10話 食事
各々シェアハウスで自由に過ごして夜になった頃。
夕食は陽菜が作ってくれることになった。
リビングの食卓テーブルを共住者全員で囲んでいく。
黙島に来て初めての食事が、女性の手料理。
しかも出会ってから間もない見ず知らずの可愛らしい女性。
俺は不思議な出来事もあるもんだと思いながら、食卓に並べられた料理に目を向ける。
テーブルの上に置かれた料理は洋食で、おそらくルーだけはレトルトで作られたカレーライス、キャベツとキュウリ、トマトが入ったサラダ、オニオンスープらしき茶色がかった飲み物が用意されていた。
そして俺たちは一つの疑問を抱く。
それは出された料理についてではなく、葵のことでだ。
空気清浄機を口に装着している葵はどうやって料理を食べるのか、共住者の全員が気になっているようで、葵に視線を向けている。
すると、葵はなんの躊躇もなく口元から空気清浄機を取り外し、自分の口を俺たちに見せていく。
そして葵のあらわになった口は、とても綺麗な形をして、やはり性別を判別するには情報が足りなかった。
ただ、なんとなく綺麗な顔立ちをしてそうな雰囲気は感じる。
しかしそれは憶測にすぎないので、実際に覆面の下の素顔を確認するまでは分からない。
早く葵の顔を見れる日が来たらいいと願う。
そして、俺たちは期待を胸にして料理に手をつけていく。
「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」
特に誰かが提案したわけでもないけど、自然とみんなが一番最初に口にしたのは、カレーライスからだった。
陽菜が作ってくれたカレーライスは、やはり市販のルーが使われた安定した味だけど、食材選びから仕込みまでは彼女が手掛けたのだろうか、想像より上の美味しさを感じる。
俺の口の中に幸せが広がっていく。
それは俺以外も感じているようで、葵以外の同居人たちからも喜んでいる雰囲気を感じる。
数日後。
今回の朝食は芽依が作ってくれた。
食卓にはイチゴジャムと一緒に食パン、ほうれん草入り目玉焼き、ほうれん草の胡麻和え、コンソメスープが並べられている。
しかもイチゴジャムは市販のものでは無く、どうやら手作りらしく、実が大きく残った手作り感満載のものだった。
といっても、そういうジャムも無いとは言い切れないので、確認しないと分からない。
しかしそれを芽依本人に聞くのは気が引けるし、言ったら怒られそうな気がする。
俺たちは食卓に並べられた芽依の料理を囲んで座り、口にしていく。
だけどあの芽依が作った料理ということで、俺たちは安易に口の中に入れていいのか不安を抱いていた。
可能性は無いとは言えないけれど、芽依なら料理に毒を入れて俺たちに危害を加えてきそうな感じはある。
だから俺たちはなかなか食事を始めることが出来なかった。
もちろん作った張本人はすぐに食べ始めているけれど、もう一人口にしている人物がいる。
葵は警戒心を抱かずに芽依に続いて彼女の料理を口の中に運んでいたのだ。
その二人を除いた俺たちは、葵の食事風景を眺めていく。
そしてしばらく葵を観察し、異変が無いと確認する。
食事の安全性が分かると、安心した俺は食パンから口にすることにした。
もちろん葵以外の料理に毒が入れられている可能性は無くは無いけど、そんなことを考えたらもう今後も芽依が作った料理を食べられなくなってしまう。
そして口の中にイチゴと小麦の味が広がっていく。
とても美味しい。
特にイチゴジャムは見た目が粗い作りだったのに、控えめな甘さでフルーツ感が抑えられたみずみずしい物だった。
続いてこれも芽依が料理したであろうほうれん草入り目玉焼きを箸で挟んだら、口の中に放り込んでいく。
一口で食べきるのは困難なので、端をかじっていった。
卵の白身のたんぱく質の味と、ほうれん草の無機質な味が合わさった平凡な味が口の中を占めていくけど、美味しい。
そして俺たちはいつの間にか顔の表情を緩ませながら、あの芽依が作った料理を次々と口の中に移動させていった。
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