28話 真実
翌朝。
俺たちは朝食を食べていた。
俺、莉子、ニコルの三人で食卓を囲んでいる。
一日経っただけなのに、家の中が物凄く静かで、そして寂しくなった。
今日の朝食は莉子が作ってくれたけど、なんだか今回は手抜き間を感じる。
茶碗一杯分のご飯、味噌汁にサラダと健康的な
しかし、味噌汁はインスタントの、変わらない安定した味なのがすぐに分かる。
莉子の料理をする気力がみなぎっていないことは出された料理から何となく察することが出来た。
莉子の気持ちが表れた料理を口に運んでいると、ニコルが突然言葉を発していく。
「あのっ」
俺と莉子はすさまじい速度でニコルに顔を向ける。
ニコルが自発的に言葉を発することは非常に珍しい。
彼女が何を発するのか、聞き逃さないようにと身体が勝手に反応する。
ニコルは続けて言葉を呟いていく。
「陽菜さんが落ち込んでいると思って、ワタシは元気が出るよう話しかけました。そしたら芽依さんもワタシと同じように陽菜さんのことを気にかけました。葵さんも陽菜さんを励ますために喋りかけました。そうしたら、陽菜さんが突然笑いました。ワタシたちは陽菜さんを笑わせていません」
ニコルが説明を終えると、いつものようにおとなしい様子に戻り、俺たちの顔色をうかがい続ける。
俺は
「それは本当ですか?」
ニコルは黙って頷く。
ニコルが嘘をついているとは思わない。
たとえ今俺たちに嘘をついたとして、それが彼女に、あるいは俺たちに何の得があるというのだろうか。
彼女が真実を告げているとして、そこには何の意味があるのか。
それは分かりきっていることで、俺たちの間違いを指摘しているのだ。
昨日、なぜ陽菜が笑ったのだろう。
それは実際に見ていないので想像で補うことしか出来ないけど、ニコルの言っている通り、三人とも陽菜のことを心配していたとしたら、そこに何が起こったのか。
考えられるとしたら、それは不慮の事故だ。
あの近寄りがたい芽依が、あの大人しいニコルが、何を考えているのか分からない無口な葵が、一斉に陽菜のことを心配した。
そんな意外でおかしな状況に遭遇したらどうなるのか。
どういう感情が湧きあがるだろう。
きっと嬉しいだけじゃないはずだ。
俺は力の抜けた言葉を出す。
「俺は一体なんてことをしてしまったんだ……」
莉子も俺と同じ推測に辿り着いたのか、慌てた様子で俺に顔を向ける。
「あの、大翔さん。私たち間違いを
「……はい。俺は選択を間違えてしまいました」
俺がこれからやることは決まっている。
ならすぐに行動に移さなければ。
俺は席を立ち、リビングから出ようとした。
すると莉子は語気を強めて尋ねてくる。
「どこに行くんですか?」
「行かないと。俺、二人を探して謝りにいかないと。それで戻ってきてって言わなきゃ」
「それなら私も行きます。ついて行きます」
「分かりました。ニコルさんはどうしますか?」
ニコルは俺の顔をしばらくみつめて黙り込む。
そして首を横に振っていく。
俺は頷いて返事をした。
「分かりました。ニコルさんは家で留守番頼んでいいですか?」
ニコルは静かに頷いていく。
莉子は席を立ち、俺の近くに駆け寄ってくる。
「ニコルさん、ごめんなさい。家のことはお任せしますね」
ニコルは再びゆっくり頷いていった。
俺はそのままリビングから出て、玄関近くから車庫に足を踏み入れていく。
黙島の中で芽依と葵を歩きで探し回るのは得策とは言えない。
そうでなくとも電動キックボードという便利な乗り物を使わない理由が無い。
俺たちは自然と電動キックボードに体を乗せていく。
莉子はハンドルを握りながら言う。
「どこから探すつもりですか?」
「二人がどこにいるかは分かりません。一か所一か所丁寧に探しましょう」
「分かりました」
「とりあえず、近くから順番に二人が行きそうな場所を見て回りましょう」
「はい」
俺は握っている右ハンドル付近に備わっているアクセルを指で押しこんでいく。
すると電動キックボードも俺の意思に答えて前進していった。
車庫の中にもう一台の電動キックボードの走行音が響いていて、莉子も俺の後ろをついてきているのが分かる。
今回はドローンによる誘導の無い、目的地があやふやの走行だ。
電動キックボードで黙島を走行して数十秒。
俺たちは自分たちが住んでいるシェアハウスから一番近くの家に向かっていた。
俺は自分のこと、あるいは自分と共に暮らしている共住者のことで精一杯で、近所の状況はほとんど把握できていない。
なので今目の前に建っている家にどんな人が住んでいるのか、そもそも人が住んでいるのかは知らない。
芽依と葵の捜索だけど、必然的に他の参加者の様子をうかがう機会にもなっていた。
俺は眼前の家の呼び鈴を鳴らしていく。
家の外観は人が二人か三人暮らしていけるほどの大きさで、多人数で暮らすのには向いていない。
もしかしたら芽依か葵のどちらか一人、または二人がここに住んでいてもおかしくなかった。
俺たちのシェアハウスから近いということで、少しだけ期待する。
しかし、呼び鈴を鳴らしても誰も返事をしなかった。
家の様子をうかがっても、なんだか人が住んでいない気もする。
“楽園”参加者全員分の家が黙島に建てられていても、共住すれば使わない家も出るだろう。
俺たちが訪れている家もその可能性はある。
莉子は落ち着いた様子で言葉をこぼす。
「誰も居ないみたいですね」
「そうみたいですね。ここはまだ誰も使っていないようです」
「私たちの家から近いから、ここに来ている可能性は高そうですけど」
「それは俺も思いました。でもいませんでしたね。仕方ないです、次に行きましょう」
「はい」
莉子は力強く頷く。
俺たちは再び電動キックボードに体を乗せて黙島を駆け巡っていった。
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