わないだよね……あはははは……」

「え……マジか……」


 今度はコレットが苦笑いを浮かべる番だった。そして、俺は呆然となる。

 そんな辛いことがあった上に借金まであるのに、俺に部屋を提供するなんてどれだけお人好しなんだ……。


「借金しているのは知り合いだから安心していいよ。良い人だし」

「俺が居たら負担が増えるだろ?」


 コレットはそういうけど、俺が居たらその分出費が増えて借金を返すのが大変になるはずだ。


「あっ、その、大丈夫だよ? 箱がかなり高く売れると思うし。もしかしたらあれだけで借金が返せるかもしれないし」

「はぁ……分かった。俺もすぐに依頼を受けて仕事を始めるよ」


 コレットは慌てながらも俺を追い出そうとしなかった。


 多分出ていこうとしても引き留められてしまうと思う。


 俺も一度彼女の世話になると決めた以上、今更ホテル住まいをしようとは言わない。それなら負担にならないくらい稼いでやろうと思う。


 そして、それ以上に彼女の助けになりたい。


 そう思った。


「まだこのコロニーにも慣れていないし、もう少ししてからでもいいのに……」

「負担になりたくないからな。なんと言われても働くぞ?」


 コレットが心配してくれるけど、俺も譲るつもりはない。


「うん……分かった。ありがとね」

「それはお互い様だ」


 泣き笑いような顔を浮かべるコレットに、俺も不敵に口角を吊り上げる。


 もしかしたら、彼女が俺に優しいのは、家族が死んで一人取り残された自分と、箱に閉じ込められて一人の俺を、重ね合わせているのかもしれないな。


「っ。あはははっ。そうだね」


 俺の顔を見たコレットは目許に涙を浮かべて大きく笑った。

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