13話 にらめっこ

 電動キックボードを停め終えてから数十秒。


 俺たちは体育館内に足を踏み入れた。

 館内には先に他の参加者たちの姿がある。

 先ほど体育館脇にいくつか俺たち以外の電動キックボードが停めてあったので当然だけど、乗ってきた人たちがそこに居るのだろう。

 もちろん自分の足でここまで来た参加者もいるはずだ。


 俺たちも含めて館内に居る参加者全員は不安な顔を見せていて、空気が重苦しい。

 その影響もあってか、その場にいる参加者たちは口をあまり開かなくなっていた。

 最初に体育館に来た日の参加者よりまだ人数が少ないので、全員が集まるまでその場で待機する。

 まさかとは思うけどサイレダイスの招集を無視する者は居ないだろう。

 それとも、体育館で参加者が散った後に、多くのものが笑ってしまったのだろうか。

 もしそうだとしたらいったい何に対して笑ったのだろう。


 館内で静かに思案していると、次々と参加者たちが集まってきて、いつの間にか体育館の中には来島当初とほぼ変わらない人数が揃っていた。

 俺の、参加者が笑って連れ去られたという予想は幸いにも外れる。

 みんなが快適な生活を送れていて一安心だ。


 館内に集まってきたのは参加者だけでなく、黒いスーツを着たサイレダイス社員も来ていた。

 そして、この島に来た時に俺たちに説明してくれた、代表社員が再び俺たちの目の前に現れる。


 代表社員は体育館内の壁の中央に移動すると、俺たち参加者の方を向いて喋り出した。


「どうも、“楽園”の参加者のみなさん、数日ぶりですね。電動キックボードでここまで来られた方が多くいるようですが、いかがでしたか? 移動が快適で気持ちよかったでしょう? 電動キックボードもそうですが、その他いろいろな物は全て皆さんのものです。今後も自由に使ってもらって構いませんので、どうぞ素敵な時間をお過ごしください」


 そして陰のある優しい笑みを俺たちに向くてくる。


「さて、本日はみなさんと再会してお喋りをするために集まってもらったわけではありません。それは皆さんも分かっていると思います。では今日はなにをするために集められたのか。ええ、みなさんの考えていることはわかりますよ。今回は、ここに集まったみなさんで、参加者同士で“にらめっこ”をしてもらいます」


 にらめっこという幼稚な単語を聞いて、俺たちは萎えた気持ちを顔に滲ませていく。

 なぜ快適な生活を送っているのに、そんな子供がするような遊びをしなければいけないのか。

 そんな遊びをするためにわざわざ体育館に呼び集められたと思うと、自然と顔が苦笑していく。

 そんなことを思っているのはここに集まったみんなも同じようで、にらめっこに意欲的な人はほとんどいない。


 蓮は小声でささやく。


「なんでにらめっこなんだ?」


 陽菜も周りに迷惑かけないように声を小さくする。


「参加者同士で仲を深めさせるためとか?」


 芽依は珍しく怯えた様子で呟く。


「違う、そうじゃない」


 俺も芽依と同じく恐怖が体の中に湧きあがっていた。


 代表社員が両手を広げながら語気を強める。


「誰と誰がにらめっこするかは、こちらの抽選装置を使って決めます。みなさんが着けている腕輪の番号と同じですので、該当する人はあちらの席でそれぞれ向かい合ってください」


 代表社員が体育館の隅に指をさすと、いつの間にか小さなテーブルが置かれていた。

 周囲を見渡していくと、4つのテーブルが体育館の角近くにそれぞれ設置されている。

 テーブルの近くには監視や見張り、あるいはにらめっこの判定係でもするかのようにサイレダイス社員が立っていた。


 代表社員は説明を続けていく。


「テーブルは合計4つ。抽選に当たった人は相手方と一緒に空いている場所に向かい合ってください。そしたら、合図を出してからするもよし、近くの社員に出してもらうもよし、いきなり始めるのもよしです。勝敗の基準はありません。なので変な顔をしていただければ終了です。そして忘れてはいないと思いますが、笑ったら駄目ですからね?」


 莉子は不安そうにつぶやいた。


「私どうしよう。こんなところで終わりたくない」


 蓮は莉子になぐさめるように寄り添う。


「大丈夫だよ。相手を笑わせる理由なんてないんだから、適当にすればいいし、相手もきっと適当にしてくるはずさ」


 陽菜は硬い表情で会話に混ざっていく。


「そうだよね。こんな時に本気で笑わす人なんていないよ」


 代表社員はニタニタと笑いながら俺たち参加者に言葉を投げかける。


「それではこれから、こちらの抽選装置を使って今からにらめっこをしてもらうみなさんを選んでいきます。こちらの装置の画面に数字が二つ表示されるので、該当者は組になってお好きなテーブルに向かってください。なお、不参加の場合は笑ったとみなしますので、ご了承ください」


 そういうと、別のサイレダイス社員がタイヤのついた長方形のテーブルを押しながら代表社員の近くに運んでいく。

 テーブルの上には四角い装置が乗せてあり、参加者側の側面に縦長画面が備え付けられている。

 きっとそこに俺たちの番号が表示されるはずだ。

 そして代表社員が装置に歩み寄っていき、装置に備わっているボタンを押していくと、すぐに画面に数字が表示されていく。


 代表社員は体育館全体に響き渡る音声で声を出していった。


「はい、決まりました。まず最初は、3番と47番! 該当してる方はテーブルにどうぞ」


 俺の覚えている限りは、今回の該当番号は莉子たちの番号は無い。

 それを証明するかのように、あまり知らない参加者が二人そろって周囲を見渡している。

 そして勘でキョロキョロしている者同士が認識しあうと対戦相手と判断したのか、一番近いテーブルに一緒に向かっていった。

 一体どういったにらめっこが行われるのだろうか。

 みんなも同じ思いを抱いているのか、その場にいた参加者は呼ばれた二人が向かうテーブルを見つめていく。

 その最初に呼ばれた二人の行く末を見て様子を見ようとしていると、代表社員が大きく叫んだ。


「次、39番(大翔)と49番!」


 俺は一旦テーブル上の抽選装置に視線を向け、番号を確認する。

 代表社員の言葉を疑うつもりはないけど、一応念のため。

 それから自分の腕輪に視線を落とす。

 39番は俺の番号だった。

 つまり、二組目のにらめっこ開始者だ。

 もちろん相手の都合で多少ズレるとは思うけど。

 俺もこれからにらめっこする相手を探すために、参加者の腕輪を凝視して番号を確認していく。

 その途中、俺の近くから声をかけられる。

 莉子の声だった。


「大翔さん、大丈夫?」

「え、大丈夫って、なんのこと?」

「その、笑ったりしないかなって」

「それは実際にやってみないと分からないよ。とりあえず笑わないように我慢するし、相手を笑わせないようにするよ」


 蓮は心配そうに俺を見つめてくる。


「大翔さんは真面目だから、きっと笑うなんてことは無いよな?」

「まるで俺が冷たい人間みたいじゃないですか。笑うつもりはないですけど、俺だって笑いますよ」


 奏太も不安そうに俺のことを見つめてきた。


「冗談だとしてもそんなこと言わないでください。僕はこの先も大翔さんと一緒に黙島で過ごしていきたいと思っています。だからこんなところで居なくなるようなことは避けて欲しいです。どうか、にらめっこをしてる間だけでも冷徹人間でいてください。僕だけじゃなく、他のみんなのためにも」

「奏太さん、むずかしいこと言わないでよ」


 陽菜も硬い表情で俺を気にかけてくる。


「大翔さん、頭の中をからっぽにして。お願い」

「なんとかやってみるよ」


 芽依はいつもの不機嫌そうな顔だけど、どこか優しさがある気がしないでもない態度で言う。


「大翔さん、笑ったらぶっ殺すよ」

「今の芽衣さんの言葉でしばらくは笑うことは無いと思います」

「それはどういう意味?」


 俺はみんなに心配して貰えて心なしか嬉しくなっていたけど、芽依の言葉によって気分が落ち込んでしまった。

 その下がってしまった気持ちを慰めるかのように、ニコルが心配そうに尻尾を下げながらこちらを見つめてくる。

 しかし相変わらず言葉は発しない。


 葵はこんな時でもいつもと同じように無愛想に俺を見つめてくる。

 といっても覆面マスクを着けていたらどんな顔をしているかなんてわからない。

 けどなんとなく他のみんなと同じ気持ちを抱いているような気がした。

 実際はどうなのかは分からない。

 それはただの俺の願望に過ぎないかもしれない。


 そして俺は再び周囲を見渡していく。

 その間にも代表社員が次の抽選番号を発表していくので、キョロキョロしている参加者が増えていた。

 しかし、幸運にも比較的近くに相手が寄ってきてくれたのか、49番と書かれた腕輪をした参加者を見つける。

 失礼なのは承知だけど、地味な印象を受ける男性だった。

 といってもそれは俺も同じで、地味なのはお互い様だ。

 年齢も俺と大して変わらないだろう。

 それから俺たちは特に言葉を交わすことなく、近くに空いているテーブルに向かって歩いていった。

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