第15話 エピローグ おののこ、おそろしいこ
麓にある神社の前で籠を降ろすと、一番小さい蛟様は、「げっ!」と、その優雅な姿には、似つかわしくない声を上げ、「じゃあねっ、パンチ、皆に可愛がってもらうんだよ」と言うと、逃げるようにそそくさと帰ってしまった。
「何だろね、皆、めちゃくちゃ焦ってなかった?」
「何かあったのかな」
明楽君と伯父の良真卿の会話に、皆が頷いていたが、私とお父さまは、心当たりがあるだけに、会話には加わらなかった。でも、その分、不自然にへらへらとしてしまったよ。
私達が、籠から出る前に蛟様がお帰りになったので、仲が良かったパンチ君は、挨拶できなくて、さぞかしがっかりとしているだろうと、セーターの中を覗き込むと、気絶していた。あれ?
「若様、おかえりなさいませ」
振り向くと、今日も完璧な身だしなみの、最高にして最強の我が家の銀髪の家令が、静かに微笑んで立っていた。
・・・ま、そうなっちゃうよね。
あれから、皆で車で帝都に送ってもらい、陰陽寮ペアとは、内裏の前で別れた。翌日から三日に渡って、待ちに待った帝都見物だ。パンチ君には、嘉承家にいた時のように【風天】で【風壁】を付与すれば、牧田の妖力で消失はしないと説明したが、「精神的に無理」という返事が返って来た。パンチ君は、黒龍様や蛟の皆と別れたことが、やっぱり辛いみたいで、元気がない。ここで無理強いは良くないので、西都に一足先に帰るお父さまと一緒に瑞祥の家に連れて行ってもらうことになった。瑞祥家にはパンチ君が大好きな、水の董子お母さまがいるので、彼にとっては、そっちの方がいいのかもね。
そして、皆で散々遊び倒した後は、父様の【召喚】で、ばびゅんと西都に帰還。【召喚】と【転移】って、本当に楽でいいよね。絶対に習得したい技だよ。その前に【嵐気】を習得しないといけないんだけどね。まだまだ、私の魔力修行は、眩暈がするほど先が長いよ。
そして、帝都から帰ってきた二日目の午後に、明楽君が峰守お爺様と篤子お婆様に付き添われて、瑞祥家にやって来た。そう、嘉承の家じゃなくて、瑞祥なんだよ。
理由は、間違いなくパンチ君だ。
「ごきげんよう、篤子おばさま、峰守おじさま。明楽君、よく来たね」
瑞祥家の当主であるお父さまが、三人を迎えたのは、新築の巨大サンルーム。瑞祥家の人間は、全員が寒がりなので、家にいる時は、だいたい、ここにいる。嘉承が食堂でいつも宴会をしているのと同じ・・・いや、アレと同じにしちゃダメなのか。
執事の木崎が、卒なく香りの高いお茶とヴォルぺのお菓子を全員の前に並べ終えると、静かに退室した。
お父さまが三人にお茶やお菓子をすすめながら、いかにも公爵家な、上品なお茶会が始まった。うちでお茶というと、緑茶や麦茶をぐびぐびと飲みながら、どら焼きとか、せんべいとか、焼き芋みたいな、厨房で失敬してきたものを食べるという感じだ。料理長が心得ていて、手掴みで食べれそうなものを、作業台に適当に置いておくというのが習慣化されているので、うちに来る自称お客は、だいたい厨房経由でやって来る。ちなみに、話題は、四侯爵家の迷惑老人達の今日は、どこが痛いとかいう愚痴ばかり。瑞祥とは、めちゃくちゃ血の繋がったお隣り同士のはずなんだけどな。
うちにいると、私のセーターの中にもぐりこんで出てこないパンチ君も、瑞祥では、董子お母さまのお膝の上で、ゴロゴロと機嫌良さげに喉を鳴らしている。サンルームの日差しを受けて気持ちが良さそうだ。
小野家は、嘉承家では、公家のなんたるかについては、ゆるゆるだけど、さすがに空気が読めるという珍しい風の一族だけあって、当たり障りのない会話をしている。核心に入る前の準備体操とか助走というところだね。
ところが、大人達のそんな会話に焦れたのか、いきなり明楽君が立ち上がった。
「ふーちゃんのお父さんとお母さん、今日は、猫又パンチ君を引き取りに来ました」
あらあら、明楽君たら。
ストレートな明楽君のお願いに、大人達は微笑まし気に明楽君を見たが、若干一名、めちゃくちゃ態度が悪いやつが「けっ」と吐き捨てるように言った。
パンチ君は、やっぱり、明楽君に態度が悪い。黒龍様や蛟様たちの前での態度に比べると、極悪だよ。そう言えば、鷹邑卿にも似たような態度だったな。
「猫又じゃねーし」
「いや、猫又だよね、パンチ君」
普通に、二足歩行で喋っていること自体が、もう限りなく黒だろ。実際、黒いけど。
「いやだなぁ、若様、にゃんころパンチじゃないですかぁ。忘れちゃいましたぁ?」
へらりと笑う黒い猫。勝手に私のにゃんころに成りすますなよ。お母さまの前で、素性を隠すつもりだな。猫が猫かぶって、どうするんだよ。
私とパンチ君の会話を聞いて、明楽君が、上目遣いに私達を見た。あ、これ、私が絶対に勝てないやつだよ。
「パンチ君は、瑞祥のお家の方がいいの?」
「俺、風は嫌い」
私が太刀打ちできない、黒い丸い瞳の豆柴ちゃんを、パンチ君は取り付く島もない態度でバッサリと斬った。嫌な猫だな、おい。
「でも、明楽君は、パンチ君が大好きなお姫様の子供だよ」
「違う。小さい風の子は、いつも俺から姫さまを取り上げる悪いやつと同じ魔力の色だ」
鷹邑卿、パンチ君の中では、悪いやつ認定されていたのか。保護センターから救出してもらった御恩はどこに行ったんだよ。とにかく、それは、単なる焼きもちでしょ。
「正確には、全く同じというわけじゃないよ」
明楽君は、今は、亡き父親の魔力に覆われているだけで、それも、彼が成長するごとに消えていくから、本来の小野の色に速水の青が入った明楽君自身の魔力の色が出て来るはずだ。そう言うと、篤子お婆様が悲しむから、絶対に言えないけどね。
まいったなぁと思っていると、お父さまと目があった。にっこりとされたお父さまには、何かお考えがあるらしい。
「パンチ君が好きなように自由に生きていいと黒龍様が仰ったからね。董子のそばにいるのが、パンチ君の幸せなら、それもありだとは思うんだけど、我が家には、今は旅行中でいないんだけど、ふーちゃんのところの魔王二人を同時に相手にしても、確実に勝つ魔力持ちが住んでいてね。はっきり言って、この帝国で一番強いのは、魔王でも、皇帝でもなくて、彼女なんだよ」
お父さま、それは確かにそうかもしれないけど、それじゃあ、うちのお祖母さまが、まるで、すごい化け物みたいだよ。でも、嘘は言ってない。
「ええっ!?」
お母さまのお膝で、ぬくぬくと日光に当たりながら、のんきに欠伸をしていたパンチ君の尻尾が恐怖でぼわぼわになった。
「魔王様より強い人なんかいるの?」
いるんだよ、これが。パンチ君の質問に、明楽君以外の全員が真顔で頷いた。
「魔王なんか、瞬殺だよ、パンチ君」
嘘は言っていないよ。本当のことだもん。
ぼわぼわになった尻尾を抱えたパンチ君の視線は、董子お母さまと、明楽君の間を行ったり来たりした。明楽君に「もう一押し!」とばかりに、目配せすると、真護と違って勘のいい明楽君は、しれっと言った。
「お兄ちゃんは、弟が生まれたら可愛がってねって、お姫さまにお願いされてなかったっけ?」
「ふぐぅっ」
パンチ君が明楽君に何か言い返したそうにしていたが、事実だし、曙光玉に証拠の映像もあるので、にゃんこの狭い額にしわを寄せて、しかめっ面をし、両の前足で口を押さえ、なにやら、もごもごと悪態をついていた。生意気だけど、やっぱりこういうところは、何か可愛いんだよな。ちくせう。
そんなことで、まんまと・・・じゃなくて、平和で文化的なお話合いの末、パンチ君は、小野家に引き取られることになった。もの凄く嬉しそうな峰守お爺様と明楽君とは対照的に、めちゃくちゃ嫌そうに明楽君に抱っこされたパンチ君は、「怖いのがいない時に、また来る」と言って、小野家の三人と車に乗り込んだ。車の中に入っても篤子お婆様の膝の上がいいと駄々をこねているようだ。黒龍様に、好きに生きていいと言われたとはいえ、我儘なやつだよ。
峰守お爺様と篤子お婆様が、お父さまとお母様にご挨拶を終えると、小野家の車が、ゆっくりと走り出し、明楽君が後部座席のウインドウを下げた。
「ふーちゃん、色々ありがと。僕たちは大丈夫だよ。うちは、話が出来る相手には強いからね」
・・・ふふっ。ほんと、そうだね。明楽君は、やっぱり恐ろしい小野の子だよ。
そうして、春休みが明けて、私達は二年生になった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最後まで、読んで下さってありがとうございました。
このお話の後で、本編二章、トーリ君が転校して来るという時間軸になります。
猫又パンチ君、ハチワレ猫よりも、黒毛が多いイメージです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます