7話 一緒に暮らしましょう その2

 俺はその何かに引っ掛けてしまった原因、あるいは引っ張っているものに視線を向ける。

 するとすぐ近くに、一人の女性が俺のそでを掴んで移動を邪魔してきていた。

 彼女は一体誰なんだろうか。

 それよりもなぜ猫のコスプレをしているのだろう。


「え、えっと、なんでしょうか? どうかしましたか?」

「ワタシも……」


 猫コスプレの女性は静かにそうつぶやいた。


 猫コスプレの女性は二十代前半の容姿。

 茶色い髪を肩にかかるくらい伸ばしている。

 黒目で垂れ目。

 清潔感を感じる雰囲気だけど、少し明るい衣装を着ている。

 胸部には少し大きめの膨らみ。

 腕輪には25の数字。

 そして頭頂部には猫の耳がついたヘアバンドの様な物をつけていて、腰辺りにも30センチメートルほどの猫の尻尾を着けている。


 俺の聞き間違いで無ければ猫コスプレの女性はさっき、「ワタシも」と言った。

 まさかとは思うが、彼女もなのだろうか。


「えっと、お姉さんも、もしかして一緒に暮らしたいってことですか?」

「名前、ニコル……」


 ニコルと名乗った猫コスプレ時の女性は暗い表情のままゆっくり頷く。

 率直な感想はニコルも莉子や奏太、いや俺とも近い、もっと言えば俺よりも深い闇を抱えている雰囲気を出していて、親近感はある。

 むしろそっち方面の先輩だろう。

 俺の中の善意がニコルの事を放っておいたら駄目だと忠告してくる。

 しかし今回も俺の独断でニコルを一緒に住むかどうかを決めてはいけない。

 新しく加わった蓮と陽菜の意見も聞いていかなければ。


「あ、ニコルさんっていうんですね。で、えーっと、その、みんなに相談なんだけど、ニコルさんも一緒に仲間に、一緒に暮らすメンバーとして迎え入れてあげたいと思ってるんだけど、みんなはどうかな?」


 周囲を見渡してみんなの反応をうかがう。

 莉子は軽快に頷く。


「私は大丈夫ですよ。ニコルさん、一緒に暮らしましょう」


 奏太もゆっくりと首を縦に振る。


「僕も大丈夫です。特に断る理由は無いですから」


 蓮は苦笑を浮かべながら呟く。


「ニコルさんと一緒に暮らすのを賛成したら、オレの事も受け入れてもらえるかな?」


 陽菜は小さく口角を上げながら言う。


「あたしは全然大丈夫。というかむしろ賛成。ニコルさん可愛いからね。……まぁ、その猫グッズ? 猫のアクセサリー? がだけど」


 若干一人全肯定とは言えない、ちょっとあいまいな意見が混じっていたけど、ほぼ全員ニコルと一緒に過ごすことに賛成してくれた。


「というわけで、ニコルさん、みんなもニコルさんが来るのを許してくれましたよ。これからよろしくお願いします」


 ニコルは無言のまま頷いた。

 だけど猫耳がピョコピョコ動き、尻尾が反応して上がっていた。

 一体どういう仕掛けなのだろうという疑問が浮かび上がる。

 腕輪も笑いに反応するようになっているし、彼女の身につけているものもそういう装置が備わっているのだろうか。


「よし、それじゃあもう大丈夫ですね? 問題が無かったら出発しましょう。俺たちの住む場所を決めなくては」


 莉子と奏太は静かに頷いて俺の意見を肯定する。

 陽菜は若干明るめの声で言う。


「うん、それじゃしゅっぱーつ」


 蓮は不安そうにつぶやく。


「オレもついて行っていいんだよね?」

「蓮さんも一緒に来るの」


 一回近くに居る共住者たち全員の顔を確認したら、今度こそ体育館の出入り口から外に出ようとした。

 俺たちは外に向かって歩き出すと、あお髪の女性が進路に立ちふさがってくる。


「わたしの事も連れて行かないと、どうなるか分からないよ? あ、ぶっ殺そうか?」


 蒼髪の女性は不機嫌そうに、あるいは威圧するかのように俺たち、いや俺に訴えてきた。


 蒼髪の女性は二十代半ばほどの容姿。

 蒼い髪を肩にかかるくらい伸ばしていてる。

 黒目でシュッとした切れ目。

 若干派手めの衣装。

 胸部には小さめの膨らみ。

 暗さと若干攻撃的な雰囲気を体から放っている。

 31と書かれた腕輪を装着。


 正直、怖くて近寄りたくない人間だ。


「え、あ、えっと、なんですか?」

「聞こえなかったの? わたしのことも連れて行かないと、ぶっ殺すって言ってんの。まさかそこの人は良くてわたしはダメだなんて言わないよね? 差別?」

「そうじゃないですけど、とりあえず殺すのはやめてください。お願いします。落ち着いてください」

「なに、本気で殺すと思ってるの? ぶっ殺したいほどの気持ちをぶつけるってことだから。そんなに怯えられるとぶっ殺したくなるんだけど」


 さっきから物凄い物騒な言葉をぶつけられ続け、怯えるなという方が難しい。

 莉子たちの顔を見ていくと、全員俺と同じく戸惑いの表情を浮かべている。

 こんな野蛮な現場を目撃して平常心を保てていたらそれこそ問題だけど。

 そんな人が居たら今後も仲良く一緒に暮らしていけるか自信がない。

 今のところそんな人は居ないようで安心した。

 目の前の女性を除いては。


「お姉さん、いったいどうしたらいいんですか?」


 俺の言葉が震えていた。

 やはり無意識に蒼髪女性のことを怖がっている。


 蒼髪女性は口角を少し上げた不敵な笑みで呟く。


「だから最初から言ってるでしょ。わたしもお兄さんたちと一緒に暮らさせてって言ってるの、分からないの? ぶっ殺すよ。それとわたしには芽依めいって名前があるんだ、お姉さんなんて呼ぶんじゃない。ぶっ殺すよ」


 理不尽だ。

 たった今名前を知ったのに名前で呼べだなんて出来るわけない。

 そのぶっ飛んだ要求もさらに俺の恐怖が増す要素だ。


「芽依さんの名前、今聞いたばかりなのに無茶言わないでくださいよ」

「名前を呼ばなかった罪滅ぼしで、わたしのことも連れてってよ」

「そんなこと言われても、脅してくるような人と一緒に暮らそうだなんて思う人なんていませんよ! 俺だけじゃなくて、他の人もきっとそうです」


 俺は莉子たちに助けを求めるかのように顔を巡らせていく。

 芽依も俺の視線の先を見つめ、莉子たちに鋭い目を向ける。


「あんた達もわたしのことを見捨てるっていうの? ぶっ殺すよ」


 莉子たちは恐怖でこわばらせた顔で首を横に振っていく。

 莉子はおそるおそる口を開いた。

 

「芽依さん、が私たちに危害を加えないというのなら、私は一緒に暮らしてもいいです」


 蓮は目を見開きながら慌てふためく。


「え、ちょっと待って。たとえ芽依さんがオレたちに危害を加えなかったとしても、絶対口論になるって。快適な生活じゃなくなるって」


 芽依は少し細めた目で蓮を睨みつける。


「なに、あんたわたしが問題起こすと思ってるの? ぶっ殺すよ」

「ほら、絶対輪を乱すよ」


 蓮は芽依から視線を逸らしながら言葉を漏らす。


 みんなが怯えているのに、芽依と一緒に暮らす理由が見つからなかった。

 しかし莉子はなぜか芽依と共に過ごすことには賛成している。


 芽依は小さなため息をつきながら言う。


「ねえ、そこの猫のお姉さん、あんたはどうなの? わたしも一緒に暮らしてもいいでしょ?」


 ニコルは一瞬怯み、左下の床を眺め続ける。

 そしてゆっくりと無言で頷く。


 芽依は困惑した様子で尋ねた。


「え、それってどっち? わたしも一緒に暮らしてもいいってこと?」


 ニコルは再び首を縦に振っていく。

 今度は反応が早い。


 芽依はニヤリと口角を上げながら俺を見てきた。


「ほら、そこのお姉さんと猫のお姉さんもわたしと一緒に暮らしてもいいって言ってるよ。ほらほら、賛同は得られてるんだから連れてってよ。ぶっ殺されたいの?」


 陽菜は片手を上げて、会話に入ってくる。


「あたしも芽依さんと一緒に暮らしてもいいよ」


 何ということだ。

 女性陣全員が芽依と一緒に住むことに賛同している。


 芽依は陽菜の隣に立ち、俺のことを見つめてきた。


「ほら、この明るいお姉さんも良いって言ってるよ。お兄さんも賛同してるなら、多数決でわたしも一緒に暮らすことに決定ね」


 蓮は両手を左右に交わらせるように振っていく。


「いやいや、勝手に多数決にしないでよ!」


 それには俺も同意だった。

 しかし、事実俺も含めて過半数が芽依と一緒に暮らしても良いと思っている。


 長らく沈黙していた奏太は口を開く。


「彼女が危害を加えないというなら、置いていくのは可哀そうだよ」


 芽依はニタニタと不気味な笑みを浮かべながら呟いた。


「お、というわけで、全員がわたしが参加しても良いってことになったかな」


 蓮は呆けた顔をする。


「えっ」

「というわけでみなさん、これからよろしくね」


 莉子たちはどこか不安そうな表情をしているけれど、渋々頷いていく。

 俺もみんなの意見に従って、あまり気乗りはしないけど芽依を歓迎することにした。


「芽依さん、よろしくお願いします」

「そう怯えるなよ。そもそも協調性が無かったら連れて行けなんて言わない。それくらい分かるでしょ、ぶっ殺すよ」


 たとえ危害を加えてこないと言われても、何度もぶっ殺すと脅されると完全に心を許すことが出来ない。

 なんてことを芽依に感づかれてしまったらまた問題が起きて、「ぶっ殺す」と言われるのは想像できる。

 なのでさっさとこの場から離れ、俺たちが住む家を探して気を紛らわせよう。


「じゃあ、芽依さんも一緒に暮らすことに決まったことで、今度こそ本当に俺たちが暮らす家を探しに行きましょう」


 体育館の出入り口に向かうと、多くの足音が後ろから聞こえてくる。

 先ほどまで体育館に居た参加者たちの多くは、もうすでに外に出ていて、中に残っている人は比較的少なかった。

 それはつまり自由に選べる家の選択肢が減っているということだ。

 なので急いで俺たちが住む場所を決めなければ。

 若干の焦りを感じながら、俺は黙島の大地を踏んでいった。

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