第9話

 ウルカと屋上で決闘をした翌日、冬弥は薔薇泉に呼び出されて校長室を訪れていた。


 真っ赤な毛長の絨毯に、真っ赤な薔薇の壁紙。


 部屋に置かれている花瓶や活けてある花も真っ赤で、トルソーの首にかけられたネックレスにも赤い宝石がついている。


 美術館と見まごうこの部屋に、薔薇泉鏡花は木製のワークデスクの向こう側で赤い革の椅子に座っていた。


「すごい真っ赤ですね」

「いい部屋だろう? 椅子は牛革のアニリン仕上げ。絨毯は馬の毛が使われている。そしてこの机は、レッドオークだ」


 薔薇泉は背後の巨大なアーチ窓を眺めていたが、椅子をくるりと回転させてこちらに向き直った。


 ちなみにレッドオークは赤くない。


「よくわからないです」

「まったくつまらんやつだ。この時代に天然物を使うということがどれだけ……いやまて、なんだお前その顔」

 

 薔薇泉が愛おしそうにワークデスクを撫でて顔をあげると、彼女は目を丸くした。


 彼女の視線の先。冬弥の左頬には、真っ赤な手形がついていた。


「事故にあいました」

「真っ赤な紅葉を咲かせてくるなんて、てっきり口説かれているのかと思ったぞ」

「ははは、まさか。だって薔薇泉さんと俺じゃ歳が----」


 ぱぁん。


 冬弥の言葉は炸裂音に掻き消された。


「すまない、わたしの銃弾がお前とキスしたがっているようだ。それで? 歳がなんだって?」


 薔薇泉はナイフのようなアタッチメントをつけた拳銃を握ったままいった。


 銃口からは、いままさに硝煙が立ち上っている。


「い、いえ。なんでもありません」


 冬弥の右頬に赤い線が走り、血が垂れてくる。


 その気になれば普通の銃弾くらい余裕で見切れるし、万が一直撃しても平気なくらい防御力が高い冬弥ですら、彼女が放った弾丸は見えなかった。


 おそらく魔力で加速しているのだろうが、それにしても凄まじい威力である。


「さて本題だが、今日はお前に特別盗墓を依頼しようと思う」

「特別盗墓、ですか?」

「うむ。本来生徒どもは通常の盗墓しかやらん。だが一部の実力のある生徒には、ゆくゆくプロの盗墓屋になったときのために依頼ありきの盗墓をやらせているのだ」

「あの、通常の盗墓と特別盗墓ってなにがちがうんですか?」

「通常の盗墓は食料だろうが機械部品だろうがなにを回収してもいい。いわゆるフリー盗墓というものだ。だが特別盗墓は依頼された特定の物資を回収してもらう。例えば思い出のペンダントだったり、重要なデータの入ったメモリチップだったりな」


 冬弥は昨日まひるが言っていたことを思い出した。


 ようは特別盗墓とは、学校が受けた依頼を生徒にやらせる特別授業ということらしい。


「ほかにもいろいろ回収したらまずいんですか?」

「それはかまわん。むしろ普通の盗墓と同様、積極的に物資を集めてこい。ただし、目的はあくまでも依頼品の回収だということを忘れるなよ」

「わかりました」

「依頼内容は追ってデバイスに送信する。パーティーの編成は任せるが、出発前に一度わたしのところにこい」


 薔薇泉の指示に、冬弥は顔をしかめた。


「え? 俺一人じゃ駄目なんですか?」

「当たり前だ馬鹿者。これは授業の一環だぞ」

「で、でも、俺一人なら余裕で……」

「たしかに余裕で依頼品を回収できるだろう。だがそれだけではだめだ。より多くの物資を回収するにはお前ひとりでは容量が足りん。今後お前がグレイヴ・リーダーとなるためにも、各々の長所を活かせる采配をしてみせろ」

「……そもそも俺、盗墓屋になるつもりなんて」

「出ていきたければいくがいい。しかしそれではお前の相棒は直らんぞ? ここにいる以上はここの掟に従え。以上だ」

「…………わかりました」


 冬弥は不承不承ながらも校長室を出ていった。


 軋む廊下を歩きながら思考を巡らせる。


 一人はまひるで決定だ。多少うさんくさいところはあるが、この学校のルールについて一番親切に教えてくれているのも彼女。


 まだまだ知らないことが多い冬弥にとって、まひるに頼るのは自然な流れだった。


 さっそくデバイスでメッセージを送ると、彼女は二つ返事で了解してくれた。変な要求をされるかと思ったが、彼女としてはむしろ特別盗墓に誘われることはメリットのようで、「誘ってくれてありがとう」とお礼をいわれた。


「さて、サポーターは決まった。あと一人をどうするかな」

 

 自分が遊撃役ブレイバーで、まひるが補助役サポーター


 ならあと一人は必然的に荷物持ちストレージ


 冬弥の頭の中にぽん、と思い浮かんだのは、黄色のハリネズミだった。


 グラウンドの片隅にある訓練場に向かう冬弥。


 テニスコートを改造したその場所で、木人形を相手に斧を叩きつけている湖蝶院を発見し、声をかけた。


「湖蝶院弟。ちょっと話があるんだけど」

「お、冬弥じゃねーか。なんかようか? つーか俺のことはタケルでいいよ。姉ちゃんと紛らわしいだろ?」

「実は薔薇泉さんから特別盗墓を頼まれてさ、ストレージを探してるんだけど、湖蝶院弟はどうかなと思って」

「特別盗墓って場所どこ? あと時間。それと、俺のことはタケルでいいぜ」

「場所は……」


 デバイスに送られてきたメッセージを確認する冬弥。


「町の外れにあるホームセンターだって。時間は、期限が明日の夕方までだから、できれば今日の午後にでも行きたいかな」

「ああ、あの田んぼのど真ん中にたってるとこか。あそこなら何回か行ったことあるし、いいぜ! と、いいたいところなんだけどよ」

「え?」

「実は俺、今日の午後に他の奴と盗墓に行くことになってんだよ。悪いな」

「そうなのか。じゃあ、湖蝶院弟は諦めるよ」

「なぁ、お前もしかして俺のこと嫌いなのか?」


 湖蝶院は捨て猫みたいな顔でいった。


 しょぼくれる湖蝶院を放置して、冬弥は教室に向かった。


 すでに何名か盗墓にいっているためか人はまばらだ。


 その中で、冬弥は机で読書をしている吉田が目についた。

 

「吉田」

「ん? ああ、なんだ君か……なにかようかい?」

「実はさっき薔薇泉さんに特別盗墓を頼まれたんだけど、人がいなくてさ」

「湖蝶院は?」

「湖蝶院弟には断られた」

「そうか。ま、別に断る理由はないし、いいよいってあげても」


 吉田はそういって本を閉じた。


「助かる」

「ちなみにどんな面子なんだい?」

「ブレイバーが俺で、サポーターがまひるなんだけど」

「ちょっとまて、それじゃ君は僕になにをやらせるともりなんだい!?」


 吉田が椅子の上で体を九十度回転させて、こちらに向き直る。


 その上、すごい剣幕で睨みつけてきた。

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