30話 償い・芽依

 電動キックボードを走らせて数十分。


 俺と莉子は葵の発見から数軒の家を回ったけど、残念ながら芽依を見つけることが出来なかった。 

 やっと他の参加者が住んでいる家を訪れることが出来たのは嬉しい出来事だけど、芽依がどこにいるかには繋がらない。

 ただ何かあったときはどこに行けば人に合えるかの知識は増えていった。

 それは喜ばしい事だけど、今はもっと優先したいことがある。


 そして俺たちは自分たちが住んでいるほどの大きさをしたシェアハウスの前に到着した。

 俺はシェアハウスの様子を眺めながら言う。


「俺たちが住んでる家と似てますね」


 莉子は小さく頷いて首肯する。


「はい。誰か住んでいそうな雰囲気ですね」

「あ、車庫の前を見てください。複数のタイヤ痕がありますよ」

「つまり電動キックボードで運転した人が少なくともいますね」

「芽依さんがここにいるかどうかはわからないけど、また人が住んでる場所を見つけれましたね」

「芽依さんの情報でも貰えたらいいんですけど」


 莉子は少し元気がなさそうな顔をした。


 俺は語気を強めて励まし、シェアハウスの呼び鈴を指で押しこんでいく。


「そうですね。でも、まずはここに住んでる人に聞いてみないと分かりませんよ」


 俺と莉子はシェアハウスの玄関をじっと静かに眺め続ける。

 すると呼び鈴装置に備わっていた画面に覇気がない女性の顔が映り出された。


『はい、なにかご用でしょうか?』

「あの、こんにちは。突然の訪問申し訳ございません。俺たちは今、人を探している最中なんです。ちょっと訳あって喧嘩してしまい、その同居人は家を飛び出してしまって。それで今どこにいるのか分からないので黙島を探し回ってる最中なんです。あの、お姉さんは何かご存じありませんでしょうか?」


 覇気がない女性は硬い作り笑いからすぐに真顔に変えていく。


『その探している人って、髪がおあいですか?』

「はい」

『怖い雰囲気の人ですか?』

「え、うーんと、人によると思います」


 彼女はまだはっきりとは言っていないけど、俺の中でははっきりと確信めいたものが思い浮かんだ。

 彼女は明らかに知っている。


 覇気がない女性はしばらく言葉を詰まらせ、神妙な面持ちで言葉を漏らす。


『今玄関に向かいます』

「はい」


 莉子も何かを感じ取ったらしく、俺に尋ねてきた。


「なんだか様子がおかしいですね。もしかしたら何か収穫がありそうですね」

「はい。俺も何か知っているんじゃないかって思いました」


 そして、目の前にある玄関がガチャっと開かれ、女性が姿を現す。


「お待たせしました」

「いえ」

「あの、お二人が探してる女性の名前を聞いてもよろしいですか?」

「あ、そうですよね。まだ言ってませんでしたね。えっと、芽依って名前の女性です」


 俺が告げた名前を聞いた途端、覇気がない女性の表情が安心したかのように顔が緩まっていった。

 覇気がない女性は小声でつぶやいていく。


「芽依さん……。やはりそうでしたか。芽依さんなら、ここに来ていますよ」

「えっ、本当ですか!?」

「昨日突然私たちの家にやって来ました。一緒に住まわせて欲しいと言ってきたので、見捨てるわけにもいかないと思って共に暮らしてみることにしました。しかしすぐに異変に気がつきました。芽依さんからは確かに悪意は感じないのですけど、言動の節々ふしぶしに威圧感があり、私たちの快適な生活が損なわれ始めました」


 芽依を探している俺でも、今でも彼女から発せられる威圧的な態度に慣れているわけではない。

 それなら対面してから一日も経ってない覇気がない女性たちはもっと恐怖を覚えているだろう。


「それは、同感です」

「芽依さんに用があるんですよね、呼ばないとですよね」


 覇気がない女性は上半身を屋内に向けて、大声で叫んでいく。


「芽依さーん、お客さんが来てるよー!」


 そしてしばらく待っていると、家の奥に見慣れた女性の姿が現れた。


 芽依は俺たちの姿を確認すると、一瞬驚いた顔を作るけどすぐに不機嫌そうにする。


「あー、なに、大翔さんたちどうしたの。近所への挨拶? 面倒くさいなぁ、ぶっ殺すよ」


 俺は首を横に振り否定した。


「そんなんじゃないですよ。芽依さんを探していました」

「改めてお別れの挨拶でもしに来たの? もう放っておいていいから、ぶっ殺すよ」


 莉子が一歩前に進みだし、穏やかな声をかけていく。


「芽依さん、ごめんなさい。私は昨日の出来事の真実を知りました。私たちの判断は間違っていました。勘違いした私を許してもらえるとは思っていません。しかし、芽依さんとまた一緒に暮らしたいという思いも事実です。どうか、私たちの家に戻ってきてはくれませんでしょうか?」


 俺も大きく頷き、丁寧な口調で言葉を出す。


「ごめんなさい。恐怖と不安で俺はどうかしていました。冷静な判断が出来ませんでした。さらに間違った選択をして、無意味に芽依さんを追い出してしまいました。どうすれば許してもらえるかは分かりませんけど、できたら芽依さんには俺たちの家に戻ってきて欲しいです」


 芽依はしばらくだんまりを決め込んでいく。


 そして玄関の周囲には静寂が訪れた。


 覇気がない女性のシェアハウスの奥からは、共住者たちが心配そうに俺たちの様子をうかがっている。


 そして芽依は腰に手を当てながら重い口を開いていく。


「わたしは大翔さんに言われた通り動いただけなんだけど? ぶっ殺すよ」

「そうですけど、そこを何とかお願いします」


 覇気がない女性は硬い笑みを作りながら両手を顔の近くで合わせた。


「芽依さん、心配してくれる人が居るなら戻るべきですよ! 無理して私たちと一緒に住む必要なんてないです。ほら、ちゃんとわざわざ探してくれて迎えに来てくれる同居人がいるなら、そこに戻った方がいいと思うな、ね、みんな?」


 覇気がない女性は家の奥で顔を覗かせていた同居人たちに質問を投げかける。


 家の奥にいた人たちは何度も頷いて賛同した。


 覇気がない女性は乾いた笑みを芽依に向ける。


「ほら、みんなも戻った方が良いって言ってるよ。さ、芽依さん私たちのことは気にせず、本気で思ってくれてる人の元に帰りましょう」


 芽依は細めた目で覇気がない女性、そして奥に居る同居人たちを見つめていく。


「なんだかわたしに家から出てってほしい雰囲気を感じるんだけど、気のせいだよね。ぶっ殺すよ」

「そんなことありませんよ! 芽依さんとは一日しか過ごしていませんけど、これから一緒に長く暮らしていきたいと思ってた人です。けど、戻る場所があるなら戻った方がいいという話です。ほら、芽依さん帰る時間ですよ」


 覇気がない女性は芽依を俺たちの元に戻そうと促し続ける。

 しかしその様子はどこかぎこちなく、不自然に感じた。

 もちろん芽依も鈍感ではないだろうから、その違和感には気づいているだろう。


 芽依は大きなため息をつきながら片手で頭をガリガリといていく。


「はぁ、分かったよ。みんなして言わないでよ。それじゃみんな、短い時間だったけど世話になったよ。大翔さん、莉子さん、わたし戻るから、よろしく」


 芽依は覇気がない女性たちに片手を軽く上げて別れの挨拶をしながら、俺たちの方に寄って来る。


 覇気がない女性もそれに応え、片手を左右に小さく振っていった。


「はい、こちらこそありがとうございました。また何かあったら遠慮なく訪ねてきてください」


 他の共住者たちも、短い別れの挨拶を言いながら芽依を見送っていく。


 そしてシェアハウスの玄関が閉められると、芽依と莉子、俺の三人きりになった。


 芽依が俺たちの家に戻ってきてくれることになったとしても、俺の体の中に残っている罪悪感が完全に消えたわけではない。

 目の前にいる芽依の目を直接見ることが難しかった。

 会話の切り口も分からず、俺はしばらく芽依の下半身を見つめることしか出来ない。

 覇気のない女性が俺たちの関係を繋いでくれていたことに気付く。

 しかしもう彼女の助けは得られない。

 ここからは俺たちだけで芽依とやり取りをしなければいけないのだ。

 そもそもこれから再び芽依と共に長い時間を過ごすというのに、こんなところでつまづいている場合ではない。

 だけど体がなかなかいうことを聞いてくれなかった。


 まごまごとうろたえ続けていると、莉子が優しい口調で話しかけていく。


「芽依さん、おかえりなさい。さあ、一緒に帰りましょう」


 芽依は空を見つめながら疑問をぶつけてくる。


「ところで、昨日の真相はどうやってわかったの?」

「それは自分で聞いた方が早いと思いますよ」

「どういう意味?」


 俺と莉子は電動キックボードに足を乗せていく。


 芽依は肩をすくめながら言う。


「ねぇ、わたしに歩いて戻れっての? ぶっ殺すよ」


 俺は慌てながらなだめる。


「あ、ごめんなさい。そうですよね。分かりました。芽依さんは俺の電動キックボードを使って帰ってください。俺は歩いて帰りますので、気にしないで先に家に戻っててください」

「そう? それなら遠慮なく使わせてもらうよ」


 すると、莉子は焦りながら会話に割って入ってきた。


「その必要はありませんよ。芽依さん、私の後ろに乗ってください。二人乗りで帰りましょう」


 俺はすっかり忘れていた。

 この黙島にはサイレダイスという俺たちを監視する人はいても、警察という組織の目は無い。

 本土に居た頃のような電動キックボードの乗り方を守る必要はなかった。


 芽依は小さく口の端を上げながら言う。


「気が利くじゃない。じゃあそうしようかな」


 芽依は莉子が乗っている電動キックボードに足を乗せていき、莉子の腹部を後ろから抱えるように両手を回していく。


 莉子は微笑みながら俺に言葉を投げかける。


「これで大翔さんも電動キックボードで帰れますよ。歩かなくて済みます。みんな一緒に戻れますよ」


 俺は硬い表情で言う。


「莉子さん、流石です。それでは、帰りましょうか」

「はい」


 俺はアクセルを押していき、電動キックボードを走らせていく。

 黙島の静かな環境のおかげで、後ろにいる莉子たちの電動キックボードの音も目視しなくても走らせているのが分かる。

 ただ、何となくだけど二人乗りの影響だろうか少しだけ負荷が大きいことを知らせる音を発している気がした。

 しかし芽依を楽にさせるために今回は電動キックボードには頑張って欲しいと思う。

 俺たちは無言のまま乾いた土場の上を走行していく。




 電動キックボードで俺たちのシェアハウスを目指して数分後。


 俺と莉子、芽依は10人ほど住める大きさのシェアハウスの近くまで移動していた。

 つい先ほど同じ大きさのシェアハウスを見ていたので、一瞬道を間違えて逆走してしまったのではないかと心配になる。


 芽依は疑問を呟いた。


「そういえば、葵さんはどうなったの? 大翔さん、彼女のことも追いだしたの?」


 俺は申し訳なさそうに言う。


「えっと、その、はい。俺は芽依さんだけでなく、葵さんも間違って家から追い出してしまいました。不甲斐ないです」

「それが本当なら、はやく探してあげなきゃいけないでしょ。ぶっ殺すよ」


 芽依は電動キックボードのデッキ――細長い足を乗せる場所――を蹴って地面に飛び降りる。


 莉子はブレーキのレバーを引き、芽依に説明する。


「葵さんなら心配ないですよ。芽依さんを探し出す前に見つけました。家に戻るよう言ってあるので、多分もう家の中に居ますよ」


 芽依は不機嫌そうな顔で俺のことを睨みつけてきた。


「そうなら最初からそう言いなよ。ぶっ殺すよ」


 俺は苦笑しながら謝罪する。


 芽依は肩をすくめながら視線を前方のシェアハウスに移す。

 そしてどこか安心した様子を見せながら小さくささやいた。


「ただいま」

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