23話 くすぐり合い その2

 互いのくすぐりが終わると、俺と莉子は腕を引っ込めていく。

 くすぐり合いが終わったので、もう相手に触れる必要はない。

 別にそういう決まりがあるわけでは無いけど、くすぐり合い以外で相手の体に触れるのはなんだか落ち着かない。

 きっと莉子も同じことを思っているはずだ。


 俺は安堵しながら莉子に声をかけていった。


「ふぅ、無事に終わりましたね」

「はい。あの、私のくすぐりはどうでしたか? 大丈夫でしたか? くすぐったくなかったですか?」

「いえいえ、莉子さんの気遣いをしっかりと感じ取れましたよ。まったくくすぐったくなかったです」

「本当ですか? 良かった」


 莉子は胸に手を当てながら大きくため息をつく。


 俺は心配そうに質問した。


「俺のくすぐりの方はどうでしたか? 莉子さんつらくなかったでしたか?」


 莉子は首を横に振りながら答える。


「私も全然苦じゃなかったですよ。これも大翔さんの手加減のおかげですよね。ありがとうございます」


 莉子は小さくお辞儀をした。

 俺はただ一緒に暮らす共住者を失いたくなかっただけだ。

 それなのに感謝をされると、どこか申し訳ない気持ちが湧きあがるけど、嬉しさも少しあった。


 俺は硬い笑みを作りながら莉子に言う。


「俺のくすぐりが莉子さんに無害で良かった。さ、みんなのところに戻りましょう」

「はい」


 莉子は大きく頷く。


 俺と莉子は近くに居た陽菜たちの元に寄っていった。




 


 陽菜は心配そうに俺たちに駆け寄ってきた。


「お疲れさま。二人ともだいじょうぶだった?」


 莉子は頷いて返事をする。


「はい。大翔さんの気遣いもあって問題なく終わりました」


 俺は淡々と言葉を並べた。


「俺も莉子さんの思いやりのおかげで笑いとは無縁のくすぐり合いが出来ましたよ。本当に莉子さんと当たってよかった」


 芽依は不敵な笑みを浮かべながら呟く。


「はっ、よかったじゃない。わたしも二人みたいな優しそうな人と当たりたいね」


 奏太は冷静に言葉を漏らす。


「最初はどうなるのかとヒヤヒヤしていましたけど、二人の様子を見ていたらなんだか僕もがんばれそうな気がしました。これなら僕も笑うことなく突破できそうです」


 俺は肩をすくめながら肯定する。


「はい。奏太さんたちもきっと無事にこのくすぐり合いを済ませられますよ。確かに最初は刺激が強そうだと思いましたけど、この緊張感も手伝ってか案外平気でしたよ。自信を持ってください」


 ニコルは俺の言葉を聞くと、無言のまま小さなため息をついて安心した様子を見せた。

 また、尻尾をゆっくり左右に揺らしている。


 葵は俺たちの会話を近くで静かに聞き続けていた。

 特に安心するわけでもなく、ただその場に立ち続けている。


 すると、代表社員が大きな声を館内に響かせていった。


「次、27番(陽菜)と43番!」


 陽菜たちは自分の腕輪を見て番号を確認していく。

 番号で呼ばれる機会はこの体育館で何かするとき以外は無いので、やはりなかなか覚えられないようだ。

 俺だけが記憶力が悪いわけじゃないと分かると、みんなには悪いけど自然と安心感を覚える。

 ちなみに俺と莉子は既にくすぐり合いを終えているので確認する必要はない。


 陽菜は苦笑しながら呟く。


「あちゃー、次あたしの番みたい」


 莉子は心配そうな顔をしながら陽菜に近づいていった。


「大丈夫ですよ。陽菜さんもきっと無事に乗り越えられます」

「だといいんだけどねー」

「えっと、陽菜さんはくすぐりは強い方ですか? 敏感でしょうか?」

「うーん、どうだろう? くすぐられる機会なんてそうそうないし、しかも久しぶりだからどう感じるかは分からない。すっごく不安だ」


 陽菜は力が抜けた笑みを浮かべる。


 奏太が力強く訴えた。


「陽菜さん、自信をもって!」


 ニコルは無表情だけど、どこか心配そうな空気を纏いながら陽菜を見つめている。


 葵も何を考えているのか全く分からない表情で陽菜を眺めていた。

 きっと心では心配していると思いたい。


 陽菜は周囲を見渡して自分のくすぐり合う相手を探す。

 流石に少し喋りすぎたのか、一人の頼りなさそうな男性が陽菜の腕輪をじっと見つめていた。

 意味もなく腕輪を見つめ続けるはずもないので、彼が陽菜とくすぐり合いをする相手だろう。

 陽菜もそのことを感覚的に理解しているようで、頼りなさそうな男性と目を合わせたらすぐに近くの空いているテーブルを探し、共に向かっていった。

 俺たちも陽菜のくすぐり合いの様子が気になるので、二人の後をついて行く。

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