第8話

 ウルカに連れてこられたのは校舎の屋上。


 周囲は落下防止用の緑色のフェンスで取り囲まれており、さながら金網デスマッチのリングだ。


「体育館とかグラウンドじゃないのか?」

「体育館もグラウンドもバスケ部や野球部が使っているからに決まっているじゃありませんの」

「ぶ、部活動……?」


 冗談かと思ったが、グラウンドから白球を打つ快音が聞こえて事実だと理解した。


 世界が滅んでも、高校は青春の舞台でありつづけるらしい。


「部活って、創作の世界だけのものだと思ってたよ」

「なにをとんちんかんなことをいっておりますの? さあ、あなたも武器を抜きなさい!」


 釘バットを腰だめに構えるウルカ。


 目つきは鋭く、すでにやる気満々だ。


「やれやれ」


 冬弥は学ランの脇の下に装着していたナイフを抜いた。


「それじゃわたしが合図するね。はい開始ー」


 まひるが手を打ち鳴らし、乾いた音が鳴った。


 思わずずっこけそうになるほど気の抜けた合図だったが、ウルカはいきなり全速力で突っ込んできた。


「やあああああ!」

「はやい……けど」


 真上から振り下ろされる釘バット。


 冬弥は半身になって軽々と躱す。


 バットの先端は屋上の床に叩きつけられ、タイルを破壊した。


 冬弥は右足で床に突き刺さったバットの先端を踏みつけ、ウルカの喉にナイフを当てる。


「え……?」


 唖然とするウルカ。


「……終わり?」


 あまりの呆気なさにウルカだけではなく冬弥自身も驚いていた。


「はい終わりー! 勝者、十七夜月とう……」

「ややや! ま、まだですわ! いまのは準備運動ですの! あー体があったまってきましたわ!」


 まひるの勝利宣言を掻き消すように、ぶんぶんバットを振り回すウルカ。


 まひるは興味なさげに「どうするの?」と聞いてきた。


「もう少し付き合ってあげようと思う」

「冬弥くんて、優しいんだね」

「いや、不憫なだけだよ」


 さらに二度、三度と繰り返すが、結局冬弥はほとんどその場から動くことなくウルカを制圧した。


「ま、まだまだ……ですわ……」


 五度目になるころには、ウルカはすでに肩で息をしていた。


 整っていた髪もボサボサになり、頭に血が上っているせいか、顔もすっかり赤くなっている。


「もう諦めたらどうだ?」

「な、なにをおっしゃいますの! これでもわたくしは校内でも五本の指に入るブレイバーでしてよ! レベルだって、先日二十を超えましてよ!」

「あんたの攻撃は速いし威力もある。だけど直線的すぎるんだよ。魔物や機械みたいに単純な動きをする相手ならいいかもしれないけど、対人戦向きじゃない」

「新入生の癖に、なんですのその上から目線! こうなったら……」


 ウルカはバットを投げ捨てて、拳を握った。


「本気か?」

「あなたもナイフを捨てなさい! 男らしく拳で戦うのですわ!」

「リーチ的にむしろそっちが不利になるんじゃ……」

「うるさーいですわ! いいからいうこときくのですわー!」


 顔を上気させて両腕を振り上げるウルカ。


 冬弥は、こうなりゃ気のすむまで付き合ってやるか、と思い、ナイフをしまった。


「ふぁーあ。それじゃいくよー。はじめ―」


 ぽかぽか陽気で眠くなったのか、まひるがあくびをしながらいった。


「はっ!」


 ウルカが冬弥の懐に入り込む。


 釘バットがなくなったことでより敏捷性が増したのか、先ほどまでの速度に馴れてしまった冬弥は驚いた。


「わたくしの鉄拳! 食らいやがれですわー!」

「くっ!」


 冬弥は反射的に拳を受け止めようと手を上げた。


 ところが、ウルカ自身も釘バットのない攻撃になれていなかったのか、彼女は先ほど自分で割ったタイルのくぼみ爪先をつっかけた。


「うわわ!?」

「へ?」


 バランスを崩したウルカに巻き込まれて転倒。


 押し倒される形で倒れたせいで、後頭部をしたたかに打ち付けた。


「いってて……。かちかちだぜ……ん?」


 目の前が白く瞬いている。 

 

「あ、な……な……」

「ん?」


 ようやく自分の上にウルカが覆いかぶさっていることに気づいた冬弥。


 彼女はなぜか、耳まで顔を真っ赤にしながら目をぐるぐると回している。


 なぜだろう、と疑問に感じた直後、冬弥は自分の手が彼女の胸をしっかり握っていることに気がついた。


「か、かちかちだ……」


 冬弥は真顔でいった。


「あなた死んでいただけますかー!?」


 その日一番の神速でウルカの平手が振るわれた。


 うららかな春の青空の下、ばっちーん、と盛大な音が鳴り響く。

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