第10話 行程

 皇帝陛下と上皇陛下に謁見した翌日、黒龍様のお住まいのある峡谷を目指して、早い時間に出発することになった。黒龍様は、気軽に遊びに来るように仰ったけど、普通に人が行けるような場所じゃないんだよ。この辺りは、帝国でも標高が3000を越える山々が連なり、峡谷の深さも半端じゃない。黒龍様をお祀りしている神社まで車で送ってもらったが、そこから先は、古くから禁足地とされているらしい。誰も行けないところには、当然ながら道がないし、山は険しいし、岩肌が剥き出しになっているところが多くて、登るのも命懸けになる。


 そんな場所を、私は、小野良真卿と明楽君、真護の三人と一緒に、【風天】を纏って移動中。土御門さんは、【潜伏】で、地中を移動中のはずだ。お父さまと賀茂さんは、水の流れに逆行するように、沢を辿っていくらしい。


 陰陽寮の二人には、昨日、謁見の間を出た途端に「黒龍様のところに行くのなら、荷物持ちに使ってくれ」と嘆願されてしまった。天下の陰陽頭と、人気ナンバーワンの陰陽師を荷物持ちになんか出来ないよ。特に、土御門さんのお支えする会ファンクラブのお姉様方にバレたら、呪いやら、生霊やら、色々と飛んで来そうだし。


「土の魔力持ちが、瑞祥公爵閣下の前で、魔力を売り込めるはずがないでしょ。さすがに、そこまで身の程知らずではないよ。だから、雑用係とかでいいから、同行を許して欲しいんだよ」


 いやいや、だから土御門さんを、雑用係にしたなんて、世間にバレたら大炎上で、子豚がこんがり焼き上がっちゃうんだってば。


 曙光帝国では、陰陽寮に勤める陰陽師は、帝国民の憧れの国家エリートで、陰陽大学校を卒業して、陰陽寮に勤めている者のみが陰陽師と呼ばれる。陰陽大学校で訓練を受けていない私達のような存在は、単なる魔力持ちになるわけだけど、陰陽師の条件を満たしていない民間にいる存在が、それらしい仕事をしている場合は、退魔師とか、拝み屋とか言われる。


 陰陽大学校は、国民の憧れの陰陽師の育成の他、帝国一の妖の研究機関でもあるので、今期から、陰陽大学校では、研究職を志すものは、最低二年の西都留学が必須になるそうだ。西都だと、妖に遭遇するのは日常茶飯事で、普通の人だと思っていたら、実は妖だったということが少なくないから、習うより慣れろ的な感じなのかな。それだったら、稲荷屋かヴォルぺで、数か月ほどアルバイトをすればいいんだよ。あそこに来る綺麗なお客は、高確率で妖だからね。


 稲荷屋のことを考えた途端に、お腹が大きな音を立てた。


「良真卿、お腹がすいたので、ちょっとだけ休憩していいですか」


 先頭を行く良真卿に声をかけると、明楽君と真護もほっとした表情になった。毎週末に峰守お爺様に特訓を受けているとはいえ、子供にはキツイ道のりだよ。牧田にパンパンに詰めてもらったリュックから、お菓子を出して三人にも配った。


「お菓子で魔力が完全に回復するなんて、羨ましいよ、その体質」


 良真卿が、半分呆れ気味に、自分の手の中にあるお菓子と私を交互に見ながら、溜息をついた。良真卿のようにスリムになれるんなら、喜んで体質を交換するけどね。相変わらず、私のぽちゃぶりに変化はない。けっこう制御を頑張っているんだけど、霊泉先生と、陰陽寮と陰陽大学のコラボチームの見立てでは、私の場合は、完全四属性の哀しいところで、四つの魔力全てに同等の制御が必要になるらしい。土は小さい頃から、きつね先生に教えてもらっているから、馴染みがある分、割と制御は出来ている自信はある。風も、峰守お爺様の特訓のおかげで、最近、土に追いついてきた。残るは、水と火の制御。特に火は、元々、苦手なうえに、上手く教えてくれそうな人が思い浮かばない。サブ子に頼んだら、消し炭になる未来しか見えないよ。そうなると、西条か北条なんだけど、あの二家の火は、両極端のそれぞれの先端にいるような火だから、もっと普通の火で、父様みたいに風と合わせて使えるような汎用性の高いのがいいんだけどな。


「いやあ、さすがは龍が住むだけあって、想像したよりも、はるかに険しい峡谷だね。ふーちゃん、瑞祥公爵閣下と陰陽頭と土御門君がどの辺にいるか分かる?」


 私がお菓子を食べながら物思いをしていると、良真卿に話しかけられた。


「あ、連絡してみますね」


 食べていたお菓子を、すぐに片づけて、モグラのもぐちゃんを練り上げているところに、ぼこっと土の中から何かが現れた。


「皆、私達より、進んでいたんだね。ちょっと、そこで待っていてくれるかな。よっちゃんと直ぐに追いつくから」


 お父さまの土人形だ。あの白皙の美貌の瑞祥の父は、西都では、ハンザキと呼ばれるオオサンショウウオを模した土人形に、自分の声を乗せる。制御力が高すぎるせいで、無駄に精巧で、本物にしか見えないハンザキが、ぱかぱかと大きな口を開けて、お父さまの声で喋るのには違和感しかない。


 明楽君と真護は、瑞祥家の並々ではないハンザキ愛を知っているから、普通に受け止めていたが、良真卿は、困惑と呆れの間の微妙な表情を浮かべていた。


 地元で黒羽様と呼ばれる黒龍様のおられる山は、急な勾配の岩場や、絶対に人が近寄れそうもない切り立った崖が多過ぎるんだよ。モグちゃんも、堅い岩盤を避けて比較的掘りやすいところを掘り進んで土御門さんの方に向かっているため、やけに効率が悪くて時間がかかっているようだ。


 すぐに水柱と共に、お父さまと賀茂さんが現れた。そしてその数十分後に、土御門さんも何とか合流できた。


「黒龍というのは、とんでもないところに住んでいるんだなぁ」


 土御門さんの溜息まじりのつぶやきに、皆が疲れたように無言で頷いた。お住まいの峡谷まで、まだ半分のところしか来ていない。皆で、どっと押し寄せる疲労感を感じていると、誰かが、くすくすと笑った。


「人の子が簡単に来れるようなところでは、うるさくてかなわないからね」


 頭の上の方で声がしたかと思うと、水色の髪の美少年が、ふわりと地面に降り立った。


「一番小さい蛟様っ」

「うん、四つの魔力の子、よく来たね。黒龍様のお使いで迎えに来たよ。君の土の魔力か何かで、皆が入れるような籠を作ってくれたら、私がそれを持って飛んで黒龍様のところまで連れて行ってあげるから」


 やった!さすがは、小さいものには優しい黒龍様だよ。ここは、遠慮なく、お迎えの蛟様のお世話になろう。それにしても、一番小さい蛟様は、とことんパシリなんだな。


「四つの魔力の子、君、何か失礼なことを考えてない?」

「イエイエ、一番小さい蛟様は、今日もスゴク綺麗ダナー」

「そう?ならいいけど」


 さすがは、龍の眷属、野生のサブ子並みに気配に鋭いよ。


 一番小さい蛟様のお勧め通りに、人が乗れる籠を私が作るとなると、軽量化と強度の組み合わせが心元ないので、代わりにお父さまに作ってもらうことになった。小さい蛟様は、面白そうにお父さまの魔力の錬成を見ていて、六畳ほどの大きさで座席のついた気球の籠のようなものが出来上がると、ぺしぺしと叩いていた。


「へぇ。人の子は面白い力を使うんだね」


 そう楽しそうに言い、うちの迷惑老人のような「よっこらしょ」というジジ臭い声が聞こえたかと思うと、水色の綺麗な蛟が姿を現した。今日も真珠のように光る姿は神々しくもある。私とお父さまには既知のお姿だけど、それ以外の皆は、籠から身を乗り出すようにして、蛟様を見ようとしたので、蛟様のご機嫌は上々だ。


「皆、気持ちは分かるけど、危ないから、中で大人しく座っててね」


 そう言うと、蛟様が、私達の入った籠を持ち上げ、ふわりと空に舞い上がった。

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