第9話 謁見

 その夜、父様が【遠見】を峰守お爺様に送った。父様の【遠見】は、もちろん、がっつりと魔改造が施されていて、風の力を持たないお父さまも、近くにいれば声を送ることが出来る、スピーカー的機能を持っていた。


 何で携帯電話を使わないかって?電子機器、特に通信系は、魔力と相性が悪くて、魔力を少しでも放出すると、途端に壊れちゃうんだよ。


 とりあえず、おかしな応用魔法ばかり使っている、うちの冥王の話はさて置くとして、お父さまが、正式に小野子爵家に、良真卿の帝都見物のお誘いを受ける旨を小野子爵と峰守お爺様に連絡して下さった。小学生のおでかけに、ちょっと仰々しい話だけど、一応、西の大公爵家の嫡男の「東下り」には、帝都の貴族どもに格の違いを見せつけるためにも、それなりの様式美がいるらしい・・・と一条の和貴おじいさまが言い張るので仕方がない。私は、嘉承の嫡男なので、何でそこに一条が口を挟むかなんだけど、水と土の魔力も持っている私を、和貴おじいさまは、昔から、やたらと「瑞祥の子」と呼んで可愛がって下さる。そこには何の打算がないだけに、私もお父さまも何も言えないんだよ。


 東条家は、私に関することは、真護には、全て自分で判断させる、危険がない限りは行動制限をしないという側近教育を徹底しているので、真護は、間違いなく一緒に来るはずだ。何より、本人がすごく帝都に行きたがっていたしね。


 そんなわけで、帝都に行くメンバーは、真護、明楽君、私のちびっこ三人組に、お父さまが付き添いで、牧田が護衛という五人になった。


 蛟様は、気絶している間に、黒羽様と父様が話をして、私が千台に行くと約束したとお聞きになると、明らかにほっとした顔つきで、小さな黒猫を頭の上に載せて、いそいそとお帰りになった。どんだけ、嫌だったんだよ。


 小野子爵家はというと、あんな生意気なやつなのに、パンチ君は、文字通り、猫可愛がりされていたようで、千台の黒龍さまの元に帰ったと聞くと、全員ががっかりしていた。小野家の皆さん、あれは、猫じゃなくて、猫又だからね。


 帝都には、お父さまのお仕事の都合で三日後に行くことに決定。水の姫の子と呼ばれたのは、理人兄様のような気がするんだけど、真人兄様も、条件的には合致するので、二人に一緒に帝都に行かないかと誘ってみたけど、瑞祥の良い笑顔付きで、きっぱりと断られてしまった。


「うちは貴船の白龍様に良くして頂いている家だからね。黒龍様に呼ばれたからと言って、ほいほいと行くというのも、何だか不義理な気がするんだよ。ふーちゃんにお話があったんだから、ふーちゃんが行けば、全く問題ないんじゃないの。付き添いで、水の姫の子の父親である父様も一緒に行くわけだし、先方には失礼はないよね」


 これは理人兄様。真人兄様にいたっては、「絶対にいやだ」と、取り付く島もなかったよ。真人兄様は、お父さまのような優し気な風貌をしている割に、中身は、伯父の方に激似しているような気がする。ツンデレで、超がつく面倒くさがり。理人兄様は、完全にお父さまだ。柔和で上品な雰囲気に騙されるけど、実は、すごい頑固で、自分を曲げることが全くない。同じ親に育てられている私は、長いものにはぐるんぐるんに巻かれとけ、がモットーなのに。ま、いいけどね。


 はいっ。そんなわけで、やって来ました。帝都!


 ・・・というか、また例によって摂家門の前に父様に飛ばしてもらいました。良真卿は、外務省にお勤めなので、内裏で待ち合わせることにしたんだよ。帝都に来ているのに挨拶なしかと、宰相経由で、皇帝陛下が横槍を入れてきたからじゃないよ。


 噂をすれば影とはよく言ったもので、門を通った瞬間、しかめっ面の宰相につかまった。陰陽頭の賀茂さんと、一位の陰陽師の土御門さんも後ろにいて、宰相に見えないように、手を振ってくれたので、陰陽寮には歓迎されているようだ。


「ごきげんよう、菅原宰相」


 この中では、公爵位を持つお父さまが一番上位の存在なので、宰相といえども、お父さまから声を掛けられるまでは、視線を落として待つというのが、公家社会の流儀だ。


「瑞祥公爵閣下、麗しのご尊顔を拝謁でき、この菅原、誠に幸せにありますれば・・・」

「賀茂さん、土御門さん、お正月ぶりです!」


 失礼なのは承知で、宰相の口上を遮らせてもらった。でないと、お父さまに傾倒している宰相は永遠にお父さまを褒めちぎる言葉を連ねていくからね。普段は、こういう無礼を許さないお父さまも、苦笑するだけで、何も仰らない。


「ふーちゃん、いらっしゃい。真護君と明楽君もよく来たね」

「・・・えーと、今回は、嘉承家の家令さんも一緒なんだね」


 賀茂さんは、元々、西都の賀茂伯爵家の生まれで、公達学園高等科に上がるまでは、西都にいたので魔都の七不思議伝説を知っているんだと思う。牧田のことは、薄々、何か感じているものの、何も仰らないが、土御門さんは、完全に訝しんでいる節がある。土御門さんは、妖は、すべからく討伐すべしという西都外の帝国の常識の中で育った人なので、当然ながら、妖には警戒心を見せるが、普段の牧田は、完全に妖力を隠しているので、土御門さんの中では、やけに肝の据わった人という認識らしい。ただ、その肝の据わり方が尋常じゃないと賀茂さんや、他の陰陽師達に漏らしていたようだが、賀茂さんに「どこの家令だと思っている。嘉承家だぞ」と窘められ、納得したらしい。嘉承家で納得しちゃうのが、なんだかなぁ、なんだけど、賀茂さんには感謝だ。下手に帝都が騒いだせいで、牧田に逃げられた、なんて最悪なことになったら、うちは滅ぶ。確実に三日も待たずに滅ぶ自信がある。私は、その前に絶対に牧田について行く予定だけどね。


「こんにちは。若様に、慰安旅行のノリでついてくればいいと誘って頂いて、嬉しくて付いて参りました」


 牧田は、普通に微笑んだだけなのに、絶対強者のオーラを感じたのか、陰陽師の二人は、ビクッと体を震わせた。すごいな、陰陽師の勘は。


 それに比べて、何も気づかないみっちー宰相は、平常運転だ。人生は、ある程度、鈍感な方が幸せなのかもしれないね。例の慇懃無礼な野分老がいなくなったので、みっちー宰相が、お迎え役を自ら買って出て下さったらしい。この人、変なところで義理堅いというか、面倒見がいいんだよ。


「いつもお忙しいんだから、お迎えして頂かなくてもいいのに」

「あなたね、皇帝陛下、上皇陛下の謁見を気軽に考えてもらっちゃ困りますよ。しかるべき者が介添えをするのが流儀です。ここは西都とは違うんですよ」


 陛下への謁見を、親類のおじさん、お兄さんに会いに来る感覚で捉えているのは、若干一名だけで、他の西都組は、ちゃんとしていると思うんだけどな。


「ましてや、こちらのちびっ子たちは、内裏に来るのは初めてでしょう。ご挨拶の仕方は心得ていますか」

「はい。祖父に習ってきました」


 明楽君が即答すると、みっちー宰相は、満足げに頷いた。


「さすがは、小野子爵家ですね。峰守卿の教えなら、間違いはないでしょう。で、東条侯爵家はどうなんです?」

「うちは、お辞儀だけして、後は、ふーちゃんの後ろで大人しくしていればいいと言われました」


 ・・・東条家、一応、侯爵家なのに、そんな簡単でいいのか。


「まぁ、東条侯爵家ですしね。それが一番、賢明でしょう」


 宰相の身も蓋もない発言に、何故か真護は嬉しそうな顔をした。真護、それ、褒められてないから。


 みっちー宰相の後について歩いていると、牧田が話しかけて来た。牧田は使用人なので、陛下にはご挨拶をする身分ではないので、謁見の間の隣にある控室で待っていると言う。使用人なんて思ったことはないし、身分と言っても、本人は、うちの家令兼教育係を長年(ほんの1400年ほど)好きでやっているだけなので、本音は、人の王に対する礼儀も義理も持ち合わせていないということだろうな。


 謁見の間に入ると、宰相は、直ぐに玉座の置かれた方に歩いて行って、玉座から二段下の階段の上に落ち着いた。程なくして、絶世の美女とは、こういう女性のことを指す言葉だと誰もが納得するほど美しい女性と、明らかに、その美貌を受け継いだと思われる二人の十代の美少年二人がやってきて、玉座の後ろに立った。皇帝陛下の第二妃の梅壺様と、そのご子息で、東宮殿下とは、腹違いの弟宮の御二人だ。


 お父さまは、皇帝以外に頭を下げない西の大公爵の地位にある方なので、直立したまま。私も一応、嘉承家の嫡男で、今日は、父様がいないので、嘉承家を代表する者として、第二妃と弟宮の御二人には頭は下げない。後ろで、土御門さんと明楽君が跪いたのが分かった。真護、お前は、侯爵家の嫡男なんだから、そのまま頭だけ下げて立ってろよ。


「上皇陛下のおなりです」


 謁見の間に、上皇陛下・曙光寿明様がお出でになったので、全員が頭を下げる。ここで私が跪いたので、真護も一緒に跪く。よし、よし。もちろん、賀茂さんもだ。面倒くさいんだけど、爵位と、更に跡継ぎかそうでないかで、こういう順序があって、これを間違うと、一条の和貴おじさまの一時間の説教コース行きになる。


 お父さまは、頭は下げたけど、まだ直立している。これが公爵家当主と跡取りの違い。


「皇帝陛下のおなりです」


 そして、お父さまがようやく跪いた。私達、ちびっこ組はさらに深く頭を下げる。うぐぐ、お腹の分厚い肉のせいで、この態勢は苦しいよ。陛下、早くお声を掛けてください。


「ああ、良い良い。面を上げよ。彰人、不比人、よく来たな。皆も早く立ち上がりなさい。この時期は、まだ床は冷えるだろう」


 曙光帝国皇帝の祥明様の明るい御声が聞こえ、お許しをもらえたので、立ち上がった。さすがは陛下、よく分かっていらっしゃるよね。


「敦人から報告が来たが、不比人のところに千台の黒龍から使者が来て、会いに行くそうだな」


 父様にしては、仕事が早い。あの人、たまには、真面目に公爵サマっぽいことをやることもあるんだな。


「はい。綺麗な蛟様に乗った可愛らしい黒い猫がやって来まして、不比人に千台まで遊びに来るようにと黒龍様のお言葉を伝えてくれたんです。兄が、黒龍様に付添は認めるかと尋ねましたら、父と兄と家令の三人以外なら、何人でも歓迎すると仰ったので、こうやって子供達と参りました」


 お父さまがよく通るバリトンの声でお答えすると、上皇陛下と皇帝陛下が、突然、お笑いになった。


「さすがの黒龍でも、嘉承のあの三人は嫌がるか」

「一人でも厄介だしの」


 愉快、愉快とお笑いになるお二人に、弟宮の御二人が父親である皇帝陛下の方を熱心に見つめていたので、その視線に気がついた陛下が「申してみよ」と仰った。


「ありがとうございます、陛下。瑞祥公爵閣下、あの、蛟様というのは、大蛇のような妖のことでしょうか」


 ああ、うちに妖が来るのは日常茶飯事だから、気にも留めてなかったけど、確かに普通に蛟様が家に来たら、驚くよね。


「ええ、水色で、真珠のように輝く、それは綺麗な蛟様でしたよ。黒猫が、ああ、実際は猫ではなくて、猫又で、パンチ君というんですが、不比人に会いに来るのに、頭に載せて千台から西都まで飛んで来て下さいましてね。猫又パンチ君が、不比人や兄や私と交渉している間は、貴船の白龍様のところにご逗留しておられたのを、兄が無理矢理に【召喚】したものですから・・・」


 ニコニコと機嫌良さげに話すお父さまを、皇帝陛下が遮られた。


「彰人、ちょっと待て」


 上皇陛下は眉間を揉んで、皇帝陛下は天井を仰いで、明後日をご覧になっているようだった。梅壺妃も弟宮の御二人も、口をあんぐりと開けたまま、身じろぎ一つされずに、お父さまの方を凝視している。口を開けたまま呆けても美しいって何だよ、この三人。


「そなたの話は、色々とおかしいぞ、彰人。蛟というと、龍に次ぐ大妖ではないのか。それを【召喚】するとは。しかも、白龍の聖域からなど、あり得るのか」


 皇帝陛下の御質問に、お父さまは、少し小首を傾げて、お答えになった。


「そうなんです。白龍様に大変な失礼なことだったので、翌朝一番に、一条と三条を連れてお詫びに伺いましたので、大丈夫ですよ。それで、蛟様は、我が家の食堂で、少し暴れてしまわれたので、家令が止めに入りまして、それで床に蛟様がめり込まれた時は、どうやって黒龍様にお詫びしようかと思ったのですが、黒龍様は大変お優しくて・・・」

「ちょっと待てーっ。彰人、また話が色々とおかしいぞ」


 今度は上皇陛下がお父さまをお止めになった。お父さま、父様の武勇伝を語る時は、かなり天然が入るんだよね。陛下方がお聞きになりたいのは、そこじゃないと思うよ。


 そんなお父さまから、事情を聞き終わるまで、結局、小一時間もかかってしまい、謁見が終わる頃には、玉座の陛下も、その周りの方々も、げっそりとしてやつれた感じになっていた。やつれても、梅壺妃と二人の弟宮様方は、まだまだ美しかった。ちっ。

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