11話 初めての招集

 朝食を済ませてから数十分後。


 俺たちがそれぞれ自由行動をしていると、スピーカーから音声が流れてきた。


『――ピンポンパンポーン――みなさん、こんにちは。これはサイレダイスによるアナウンスです。黙島に住んでいる皆さんにお知らせです。皆さん、快適な生活は送れているでしょうか? 満喫していますか? 辛い日々から解放されていますか? 私たちはきっと素敵な日々を過ごされていると信じています。そしてそんな快適な時間を過ごしている皆さんにお伝えしたいことがあります』


 突然、家中にサイレダイスによるアナウンスが響き渡っていく。

 家の中にもスピーカーが何個か設置されていたので疑問に思っていた。

 しかしそれが解決される。

 サイレダイスが俺たちに連絡するためのものだった。

 無いとは言い切れないけれど、火災などが起きたときに警報で知らせてくれるものでは無い。

 それも家の外からも聞こえるので、きっと監視カメラと一緒に設置されているのだろう。


『黙島に来た最初の日、皆さんに集まってもらった体育館は覚えていますか? 今からその体育館で皆さんに集まってもらいます。なお、既にドローンがみなさんの住んでいる家に向かっていますので、ドローンの案内に従えば迷わず体育館に着きます。なお、行けない理由が無いのであれば来ない人は、申し訳ありませんが、これから黙島で快適な生活を送る人のために体を張っていただきます』


 つまり“楽園”を満喫する資格をはく奪されて、黙島に居られなくなるって事だろうか。 


『また、体育館への移動、体育館から皆さんの居住地までの移動は、車庫にある電動キックボードを使用するのをオススメします。歩いてきてもらっても大丈夫ですが、余裕を持って移動したいなら強く推奨します。それでは、今から1時間後に体育館までお越しください――ピンポンパンポーン――』


 スピーカーからサイレダイスのアナウンスが途切れると、家の中がしばらく静寂に包まれる。

 俺もそうだけど、莉子たちもどうすればいいのか分からなくてその場で止まっている。

 しかしそれは外から見た感想であって、実際は莉子たちも頭の中で何かを考えているだろう。


 そしてその沈黙を破ったのは、蓮だった。

 蓮は心配そうに俺たちに言葉をかける。


「今のって、いったい何だったんだ?」


 俺は冷静に答えた。


「それは、サイレダイスの放送としか」


 陽菜は不安そうな表情で言う。


「それはわかったけど、あたしたちこれから体育館に移動しなきゃいけないの?」

「さっきのアナウンスを聞いた限りはそうらしいですね。しかも1時間の制限時間つきだから、早めに移動した方がいいと思います」


 芽依は不機嫌そうに尋ねる。


「だったら今すぐ移動するしかないでしょ。間に合わなくなったらどうすんだよ。ぶっ殺すよ」

「そうですね。みんな、電動キックボードで移動しようと思うんだけど、大丈夫かな?」


 俺は莉子たちに聞く。

 莉子たちは頷き、俺の意見に賛同した。

 仮に反対する人が居たとして、なぜ乗りたがらないのか気になる。

 そして俺たちは車庫へ足を踏み入れる。


 車庫には最初に見た光景と同じく、白色の電動キックボードが横にきれいに並べられていた。

 そして俺は一番奥、壁際に停車している電動キックボードに寄っていく。


「ちゃんと全員分、いや全員が使用できるだけの数があるから、好きなのに乗っていこうか」


 電動キックボードには親切に前カゴが取り付けられていた。

 市販されているものは基本的にカゴは装着されていないのだけど、追加パーツとして付けることは出来る。

 俺たちがこれから使用するのは移動するための乗り物だけでなく、鞄一個分ほどの荷物を運搬することも可能だ。

 目の前にある電動キックボードは快適な生活が送れるよう改造されている。

 また、鍵が掛けられていなく、いつでもだれでも使える状態だった。

 前までいた本国ではこんな状態で路上に停めていたら間違いなく盗まれてしまう恐れがある。

 しかしおそらく黙島に住んでいる全員分の電動キックボードが用意されているとすれば、わざわざ盗む必要が無い。

 しかも随所に俺たち参加者を監視してるカメラ、それに位置情報を伝えているであろう腕輪によって管理されている状態で問題を起こそうと思う方がどうかしている。

 そんなことをして快適な生活を手放すやからがこの島に来ているとは考えたくない。

 もちろん、可能性はゼロではないけれど、きっと居ないはずだ。


 莉子は不安そうな顔で電動キックボードのハンドルに触れていく。


「私、これ乗ったことないです。初めて乗ります。上手く操縦できるかな」


 陽菜も少し暗い表情をしながら電動キックボードのデッキ――細長い足を乗せる場所――に足を乗せる。


「あたしも初めてだよー。向かってる途中で転倒しないかな」


 蓮は体を電動キックボードに乗せたら、ハンドルを握っていく。


「オレだって初めてだけど、どこかに操縦の説明とか書いてないの?」


 奏太は電動キックボードのデッキに片足を乗せながら周囲を見渡していった。


「壁に一応書いてありますね」


 芽依は興味津々そうに電動キックボードを動かそうとする。


「壁に書いてる説明もいいけど、ここは大翔さんからも聞いた方がいい気がするな。ね、教えてくれるよね? てか教えないとぶっ殺すよ」


 ニコルは尻尾をくねらせながらハンドルを握っていく。

 顔は無表情のままだ。


 葵も静かに電動キックボードに体を乗せ、足の置き場所を整えている。


 俺は芽依に脅された――言われた通り、みんなに説明を開始する。

 一応奏太が言った通り壁に、絵と一緒に簡単な説明が書かれたボードがあるけど、俺も手助けした方がいいだろう。


「えっと、みんなが握ってるハンドルは説明必要ないと思うけど、左右のハンドルを前後させれば進む方向を変えられます。それで右ハンドルに備わってる手前側のボタン、親指で押せるのがアクセルで、奥に指で押していくと電動キックボードが進みだします」


 蓮は明るい声音で質問する。


「ハンドルの奥、外側についてるレバーはなに? ミサイル発射ボタン?」


 陽菜も明るい口調で会話をつなげた。


「ミサイル発射! 標的に命中! ドッカーン!」


 芽依は細めた目を向けながら会話を終わらせる。


「そんなわけないでしょ。そんな物騒なもんただの電動キックボードに積んでるわけないでしょ。ぶっ殺すよ」

「もう、冗談だってば―。芽依さん本気にしないでよー」

「はんっ」


 俺は会話に割り込み、説明を続けた。


「右側のレバーが前輪のブレーキ、左側がブレーキだけど、基本的に同時に押せばスピードが落ちて止まるって認識するだけで大丈夫かな」


 莉子は無表情のまま質問をぶつけてくる。


「左のハンドルにあるボタンは? 二つありますけど」

「えっと、細長い方のボタンがウインカーですけど、たぶんこの黙島に住んでいれば必要ないと思います。で、丸いボタンの方はクラクションで、押せば大きな音が出るので何かを知らせたいときは使うといいでしょう」


 蓮は口角を少し上げながら呟く。


「遭難した時にはこのボタンを使えば助けを求められるね」


 陽菜も嬉々としながら言う。


「あたしが鳴らしたらちゃんと助けに来てよね」


 俺は苦笑しながら説明を続ける。


「基本的に前方にいる走行車に向けて使うんだけど、そういう使い方もあるかもしれないですね」


 それから電動キックボードに備わっている少し幅が太めのタイヤを見つめながら少し喜びの声を漏らしていく。


「というか、これオフロードタイヤじゃないですか。黙島に道路なんてなかったから正直電動キックボードでまともに移動できるのか不安はあったんだけど、これなら荒れた道でも走れますよ。さすが“楽園”、快適な走行が出来ますよ」


 奏太は壁に立てかけられている細長い板を指差しながら言う。


「ボードの説明では、お好みでデッキをカスタマイズしてくださいって書いてあるけど、あれがそうなのかな」


 俺は奏太が指差した方角に目を向ける。

 確かに何かの板が立てかけられていた。

 それは俺も初めて目にするパーツだ。

 長さ30センチメートルほど、幅が20センチメートルほどの金属製の板。


「もしかして、これをデッキにはめ込めば」


 長い板に近づいていき手に取ったら、自分が乗る予定だった電動キックボードに戻っていく。

 そしてデッキの上に乗せていき、ズレないようにする器具で固定していった。

 すると、狭くて綱渡りするかのように足を交差させなければいけなかったデッキが、直立して乗れるように幅が広がる。

 なんて素敵な物を用意してくれたんだ。


「これはすごい! みんなも付けてみて、足場が楽になりますよ!」


 あまりにも便利な物に笑みがこぼれそうになる。

 すぐに顔を引き締め直し、頭の中を空にした。


 莉子たちも壁に掛けてあった板を電動キックボードり取り付けていき、広くなったデッキに足を乗せていく。


 莉子は明るい声音で言葉を漏らした。


「わぁ、さっきよりすっごい楽になりました」


 蓮はウキウキしながら言う。


「うゎ、安定するようになった! これいい!」


 陽菜も少し顔をゆるめながら呟く。


「うん、これいいねー。立ってるのが楽になる感じがする」


 芽依はふてくされた顔をしながらデッキの上で体の位置を調整する。


「体の負担が減ったね。良いじゃん」


 ニコルは無言のまま尻尾を上げながらデッキに足を乗せた。


 葵も静かに幅が広くなったデッキに身をゆだねる。


 俺は奏太に顔を向けながら述べた。


「奏太さん、ありがとう。奏太さんの一言でさらに快適になったよ」


 奏太は軽く頷きながら返事をする。


「いえ、書かれていた事を言っただけですよ」

「それじゃあ、この快適に仕上がった電動キックボードで体育館に向かいましょう。あ、足で蹴って助走をつけてから右ハンドル手前のボタンを押してくださいね」


 そう言って、俺はみんなに手本を見せるかのように先に電動キックボードに片足を乗せながら車庫の床を蹴っていく。

 二回ほど蹴って助走をつけてからアクセルボタンを押していくと、体が勝手に前方に運ばれていく。

 そう、これが電動キックボードの運転だ。

 懐かしい。

 黙島に来る前まで俺が普段から使っていた乗り物。

 まさかこの島でも、これからも乗ることが出来るとは。

 しかもオフロードタイヤなので土場どじょうでも走ることが出来る。

 つまり行けない場所が少なく、自由に島を移動できるのだ。

 といっても、現時点で体育館以外に向かう目的地が無い。


 そして俺に続いて、車庫の中から莉子たちの床を蹴っていく足音が響いてくる。

 莉子たちも全員無事に電動キックボードに乗ることに成功したようだ。

 一瞬周囲を見渡すと、共住者たち全員が俺の後を続いている。

 サイレダイスの招集で体育館に向かっているけど、みんなと一緒に黙島を走っている感覚に体の内に喜びを感じていた。


 そんな俺たちの前に飛行型ドローンがまるで先導するように飛行していく。

 先ほどのアナウンスであった通り、このドローンについて行けば体育館に着くだろう。


 蓮はドローンを指差しながら大声を出す。


「ドローンだ!」


 陽菜もみんなに聞こえるように叫んでいく。


「あのドローンについて行けばいいんだよね」


 莉子は頷きながら大きめの声を出していった。


「はい、あのドローンについて行けば大丈夫です。案内するって言ってましたから」


 芽依は冷めた表情をしながら運転し続ける。


「はっ、親切だねぇ。それじゃあ、わたしたちそのご厚意に甘えさせてもらい、楽させていただきましょうか」


 俺もみんなに負けない音声で声をかけていく。


「はい。迷子にならなそうでよかったです」


 俺たちは前方の宙を移動しているドローンを追いかけていった。

 ニコルと葵もどう思っているかは見てはわからないけど、心なしか楽しんでいる雰囲気を感じる。

 もちろんこれは何となくなので正確に何を思っているかは知らない。

 天候は少し曇り気味だけど、顔に当たる風が気持ちいい。

 これから何が起こるのだろうという不安が少しだけやわらいでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る