24話 くすぐり合い その3

 陽菜と頼りなさそうな男性がテーブルの前に到着すると、互いの体を見つめ合う。

 といっても視線は鎖骨から首あたりのところだ。

 やはり頼りなさそうな男性も俺と同じように、女性の体のどこを見つめればいいのか分からなくて困っているのだろうか。


 陽菜は硬い笑みを浮かべながら尋ねていく。


「えっと、それじゃあ、くすぐり合い始めましょうか?」


 頼りなさそうな男性は小さく頷いた。


「はい。えーっと、お姉さんのどこをくすぐったらよいでしょうか?」

「どこって、脇の下とかでいいとおもうけど」

「分かりました。脇の下ですね。それでは失礼します」


 頼りなさそうな男性は小さくお辞儀をした後、陽菜の脇に腕を伸ばしていく。

 しかしどこか躊躇している感じがしていて、やはり女性相手だからか気遣っているのだろう。

 一方、陽菜も頼りなさそうな男性に手を伸ばしていき、脇の下に触れていく。

 そしてゆるゆると指を動かしていき、頼りなさそうな男性の肌を刺激していった。

 もちろん陽菜のくすぐりも相手を笑わすために行っているわけでなく、形式的にやっているだけだろう。

 頼りなさそうな男性もくすぐられているのに顔に変化が無いので、それが証拠だ。

 万が一、陽菜が笑わせようとして、頼りなさそうな男性が我慢していて無表情を貫いている可能性もあるけど、陽菜がそんなことをするはずが無いと信じている。

 一緒に暮らしてきてそ、彼女がそういうことをする人じゃないのは知っている。


 頼りなさそうな男性も陽菜の脇の下で指を小さく動かし続けていった。

 すると陽菜は体をよじらせながら声を漏らしていく。


「んぅっ」


 まさか、今回も俺たち共住者を本意不本意関係なく笑わせてくる相手と当たってしまったのだろうか。

 陽菜の様子が変だった。

 まずい、このままでは陽菜の腕輪が赤く光り出してしまう。

 不安を抱いているのは俺だけではなく、莉子たちも心配そうに陽菜を見つめている。

 しかし、その真実は頼りなさそうな男性の口から語られた。


「え、あれ、大丈夫ですか? くすぐったいですか?」


 頼りなさそうな男性は慌てた様子を見せながら呟く。


 陽菜は首を横に振りながら答える。


「ううん、そうじゃないです。だいじょうぶだからそのままで」

「そうですか?」


 頼りなさそうな男性の手の動きが心なしかわずかに鈍化した気がした。

 彼の発言を聞く限りでは、陽菜のことを笑わすつもりはないようだ。

 では陽菜はいったいどうしたというのだろうか。

 意味もなく笑いそうになっている演技をするわけがない。

 とすれば、陽菜の変化は相手のくすぐりを弱めるための作戦ではないだろうか。

 俺は思わず感心してしまった。




 それから数秒ほど陽菜と頼りなさそうな男性はくすぐり合い、そして腕を引っ込めていく。

 無事にくすぐり合いを終えた。


 陽菜は安心したのか大きなため息をつき、俺たちの方に向かってくる。


「はぁー、なんとか耐え抜いたー」


 俺は硬い笑みを作りながら言う。


「陽菜さんお疲れさまです。陽菜さんも無事に切り抜けられて安心しました。嬉しいです」

「えー、どうして大翔さんが嬉しがるの?」


 莉子は優しい笑みを作りながら声をかけた。


「お疲れ様です。陽菜さんが声を出した時はもうどうなるのかヒヤヒヤしてしまいましたよ。大丈夫でしたか?」


 陽菜は右下の床から左下の床に視線を移しながら答える。


「うん、だいじょうぶだよ。ちょっと声が出ちゃっただけだから、気にしないで」

「あっ、もしかして――」


 奏太は不安な表情で言葉を漏らす。


「声が少し出るほどくすぐられたんですか?」


 陽菜は苦笑しながら右上の天上を眺める。


「そんな感じ。でもなんとか耐えれてよかったー」


 ニコルは尻尾を上げながら小さなため息を吐きだす。

 どうやら彼女も陽菜のくすぐりの行く末を心配していたようだ。


 葵は覆面の無表情だけど、体からわずかに優しさを感じる気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る