8話 新しい住居

 体育館から出発してから数分後。

 

 俺たち7人は黙島の中をのんびりと散策していた。

 太陽がまだ赤く染まってないので、時刻はまだ昼。

 明るい日差しが俺たちのこれからの快適な生活を祝ってくれている。


 太陽の明かりが照らしている島に建てられた家々を眺めるために、俺たちは周囲に視線を巡らせていく。


「みんな、気に入った家を見つけたら言ってくださいね。遠慮しないで、住みたい家の候補を教えてください。我慢したり妥協したらそれこそ“楽園”に来た意味が薄まりますからね」


 莉子は頷いて俺の返事に答える。


「はい、分かりました」


 蓮は周囲を確認しながら言う。


「了解」


 陽菜もキョロキョロと辺りを見渡しながら歩き続ける。


「はぁい」


 俺もみんなに負けないように周囲に建てられている家を一軒一軒眺めていく。

 すると、俺たちの背後から少し離れた場所に、奇妙な人物が歩いている。

 いや歩いているというよりも、俺たちの後を付いてきているような気がした。

 俺たち以外の参加者が俺たちの後ろを歩いているのは別に問題ない。

 ただ今後ろを歩いている人物には強い危険な香りがする。

 その人物は顔を覆面で隠していて、どう見ても危険人物にしか見えない。

 あまりにも目立つ容姿で、船に乗船から体育館で説明を受ける間に気付けなかった自分が情けなくなる。

 といっても常識外れなことが起きっぱなしで周囲に気を配る余裕が無かったので、覆面参加者の存在を見逃していたって仕方ない。

 俺以外も覆面参加者の存在にはさすがに気づいているようで、家を黙視するついでに覆面参加者に視線を一瞬向けている。

 しかしその話題を出していいのかわからないのか、あるいはそのうち覆面参加者も自分の好みの家を見つけたら離れていくだろうと思ってるか、口に出さない。

 ただ、あの芽依が覆面参加者の事を気にかけているのにはちょっと意外だ。






 俺たちの住む家を探し続けて数分後。


 俺たちは一つの建物の前で棒立ちしていた。

 おそらくは10人分の部屋はあるだろうシェアハウスを見上げている。

 シェアハウスというのは一つの住宅を居住者全員で共有するもので、基本的に賃貸料金が発生する。

 しかしここは黙島の住宅の管理者がどうなっているのかわからない。

 俺の予想が正しければ、無料で永久的に住めるシェアハウス。

 そもそも無料で住めなかったら、“楽園”に来た意味が薄れてしまう。


「いいですよね、この物件」


 蓮は腕を組みながら言う。


「さっきの家みたいに、もうちょっと明るい外装の方が良かったけど、まぁシンプルなデザインも悪くないか。というか10人暮らせるメリットの方が大きいし」


 陽菜は期待に満ちた顔でシェアハウスを眺める。


「たとえ外観がシンプルだったとしても、内装がおしゃれな可能性があるから」


 芽依は無表情で建物を見上げていた。


「わたしの部屋が無い住宅だったら嫌だからね。ぶっ殺すよ」


 とりあえず全員が大きな不満を抱かないで済む住宅を見つけれた。

 反対意見が出なければこのシンプルな外観のシェアハウスに決めよう。

 確認するためにみんなの様子をうかがおうと周囲を見渡す。

 すると、見覚えのない共住者の姿がそこにあった。

 正確には、何度も見ている。

 しかし一緒に住むとは決めていない。

 俺は恐怖と不安で一歩下がってしまい、うろたえる。

 覆面参加者が俺たちのことを見つめていた。

 それもすぐ近くでだ。

 思わず悲鳴じみた声が漏れてしまう。


「うわぁっ」


 俺の情けない声に反応し、疑問を抱いた共住者たちは何を見て驚いているのだろうと俺の視線の先に顔を向ける。


 莉子は覆面参加者の顔を見て驚愕する。


「きゃっ」


 奏太も覆面参加者の怪しさに驚く。


「ぅぁっ」


 蓮は覆面参加者の異様さにたじろぐ。


「うわぁ」


 陽菜は覆面参加者の不気味さにうろたえる。


「えうぇっ」


 芽依も意外にも覆面参加者の存在感に怯む。


「ぅわっ」


 ニコルは覆面参加者を見て尻尾を股に挟み込んでいく。


「はっ」


 そして覆面参加者は莉子たちそれぞれの顔に沈黙を守りながら視線を巡らせていった。


 覆面参加者は外見で年齢を判断できないけれど、何となく若い雰囲気を出している。

 プラスチックで出来た薄暗いゴーグルを目の部分に掛けていた。

 口元には小さな空気清浄機。

 派手な飾り気がない、地味な衣装。

 胸部には目立ったふくらみが無いので、性別を確定させるのは難しい。

 腕輪には41の数字が書かれている。


 俺たちは覆面参加者に恐怖の目を向けた。

 確かに怖いけれど、この黙島にはそういった危ないやからは居ないはずだ。

 また、そこら中から参加者たちをサイレダイスが監視しているので、何かやらかしたらすぐに気づかれる。

 そんなことをするならそもそも最初から黙島、“楽園”に参加しない。

 それから俺は勇気を振り絞って覆面参加者に声をかける。


「えっと、どうかしましたか? 俺たちに何か用ですか?」


 覆面参加者は少し黙り込んだ後、口を開く。


「一緒に住む」

「えっ!?」


 覆面、あるいはマスクか、口元の空気清浄機が覆面参加者の声をくぐもらせていて、声音は性別を判断することが難しい。

 そもそも覆面を被っていなくてクリアな声を聞けたとしても、素の声の時点で判別できない声音だというのを感じた。


「まさかとは思うけど、俺たちと一緒に住みたいってこと?」


 覆面参加者は俺の問いに首肯してすぐに答える。


 蓮は慌てふためきながら訴えた。


「いやいやいや、それは無いでしょ! あきらかに芽依さんより危険な香りがするのに、一緒に住むなんて無理!」


 芽依は目を細めながら蓮を睨みつける。


「なに、わたしも危険な香りがするって? ぶっ殺すよ?」

「いや、芽依さんよりもってことで、そこの人よりは大分安全です」


 陽菜はこわばった笑みを浮かべながら言う。


「えっと、お兄さん? お姉さん? はどうしてあたしたちと一緒に住みたいと思ったのかな?」


 覆面参加者は自分の胸を軽く手の平で叩いて主張する。


あおい


 たった一言それだけ。

 しかしそれだけで何を伝えようしたのかは理解できた。

 葵と名乗った覆面参加者は俺たちの顔をゴーグル越しにそれぞれ見つめてくる。


 莉子は腕を押さえながら呟く。


あおいさんっていう名前なんですね。それで葵さんが私たちと一緒に住みたい理由ってのは?」


 葵は両手を外側の太ももに添えながら、静かにその場で佇み続ける。

 口を開くこともなければ、棒立ちの姿勢を崩すこともない。


 蓮は慌てながら訴えた。


「ほら、怪しすぎるでしょ。オレたちと一緒に住むのはむずかしいって」


 蓮の意見には同意したい。

 しかし俺は、いや俺たちは葵のことを輪の中に入れなければいけない理由がある。

 葵から放たれる雰囲気にはここにいる全員が見覚えあるはずだ。

 俺は視線をニコルに向ける。

 ニコルは不安そうに葵の事を見つめていたけど、視線に気づくと俺のことを見つめ返してきた。

 ニコルは良くて、葵が駄目な理由が無い。


「なんだろう。言葉にするのは難しいんだけど、なんだか葵からはニコルさんに似た雰囲気を感じて、なかなか他を当たってくださいって言いづらい。あー、ニコルさんと一緒に住むのは良いのに、葵さんは良くない理由ってあるかな?」


 蓮は一瞬言葉を詰まらせ、たじろぐ。


「それは、その……覆面で顔がわからないから」

「ニコルさんだって、覆面はしてないけど口数が少ないから、同じようなもんだと思う」

「ニコルさんと同じだって確証はないだろ。もし万が一葵さんが何か企んでたら」


 蓮は芽依に視線を向けながら恐怖の色を見せる。


 芽依は少しイラついた様子で蓮の顔を見つめた。


「だからわたしがなんだっていうの? ぶっ殺すよ」


 俺は首を振りながら説明する。


「ニコルさんだって、他の人と同じように無害だって保証はないでしょ。あ、ニコルさんを疑ってるわけじゃないからね。しかも俺たちには芽依さんだっている」


 恐る恐る芽依さんの顔を見た。


 芽依は不機嫌そうに俺を見返してくる。


「なにもしないって、ぶっ殺すよ」

「そんなわけだから、俺は葵さんも一緒に暮らしても良いと思ってるんだけど。蓮は納得いかないかな?」


 蓮は顔をしかめながら葵の事をじっと見つめた。


「うー、わかったよ。葵さん、変な気を起こさないでくれよ。一緒に快適に過ごそう」

「他のみんなも葵さんも一緒に暮らすことになっても大丈夫かな?」


 俺は周囲の共住者たちに顔を向けていく。


 莉子は静かに頷いた。


「私は大丈夫ですよ。それにこの家にも余裕がありそうですし」


 奏太はゆっくり首を縦に振る。


「僕は快適な日々を過ごせたら異論ありません。何人でもいいです」


 陽菜は若干不安そうな顔を作りながら頷く。


「あたしも葵さんが居てもいいよ」


 芽依は腰に握りこぶしを当てながらつぶやいた。


「わたしはむしろ一緒に暮らそうと誘った方がいいと思う」


 ニコルは無言のまま首肯する。


 俺は莉子たちの反応を見て安堵のため息をつき、葵に体を向けなおす。


「葵さん、みんなの許可が出たよ。これからよろしくお願いしますね」


 葵は小さく頷いた後、挨拶らしき言葉を一切話さずその場で佇み続けた。

 とても静かな人物だ。

 その様子はまるで本当にニコルに近い物だった。


「さぁみんな、俺たちの家に入ろう」


 莉子たちを軽く手招きした後、シェアハウスの玄関に足を伸ばしていく。

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