第7話

「ウルカちゃん、どうかしたの?」

「どうしたもこうしたもありませんわ。あなたたち、わたくしの弟をずいぶんかわいがってくれたみたいじゃありませんの」

「弟って?」


 冬弥は首を傾げた。


「ウルカちゃんは湖蝶院くんのお姉さんなんだよ」

「姉弟そろって金髪ってことは、あいつの髪って地毛だったのか?」

「いいえ。わたくしたちは貴重なポイントを使って染めてましてよ!」


 髪を手で払うウルカ。


 なぜそんなに得意気なのか、冬弥には全く理解できない。


「貴重ならもっと大事に使った方がいいと思うんだが」

「クラスで決めた一月ひとつきのノルマ分は残してありますわ! これがどういうことかわかりまして?」

「いいや」

「もう、お馬鹿さん! つまりわたくしたち姉弟は、余剰分で嗜好品が買えるほど盗墓で稼いでいるということなのですわ!」 


 ウルカは口に手を添えて、おーっほっほ、と笑いだす。


 冬弥はこの時ようやくポイント制度の意味を理解できた。


 染髪剤なんてものは冬弥にとってなんの価値もない。ところがウルカのように必要とする人もいる。

 

 普段なら荷物になるので持ち帰ったりはしないが、ポイントに換金することで別の何かを買うことができるのだ。


 だからこそこの制度は成立するし、盗墓にいってまったく成果がないという事態を防ぐことができる。


「なるほど、ようやくポイント制度が理解できた」

「ほんと? よかった。ありがとうウルカちゃん。ウルカちゃんのおかげで冬弥くん、ポイント制度が理解できたって」

「え? あらそう。それはどういたしましてですわ」

「それじゃあねウルカちゃん。こんどシャンプーのおすそ分けにいくね」

「ええ、それではごめんあそばせ……ってそうじゃないですわ!」


 てっきりこのまま別れるのかと思いきや、ウルカは両手を振り上げて叫んだ。


「えー? どうしたのウルカちゃん?」


 まひるがきょとんとした顔で振り返る。


 二人は顔見知りのようなので、冬弥はだまって彼女たちのやりとりを聞くことにした。


「どーしたもこーしたもありませんわ! あなた、わたくしの弟をはめましたわよね!?」


 腰に下げていた釘バットを抜いて、まひるに突きつけるウルカ。


 この性格、弟とそっくりだと冬弥は思った。


「えー? なんのこと?」

「しらばっくれても無駄ですわ! あなたのことですもの、どうせなにかしらの理由をつけて二手に別れたんですわ!」

「そんなことしたらわたしだって危ない目にあっちゃうよ?」

「あなたは本来優秀なサポーター。本当はデバイスの魔力ソナーとは別に、自分で探知魔法が使える。そうではなくて?」


 ウルカがデバイスをまひるにむけると、彼女はすっと冬弥の後ろに隠れた。


「冬弥くん、わたし怖い」


 弱々しい声で囁いて、冬弥の袖を掴むまひる。


 冬弥はまひるを庇うように一歩前に出た。 


「よせよ。そんな一方的に」

「その女は善人のフリした極悪人でしてよ! しかも容赦のない報復をしてくるので女子たちの間ではそれはもうたいそうな嫌われっぷりなのですわ! まさに藪の中の蛇! 触れずとも祟る神なのですわ!」


 ウルカの話は冬弥が抱いているまひるのイメージとあまりにもかけ離れすぎていて、驚愕を通りすぎてむしろ呆れてしまう。


「だからやめろって。今日の盗墓は俺もいっしょにいたけど、なにも怪しいところはなかった」

「弟から、新入生が気になるから二人きりにして欲しいって頼まれたと聞きましたわ」

「…………マジ?」

「マジですわ」


 まひるを見ると、彼女はサクランボのような可愛らしい舌を出していた。


「てへへ、バレちゃったかぁ」

「どういうこと?」

「もーニブチンですわね! その子は自分の手駒にするためにあなたにすりよったのですわ!」

「え、本当に?」

「そんなの嘘だよー。わたしはただ学級委員の仕事をしただけだよ」

「それこそ嘘ですわ! げんにわたしの愚弟や他の男子たちもさんざんもてあそばれて……もう我慢の限界ですわ! 女子はみんな報復が怖くて話題にもしませんけれど、あなたの横暴はこれ以上見過ごせません! わたくしと決闘なさい! 草薙まひる!」


 ウルカは釘バットを肩に乗せ、代わりにまひるに向かって人差し指を向けた。

 

 クラスの男子がまひるの本性を知らないのは、女子がまひるのことを本気で怖がっているかららしい。


 そんな相手に食ってかかるなんて、このお嬢様なんてガッツなんだ。どうやら気合が入っているのは髪型だけではないらしい。


「わたしの本職はサポーターで、ウルカちゃんはブレイバーでしょ? それじゃいくらなんでもずるいんじゃない?」

「ならどうしようというのですの? わたくしがハンデでもつければ満足ですの?」

「んーん、代理人なんてどう? わたしが選んだ人とウルカちゃんが決闘するの。わたしは絶大な信頼をもってその人を選出するから、その人が負けたらわたしの負けでいいよ」

「ふふん、それは面白い提案ですわね」

「よーし、それじゃ頼んだよ! 冬弥くん!」

「え!? 俺!?」

「戦ってくれないの……? わたしのためじゃ……いや?」


 まひるがきゅっと服をつかんで上目づかいに見上げてくる。


 さりげなく胸があたっているのもわざとかもしれない。


 けれど冬弥は、


「わ、わかった」


 頷いてしまった。


「あなたに男としてのプライドはないんですの!?」

「男だからこそだろ、たぶん……」


 ほんとうのところは、冬弥自身も頷くべきではないと思っていた。


 それでも、彼女に親切にしてもらったことは紛れもない事実。その借りを返さないのは、男として間違っている気がしたのだ。


 決して袖をくいっとされてきゅんときたからではない。ちょっとだけきゅんとしたけど。


「ま、いいですわ。強いと噂の新入生。その実力はわたくしも気になっておりましたから。ついてきなさい」


 髪の毛を、ふぁさ、と払い、ウルカが振り返る。


 髪からただよう甘い香りと、彼女の肩に乗っている釘バットの鉄臭さが入り混じる。


 勝利したのは釘バットの香り。冬弥はあのバットで人を殴っているんじゃないかと思ってドキドキした。


 冬弥が彼女の後ろをついていこうとすると、軽く肩を叩かれ立ち止まる。


(こっそり逃げちゃおっか?)


 まひるが耳元で囁いた。


(よけい怒らせるだけじゃないか……?)

(ちぇー)

(あと、俺を手駒にしようって話。あれ本当か?)

(どう思う?)

(……本当?)

(かもねー)


 飄々ひょうひょうとはぐらかすまひる。そんな彼女をみてもやもやするも、なぜか冬弥は怒る気になれなかった。

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