9話 我が家の散策

 扉を開けると、島に建てられた住宅とは思えないほど、新築の様な綺麗さを保っている玄関が姿を現す。

 まるで昨日までいた社会での生活を思い出してしまうかのような、人間らしい空間が目の前に広がっている。

 不覚にも懐かしさを感じてしまった。

 これから先、黙島で生活していくとなって、こういった住宅とは程遠いけど快適な生活を送るのかと思っていたので、意表を突かれてしまう。


「うわぁ、なんだか懐かしさを感じちゃった。まだ一日も経ってないけど、もうこういう光景は味わえないと覚悟していたから」


 莉子はたたき――靴を脱ぐ場所――から中の様子をうかがう。


「わぁ、素敵な家ですね。島なのに都会に住んでるかのような内装です」


 奏太もたたきに足を踏み入れながら奥の様子を見ていく。


「まさかこんな家に住めるなんて」


 蓮は興味津々に玄関から中の様子を眺める。


「え、ここがオレたちの家? こんな高そうな場所に無料で住めるんだよね?」


 陽菜は若干嬉しそうな様子で玄関から家の中をのぞく。


「すごい、あたしが住むにはもったいないくらいだよ」


 芽依は腕を組み、口角を少し上げながら家の中を見つめる。


「いいじゃん。凄く快適に過ごせそう。途中で追い出されたらサイレダイスぶっ殺すよ」


 ニコルは尻尾を上げながら無表情で莉子たちの後ろから家の様子を眺める。


 葵も沈黙を貫きながらニコルの横で家の中をじっと見つめていた。


 俺はたたきで靴を脱ぎ、廊下に足を乗せていく。


「階段もあるし、やっぱり二階建てのようだね」


 莉子たちも靴を脱いだら、次々と家の中に入っていった。

 俺たちは各自自由に家の中を散策していく。


 リビングはキッチンと隣接していて、リビングの中央には長方形のテーブルが一つ置かれている。

 もちろんテーブルは俺たち全員が囲んで座れるほどの広さはあった。

 大きな窓にはガラス戸があり、横にスライドさせて開ける種類。

 玄関以外でも出入りできる大きさだ。


 莉子はテーブルを見つめながら呟く。


「このくらいの広さがあれば、みんなで一緒に食事が出来ますね」


 蓮は莉子の近くに寄りながら頷いた。


「うんうん。みんなでワイワイ楽しく飯が食えるよ」


 陽菜も蓮の横に立ちながら言う。


「そうだねー、仲良くご飯が食べれるねー。よかったね蓮さん」

「え、おう」

 


 トイレは男性用と女性用の二カ所用意されている。

 どちらも共に水洗洋式トイレでウォシュレットはもちろん備わっていた。

 また、排泄時の音を他の者に聞こえなくさせるための効果音が流れる機能も備わっている。


 蓮は感心しながら呟く。


「二カ所あるから混みあうことが少なくなるね」


 陽菜は乾いた笑みを浮かべる。

 

「でも8人もいると二カ所だけでも間に合うか心配だねー」



 洗面所には洗面台と共に水道の蛇口が二つあった。

 蛇口の上の壁側には長方形の鏡が設置されていて、二人分の姿を映し出してくれる大きさ。


 莉子は鏡に映るもう一人の莉子に向かって話しかける。


「結構広いね。他の人と仲良くお手入れが出来そう」


 蓮は頷きながら言う。


「うんうん。一緒に男女の二人でも一緒に顔洗ったりできるね」


 陽菜も明るい声音で会話に割り込んでくる。


「ねー。蓮と喋りながら髪セットとかいけそうー」



 洗面所には左右に扉があり、片方は男性用、もう片方は女性用になっている。

 もちろん機能に差はほとんどないので、気分次第で自由に場所を反対に出来るし、そもそも性別関係なく二カ所使うこともできる。

 浴槽は三人入っても大丈夫なほどの広さをしていた。

 壁際にはシャワーと蛇口がセットになっていて、そのセットが二カ所並んで備わっている。

 窓は一つの壁が一面ガラス張りになっていて、黙島の緑豊かな景色を見ることが出来る仕組みだ。

 もちろん外から覗かれる心配はあるけど、それは窓に掛けられたブラインドシャッターが入浴者を守ってくれる。


 莉子は安心したようにため息をつく。


「ちゃんと男性と女性別々で入浴出来そうですね」


 陽菜は軽くニヤついた表情で蓮を見つめる。


「ちょっと、なんで蓮残念がってるの? もしかして女性と一緒に入りたかったの? しょうがないなぁ、あたしが一緒に入ってあげるから我慢しな?」


 蓮は首と腕を高速で左右に振っていく。


「いやいや、そんなこと考えてないから! 俺も莉子さんと同じように、男女別々で安心して入浴できそうで安心していたとこだって!」


 芽依は腕に拳を当てながら風呂場を覗き込む。


「へぇ、リラックスできそうな浴場じゃん。気に入った」


 ニコルはしっぽをくねらせながら浴場を静かに見つめる。



 キッチンにはIHクッキングヒーターが備わっていた。

 近くにはガスコンロが置いてあり、これは非常時用だったり同時に多くの料理をしなければいけない時に使えということだろうか。

 しかしIHクッキングヒーターも加熱場所が4つあるので、余程の事が無い限り事足りるだろう。


 莉子はIHクッキングヒーターをまじまじと見ながら呟く。


「料理の設備も完璧ですね」


 陽菜も台所を見つめながら言う。


「こんな舞台を用意されたら、あたしも本気出さざるを得ないね」



 玄関近くの通路脇に設置された扉を開くと、車庫があった。

 車庫といっても、そこには車のような、みんなを乗せる乗り物が置いてあるわけでは無い。

 代わりに電動キックボードが綺麗に横に並べられて置かれている。


 蓮は疑問を抱いた顔で車庫内を覗き込む。


「あれ、車庫なのに車置いてないじゃん」


 陽菜は不思議そうに電動キックボードを見つめる。


「ねーねー、あの自転車じゃなくて、キックボードみたいなのって何?」


 俺は周囲のみんなに丁寧に説明した。


「あれは電動キックボードって言って、簡単に言えばすごく便利な、電気で動く小さなバイク。別の言い方をすればシンプルになった電動自転車。俺も普段から使ってるよ。いや、ここに来る前まで使ってたから、使ってた、が正しいか。とにかく、すごく移動が便利だからみんなにも乗ってみて欲しいな」


 俺の少しだけ熱のこもった力説に反して、莉子たちの反応はあまりよくなかった。

 しかし実際に移動するときに乗ってみれば、みんなも電動キックボードの便利さに気付くだろう。

 一回快適さを経験すればとりこになるのは間違いない。

 まさに、快適な生活を送るのに最適な乗り物だ。



 階段を上がって二階に行くと、廊下の左右にそれぞれ5つずつ部屋の扉があった。

 合計で一人用の部屋が10室あり、俺たちが全員個室にしたところで問題ない数の部屋がある。

 階段近くの壁際にはトイレが備わっていて、ここも一階同様、男性用と女性用で二カ所あった。

 トイレで用を済ました人用に、小さな洗面台もある。

 残念ながら鏡は無い。


 莉子は左右に備わった部屋を交互に見ながら言葉を漏らす。


「ここ、全部個室なんでしょうか。だとしたらみんなの分の部屋があっていいですね」


 陽菜は少し口角を上げながら呟く。


「いいねー。気軽に他の人の部屋にも行けるし、快適な生活が送れそうだよ。あ、なに、蓮は女性の部屋に出入りしたいの?」


 蓮は不安そうに首を横に振りながら否定する。


「どうしてそうなるんだよ。興味はあったとしても、実際にしないから安心してくれ」


 芽依は冷めた目を蓮に向けながら不機嫌そうな態度をした。


「わたしの部屋に勝手に入ってきたらぶっ殺すよ」

「だから安心してくれ」



 キッチンの近くには俺が二人は中に入れそうな直方体の冷蔵庫が置かれていて、中を確認してみる。

 主に野菜類がぎっしり詰まっていた。

 代わりに冷蔵庫の脇の台には電子レンジやトースター、オーブンが置いてあり、米の袋も寂しく置かれている。

 他にもレトルトカレーといったインスタント食品やカップ麺、電子レンジで温めるご飯、また缶詰類の非常食もたくさん置かれていた。

 冷蔵庫近くの収納棚を開けると、賞味期限が長い缶詰類などが多く仕舞われている。

 これだけあったらまるで避難場所のようだ。


 莉子は少し驚いた様子で食料の山を見つめた。


「こんなに食べ物があっても、料理しきれないよ」


 陽菜は苦笑しながら呟く。


「だいじょうぶ。その時は蓮が全部食べてくれるから」


 蓮は慌てふためきながら首を横に振る。


「オレにだって胃袋の限界があるから」


 芽依は少し嬉々としながら言う。


「へぇ、こんなに食べ物があるなら飢えに苦しまないで済みそうだね」


 俺は冷静にみんなをなだめた。


「確かに最初はそう思ったけど、けど消費し続けていたらいつかは無くなる。快適な生活を本当に過ごさせてくれるかまだ分からないから、安全を確認できるまでは大量消費は避けましょう」


 サイレダイスが一か月だけの快適な生活はいかがでしたか、みたいな事を言ってこないとは限らない。

 ここは慎重に行くべきだ。

 出来ればサイレダイスを信じたいけど、万が一のことを考えたら後先考えない行動は避けた方がいい。

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