14話 にらめっこ開始 その1
テーブルの近くまで移動し終えたら、お互いが向かい合う位置に立ち、相手の顔を見つめていく。
にらめっこのルールは簡単で、『にらめっこしましょ、わらうとまけよ、あっぷっぷ』という掛け声を言って、最後の言葉を発したと同時に自分の顔を変な顔、つまり笑う可能性のある面白い顔に変化させる。
そしてその顔を見て笑ったら負けだ。
しかし今回のにらめっこは、勝敗が無いのでとりあえず形式的に変顔をすればいい。
もちろん、ここで笑ってしまえば俺の“楽園”生活は終わりだ。
俺は対面に立っている地味な男性にうかがう。
「あの、掛け声はどうしましょうか?」
地味な男性は一瞬怯み、少しおどおどした様子で喋り始める。
「えっと、その、一緒に言いますか」
「そうですね、分かりました」
俺は一瞬近くに居るサイレダイス社員に視線を巡らせた後、すぐに正面の地味な男性に頷く。
俺たちの近くには、莉子たちが心配そうににらめっこの行く末を見守ってくれている。
莉子たちにもにらめっこをする番が巡ってくるというのに、わざわざ俺のところまで来てくれていた。
嬉しさが体の中に湧きあがってくるけど、今は目の前のにらめっこに集中しなくてはいけない。
浮かれた気持ちのまま挑んでしまっては、ほんとうに笑う可能性が高まってしまう。
そして一瞬の間が出来た後、お互い何もしゃべってもいないのに、ほぼ同時に口を開いていった。
「にらめっこしましょ」
「にらめっこしましょ」
「わらうとまけよ、あっぷっ」
「わらうとまけよ、あっぷっ」
「ぷ」
「ぷ」
お互いが掛け声の最後の単語を言い終えた瞬間、顔を変形させていく。
俺の顔は少し口の先を
本当に少しだけ顔を変えただけで、これで笑う人は居ないと思いたい。
そして俺の正面に居る地味な男性は、口を半開きにして呆けた表情をしてきた。
相手からは俺のことを笑わせようという意識は感じられない。
しかしその表情はあまりにも間抜けで面白かった。
全力で笑わせようとしていないからこそ、その脱力感が面白味を増している。
つまり俺は笑いそうになったのだ。
ここで笑ったら終わってしまう。
周囲で見守ってる莉子たちを置いて俺はこの島から去る、あるいはこの世からなのかもしれない。
それは避けなければ。
頭の中で広まっていく、面白いという感覚と笑って解放されたいという思いを何とか消し去るために、来島当初で目撃した笑った参加者がサイレダイス社員に連行されていく光景を思い出していく。
すると俺の体が恐怖を思い出してくれたのか、ほんのわずかに面白いという感覚が薄れていった。
これで終わりでいいのか分からないので、俺は近くのサイレダイス社員の顔を見る。
もっと続けろという雰囲気を感じることが出来なかったので、俺はすぐに顔を元通りにしていった。
正確には尖らせた口を引っ込めただけだけど。
もし万が一もっと続けなければいけないとなれば、そこにいるサイレダイス社員が何か言ってくるだろう。
もしそうなったら従えばいいだけだし、仮にもう一度やれと言われたらやればいい。
そして目の前の地味な男性も呆けた顔から真面目な男性の顔に戻っていく。
俺は、あるいは目の前の男性も含めて俺たちは、にらめっこを無事に終えた。
近くで見守っていた莉子たちに顔を向けると、少し安心した様子を見せている。
俺も莉子たちに釣られて安堵のため息を吐いていった。
にらめっこが終わった俺は、莉子たちの元に近づいていった。
その最中に、代表社員が大きな声で発表していく。
「次、35番(莉子)と27番(陽菜)!」
莉子たちは全員、代表社員の発表と同時にもう一度自分の腕輪の番号を確かめるために視線を落としていった。
ほとんどの共住者は何事もなかったように、あるいは引き続き緊張感のある表情に戻していくけど、二人だけは例外だった。
莉子は自分の腕輪を見つめながら不安をこぼしていく。
「あ、私だ。私の番だ」
一方、陽菜も表情が無くなった顔で腕輪を眺める。
「うあ、あたしも呼ばれた。というか、莉子さんとにらめっこするんだね」
「あ、そうですね。はぁ、よかった。相手が陽菜さんなら安心できますよ。万が一本気で笑わせようとする相手とにらめっこすることになったら私耐えられるか分かりません。けど陽菜さんたちなら安心してできます。もちろん陽菜さんも安心してくださいね」
莉子は気が緩んだ顔で陽菜を見つめた。
陽菜は一瞬言葉を詰まらせた後、左下の床を見つめながら頷く。
「うーん、そうだね」
蓮は心配そうに二人の会話に割って入った。
「莉子さん、陽菜さん、がんばってくださいね!」
「え、なにを?」
「それはもちろん、相手を笑わせない変な顔することですよ」
莉子は少し照れくさそうにしながら呟く。
「私の変顔なんて笑えるものじゃないですし、頑張ることないですよ。落ち着いて、気楽にやりましょう」
陽菜は硬い表情で頷いてから言う。
「うん。それじゃあ、あたしたちもテーブルに移動しよっか」
「はい」
俺は二人に穏やかな顔を向けながら声をかけた。
「サイレダイスも特に何も言ってこなかったから、本当に流れ作業のようにやっていいからね」
莉子と陽菜は先ほどまで俺が、俺と地味な男性で使っていたテーブルに移動していく。
予定が空いた俺はもちろんの事、まだ呼ばれていない蓮たちも一緒に莉子たちの後ろをついて行った。
莉子と陽菜がテーブルに向かい合って立ち、互いの顔を見つめていく。
莉子は落ち着いた表情を作っていた。
「陽菜さん、準備は良いでしょうか?」
陽菜はちょっとだけ間を開けてから小さく頷く。
「だいじょうぶ、いつでもいけるよ。それじゃあ、掛け声はどうしようか?」
「それでは、「せーの」で一緒に言い始めましょう」
「りょうかい」
「せーの」
「せーの」
「にらめっこしましょ」
「にらめっこしましょ」
「わらうとまけよ、あっぷっ」
「わらうとまけよ、あっぷっ」
「ぷ」
「ぷ」
莉子は掛け声の最後の言葉を言い終えるのと同時に、舌をペロッと出していく。
彼女からは相手を笑わせようという気は感じられない。
むしろ真面目で大人しそうな莉子が舌を出している落差に可愛さを感じる。
ただ、表情は決して面白いものでは無いけど莉子が頑張ってにらめっこの形式を保とうとしている姿は面白いので、気をつけたいところだ。
しかし爆笑してしまうほどではないので、この緊張感ある時間の中で笑う人は居ないだろう。
一方、陽菜の方は両手を顔の横からつまんでいき、目じり下げて、口の端を強制的にあげていく。
その顔は明らかに面白い顔だった。
もっというと、そこには相手を笑わせようとする意志が入っているかのようだ。
普段は可愛い部類に入る顔をしているのに、いま目の前にある陽菜の顔は、崩壊していた。
それは年寄りの顔のような、溶けてしまった表情。
見続けていると笑ってしまう可能性がある。
その危険性を察知したのか、俺たちは全員、莉子のお茶目な舌だし変顔、あるいは適当になにも無いところを見つめていく。
しかし陽菜の顔をずっと見ている莉子はとても辛い状況である。
何となくだけど莉子が出している舌を歯で噛んでいるような気がした。
確かめるすべがないので判断はできないけど、もしそうだとしたら、莉子は己自信と、または目の前の陽菜と戦っている。
そもそもなんで陽菜はにらめっこで攻めているのだろうか。
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