19話 恐怖のアナウンス

 翌朝。


 今度はニコルが俺たちに朝食を振舞ってくれることになった。

 気分が落ち込んでなかなか起きてこなかったみんなに代わって、一番早く起きたらしいニコルが料理をしていたようだ。


 俺たちは食卓を囲んで、ニコルが作ってくれた“料理”を見つめていく。

 ニコルが俺たちのために作ってくれたのは嬉しいけど、目の前にあるのは料理とはあまり呼びたくないものだった。

 口にすることは出来るし、味もきっと安定した美味しさを保っているだろう。

 しかしそれは、作った人、あるいは作った機械が提供している味であって、ニコルが提供する味ではない。

 見た目も匂いも間違いなく美味しそうで、出来立てほやほやだけど、なんとなく冷めた料理に見えてしまう。

 俺たちは細かいことは気にせず、ニコルが作ってくれた冷凍食品、インスタント食品を口にしていく。

 想像していた味が口の中に広がっていき、莉子たちも同じ感想を抱いたのか、明るい表情を見せていなかった。

 もちろんニコルの料理についてだけじゃなく、俺たちに起こった出来事が尾を引いているのは間違いない。






 食事を終えてから数分後。


 俺たちは各々自由にシェアハウス内で過ごしていた。

 失ったものの影響は俺たちを逃さず、足を引っ張り続けてくる。

 シェアハウス内は重苦しい空気が充満していて、さらにゆっくりと過ごしたくなる気分にさせられていた。


 俺がリビングのソファーに背中を思い切り預けていると、スピーカーからアナウンスが流れてくる。


『――ピンポンパンポーン――みなさんこんにちは、いかがお過ごしでしょうか』


 放送から告げられる内容は、俺たちの快適な生活を脅かすもの、または俺たちが大事なものを失う可能性があることが待っていると学習しているので、自然と身体が身構えてしまう。

 全身の神経を研ぎ澄ませて、スピーカーから聞こえてくる音声に耳を傾ける。

 きっと莉子たちも同じように聞き逃さないよう集中しているはずだ。


『快適な生活を続けているでしょうか。それならいいのですが、しかし素敵な時間を過ごし続けていると、なにか色々な物を消費していませんでしょうか? 何かが足りなくて、快適とは言えなくなってはいませんでしょうか? このまま足りない生活を送り続ける事になるんじゃないかって不安を抱いていませんでしょうか? ご安心ください。みなさんの生活をしていくうえで必要な物を私たちサイレダイスが持ってまいりました。みなさんがこの黙島に来た港は覚えていますか? 覚えていなくても、ドローンによる案内でしっかりサポートしますのでご安心を。今回は別に港に来なくても笑ったとみなしたりはしません。しかし快適さを維持したい、元に戻したいと思うのでしたら、港にお越しください。カゴがついてる電動キックボードで来ると、帰りが楽になると思いますよ。また、何か来れない事情がありましたら、サイレダイスにご連絡ください。そちらもしっかりサポートします。それでは、お待ちしています』


 スピーカーから音声が途切れると、莉子たちが俺の元に集まってくる。

 二階で過ごしていた人も階段を急いで駆け下りてきた。


 莉子は慌てながら訴えかけてくる。


「大翔さん、今回もまたみんなで港に向かうんですか?」


 俺は頷きながら言う。


「えっと、サイレダイスに言われたからそうしようと思います」


 陽菜は怯えながら言葉を出す。


「あたしたち、また何かさせられるのかな?」

「分からないです。でも、そうだったとしても、俺たちに出来ることは笑わない事です。笑わないで、快適な生活を過ごしましょう」


 奏太は暗い表情をしながら呟く。


「もう誰も失いたくない」


 芽依は腰に手を添えながら仏頂面で言う。


「大翔さんの言う通りだよ。わたしたちは快適な生活を送るために“楽園”に来たんだから、黙って指示に従うしかないの。ぶっ殺すよ」


 ニコルは不安そうにその場でじっと立ち尽くしていた。


 葵も静かにただ俺たちの会話を聞き続けている。


 俺は素早く首を縦に振り、みんなに移動を促す。


「そうです。快適な生活の為に、何が待っていようと俺たちはサイレダイスに従うまでです。さあ、みんな港に移動しましょう」


 そして玄関まで移動し、車庫の扉を開けていく。

 莉子たちも後ろをついてきているのが大勢の足音で分かる。


 電動キックボードの前に移動し終えたら、俺たちは電動キックボードに乗り込んでいく。

 この先に起こる事がある程度予測で来ているので、みんなの表情は明るいとは言えず、重い雰囲気を纏っている。

 俺もみんなの先導をしているけれど、正直乗る気ではない。

 そもそも俺だって憂鬱な気分が体の中を支配している。

 快適な生活の維持のために、無理やり体を動かしているだけだ。


 俺たちはアクセルを押していき、電動キックボードを走らせていった。

 外にはドローンが宙に浮かんでいて、俺たちの姿を確認すると、ゆっくりとどこかに誘導するかのように浮遊していく。

 もちろんその先は俺たちが黙島に着た場所、港だ。


 俺は特に考えることもせず、ただ黙ってドローンの後ろをついて行く。

 莉子たちも何も言わずに俺の後ろを追従してきた。

 今日の天気は晴れていて、俺たちを太陽の光が包み込んでくれている。

 しかし、どんなに明るい光を照らされても俺の心に渦巻く闇は晴れない。

 きっと莉子たちの闇も陽光では消えていないだろう。

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