29話 償い・葵

 電動キックボードを走らせて数十秒。


 先ほどの二人ほど住める家とは別の、同じくらいの大きさの家の前に到着した。

 今度はここに誰かいて欲しい。

 しかし俺たちの想いは届かず、この家にも誰も居なかった。

 呼び鈴を鳴らしても、玄関を叩いても誰の反応も無い。

 居留守を使っていたり、寝ていたり、あるいは病気で倒れている可能性があるので、誰も住んでいないという確証はない。

 だけど雰囲気から人の気配を感じ取れないので、俺はこの家は誰も住んでいないと判断した。


 莉子は困った様子で呟く。


「ここも誰も住んでいないんですね」

「まぁ、住む家はいっぱいありますからね。気を取り直して次行きましょう」

「はい」


 俺たちは再び電動キックボードで黙島の大地を走り回っていった。




 さらに電動キックボードを走らせて数十秒。


 今度は人が一人住めれば十分といった大きさの、こじんまりとした家の前に到着した。

 外から見た雰囲気では人が住んでいるとは言えない静けさを保っている。

 俺は流れ作業的に呼び鈴を鳴らしていく。

 もう誰も出ないことには慣れてしまっているし、これからも同じ状況に遭遇すると思うと、もう何も考えることが無くなった。


 莉子は弱い声音で呟く。


「なかなか見つかりませんね」

「まだまだこれからですよ」


 そして無感情で玄関を眺めていると、初めての出来事が起こる。

 なんと家の中から人の姿が出てきたのだ。

 しかもそれは俺、俺たちにとって見覚えのあるものだった。

 その姿は強い特徴を持っていて、一瞬で誰かを判別できる。


 葵は玄関から数歩出て、俺たちの顔を見てその場で硬直した。


 俺は葵に向かって頭を深く下げていく。


「葵さん、ごめんなさい。俺が間違っていました。葵さんは陽菜さんを笑わせていませんでした。なのに勝手に俺が怯えて、勘違いして犯人扱いして。シェアハウスから追い出すことになって申し訳ありませんでした」


 莉子も俺にならって、上半身を前方に倒していった。


「葵さんごめんなさい。私も葵さんが陽菜さんを笑わせたんじゃないか疑ってしまいました。それで怖くてシェアハウスから出てってほしいと思いました。私が間違っていましたすみませんでした」

「葵さん、俺のことを許して欲しい。そしてどうか償いとして、また俺たちと一緒に暮らして欲しいと思っています」

「葵さん、私からもお願いします。また私たちと一緒に生活しませんか」


 俺たちはしばらくの間、深々と頭を下げ続ける。


 葵は相変わらずいつものように口数が少ないので、許しの言葉をいつ発するのか分からないので、俺たちがいつ頭を上げていいのか分からない。


 すると、葵は静かに言葉を発していった。


「家に戻る」


 俺たちはその言葉を聞いて、すぐに顔を上げていく。

 葵が俺たちのことを許してくれたかどうかはわからないけど、その言葉からは嫌悪感を感じられない。

 そして俺の体の奥底に安心感が湧きあがっているのが分かる。

 その言葉をもらえてどんなにうれしい事か。

 しかもあの葵が言葉を発している事にも感動を覚える。


 俺は硬い笑みを作りながら尋ねた。


「本当に? 許してくれますか? シェアハウスに戻ってきますか?」


 葵は表情を変えずにゆっくりと頷く。


 莉子も口の端を小さく上げながら言葉を投げかける。


「葵さん、家に戻ってきてくれますか?」


 葵は今度は少し早めに首を縦に振った。 


 俺はもう一度頭を下げてお礼を告げる。


「葵さん、ありがとう!」


 そしてすぐに顔を上げたら、疑問をぶつけた。


「ちなみに、芽依さんは一緒じゃないんですか?」


 葵はしばらく沈黙を貫き、首を左右に振っていく。


 莉子は少し残念そうな顔で呟いた。


「それでは、芽依さんはどこにいったのですか?」


 葵は無言のままその場で佇み続け、肩をすくめる。


 同じシェアハウスを過ごした仲間ということで、芽依と葵が一緒に別の住居で過ごしている可能性は非常に高いと予測していた。

 しかし実際は別行動をとったようだ。

 では芽依は今いったいどこに居るのだろうか。


「葵さんは芽依さんが今どこにいるか知らないんですね?」


 葵はすぐに首を縦に振って返答する。


 俺は冷静になった顔で言葉を出す。


「そうですか、分かりました。それでは俺たちは引き続き芽依さんが今どこにいるか探してきます。葵さんは先に俺たちのシェアハウスに戻っててください。ニコルさんが中に居ますので、よろしくお願いします」


 莉子は小さく微笑みながら呟く。


「葵さん、ありがとう。そしてまたあとで。私たちは芽依さんを探してきます。ニコルさんと先に待っててください」


 俺と莉子は葵に向かって片手を上げて別れの挨拶をする。

 すぐに再開するので挨拶が必要かどうかはわからない。

 しかし親愛の証として体が勝手に葵とコミュニケーションを取りたがっていて動いていた。

 それはきっと莉子も同じだと思う。


 葵は呆然としながら俺たちのことを眺めていた。


 葵の見送りを受けながら、俺たちは次の芽衣が居そうな場所に電動キックボードを走らせていく。

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