15話 にらめっこ開始 その2
それから数秒後。
莉子が変顔という舌だしを止めると、少し遅れて陽菜も顔から手を離していく。
二人の表情はいつも通りの美しく、可愛らしいものに戻って来た。
莉子は大きなため息をつきながら言葉を放つ。
「はぁ、陽菜さんどうしたんですか? まさかそんな、その攻撃力の高い顔をしてくるなんて思ってなかったので。つい笑ってしまいそうになりましたよ」
陽菜はむずかしい顔を作りながら言う。
「あれ、うそ、ほんとうに? ごめん。莉子さん本当にごめんね。あたし全然そういうつもりじゃなくって。ただ手軽に面白い顔を作ろうとしただけなんだけど。まさか莉子さんにはウケるとは思わなくて」
莉子はそう言っているけど、俺には手軽に変顔していたようには見えなかった。
むしろ手軽に相手を笑わせる顔をしていたという方が適切な気がする。
しかしそれを口に出していいのか、または言う必要性を感じられなかったため、頭によぎった思いをすぐに消し去った。
本人だってそんなつもりじゃないと言っているのだ。
俺の尖らせた口の顔だって、人によっては爆笑ものかもしれない。
莉子は苦笑しながら言葉を漏らす。
「だって、陽菜さん可愛いですから、そこまで自分を犠牲にしてまで変顔するなんて思わなくて」
「えー、可愛さだったら莉子さんの方が上じゃないですか? 大胆な変顔が出来ないから妥協して舌を出すだけにとどめていたんだろうけど、その姿がほんとうに可愛かったよ。だよね、蓮さん」
陽菜は近くに居た蓮に顔を向けながら質問する。
突然話を振られた蓮は一瞬慌てたけど、すぐに首肯して答えた。
「あ、うん、もちろん。莉子さんすっごく可愛かったよ!」
莉子は一瞬怯み、そして苦笑いで返事する。
「そうですか? ありがとうございます」
陽菜は不満そうに言う。
「えー、あたしはどうだったー?」
蓮は硬い笑みを作っていく。
「え、陽菜さんはどちらかというと、面白い顔だったかな」
「なにそれ、ひどくない?」
陽菜は肩をすくめながら呆れる。
芽依は腰に拳を当てながら言い放つ。
「とりあえず二人が笑わずに済んだんだからそれでいいでしょ、ぶっ殺すよ」
俺は芽依の意見に賛成した。
「うん、そうだね。二人ともお疲れ様」
こうして莉子と陽菜のにらめっこは終了する。
何はともあれ二人とも無事で本当によかった。
俺たちも含め、まだ“楽園”参加者たちで笑った人が居ないのにも安堵する。
次は奏太が代表社員に呼ばれたので、テーブルに向かっていく。
奏太のにらめっこは特に問題なく、消化試合な感じだった。
興行的な催しだったら非常に冷めた試合だけど、この場合はやはり安堵するほかない。
次は芽依が抽選で選ばれたので、彼女もテーブルに向かっていく。
芽依は確かに怖い存在だけど、だからといって同じ家に住む者の行く末に無関心なのは良くない。
俺たちは芽依の近くで見守っていく。
芽依は正面の参加者相手に軽く鼻を押し上げた変顔を向けていった。
非常にシンプルだけど、あまり見ることが出来ない芽依の顔に驚いてしまう。
やはり普段の顔との落差があると面白いと感じてしまった。
これは莉子たちも同じようで、視線を巡らせるとみんなも気を落ち着かせようとしているのかそわそわしている。
芽依のことを知らなければ手抜きの変顔に見えるだろう。
しかし俺たち共住者にとってはその変顔はとても刺激的に映っていた。
そして芽依のにらめっこの番が終わった。
芽依はつまらなそうにしながら俺たちに近づいてくる。
「は、もしかしたらって警戒してたけど、たいしたことなかったね」
俺は硬い笑みを浮かべながら芽依をねぎらう。
「お疲れ様」
次はニコルが代表社員に呼ばれた。
ニコルは言葉を発さずに静かに対戦相手とテーブルに向かっていく。
ニコルが余りにも口数が少ないためか、対戦相手が困った様子を見せている。
そしてにらめっこ開始。
ニコル達も一緒に掛け声を言うことに決まったらしく、対戦者の発声に少し遅れてニコルも発声していく。
それから掛け声を言い終わると、ニコルは下顎を引いて、上前歯を出すようにして顔を変化させる。
彼女の顔を見た人はこう思ったことだろう。
猫じゃなくて、ネズミになっていると。
猫の姿を少し模しているのに、自分が狙う獲物の姿に寄せていく。
その容姿と顔、行動に表情の面白さを通り越してニコルの面白さが押し寄せてくる。
しかしそれで笑えばどうなるかは彼女のことを見ていたものは理解しているし、緊張感のある雰囲気が手伝ってくれて誰一人犠牲者を出すことは無かった。
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