第2話 牧田の弱点

 でろーんと伸びた猫又を、ずりずりと引きずりながら、私と真護の前を、小柄な少年が歩いている。


「明楽君、ごめんってばー」

「僕もごめーん。機嫌、直してよー」


 私と真護が猫又を放置しようとしたのは、猫好きには許しがたい残虐非道な行為らしい。


「だから、猫じゃなくて、猫又なんだってばー」と言う私と真護の言い訳は、ことごとく却下されてしまった。


「明楽くーん、猫又の足、すり傷だらけになるよー」

「尻尾にも、傷が出来ちゃうよー」


 明楽君の身長では、伸び切った猫股を抱えると、どうしても猫又の尻尾と後ろ脚が地面に擦れて、引き摺る感じになる。それでも、ぷりぷりしながら、猫又を引き摺って歩く明楽君の後ろを、私と真護が、半笑いを隠しつつ謝罪と弁解をしながら、ついて行く。明楽君は、真剣に怒っているんだけど、ご機嫌ななめな仔犬のようで、何か可愛いんだよね。私の豆柴ちゃんは、怒っていても癒し系だよ。


 結局、猫股が傷つくという理由で、明楽君が折れて、真護と共同で【風壁】で箱を作り、私が【風天】で浮かせて運ぶということになった。三人集まれば文殊の知恵というからね。手前味噌だけど、なかなか良い連携だと思う。うん、友達同士は、仲良くしないとね。


 ぷかぷかと猫又を浮かべたまま、我が家の門をくぐると、予想通り、牧田が玄関の扉を開けて待っていた。怖い。あの凪いだ海のような静かな笑顔が怖すぎるって。


「若様、うちは毛が飛ぶものはダメだって、ずっとお教えしておりますよね。それは、元の場所に戻して来て下さい」


 ほら、来た。牧田は、他の妖には厳しいからね。毛の飛ぶものだけじゃなくて、鱗のあるものでも何でも、妖が私に会いに来ると、もの凄く機嫌が悪くなるんだよ。


「私じゃなくて、明楽君が家に連れて帰りたいんだって」

「牧田さん、うちに連れて帰りますから、迎えが来るまで、嘉承のお家に入れちゃ、ダメですか。絶対に風壁の中から出しませんから」


 牧田は、ガチガチの猫派の小野家は、あんまりお好みではないようだけど、お祖父さまと同じで、基本、小さい子には甘い。1400年も、人間(推定)の家で教育係兼家令なんて酔狂なことをやっているくらいだからね。


 そんな牧田は、私の友達の中でも、特に、明楽君には甘い。西都に来た経緯のこともあるし、同年齢の子供に比べて小柄なこともあるからだろう。黒目がちで、まん丸な豆柴みたいな目が潤むと、庇護欲がむくむくと湧いてくるらしく、結局、いつも折れちゃうんだよね。明楽君には、うちの絶対強者を丸め込む才能があるようだ。なんて、恐ろしい子。


「しょうがないですねぇ。風壁からは出さないでくださいよ。それと、小野子爵邸に連れて行く前に、必ず、私に話をさせてくださいね。こやつの裏には、なかなかの強者が付いているようですので、小野一族に禍がないように、私の方からきちんと、お話をしておきますので」


 ・・・お話ねぇ。


 まぁ、妖のことは、すべからく、牧田に任せておけば、間違いはないだろう。


「うん、分かった。ありがとう、牧田さん」


【風壁】を浮かしたまま、いつものように、私の部屋に行くと、すぐに牧田がお菓子やお茶を持って来てくれた。相変わらず【風壁】の中で、でろーんと伸びたままの猫又を見て、牧田が、もの凄く嫌そうな顔をした。


「これは、那智の黒羽の手先のようですね」

「何それ?」

「黒羽は、帝都の北東の山間やまあいに棲む黒龍のことですよ」

「牧田さん、この子、千台から来たって言ってたよ。黒龍様のお使いで、ふーちゃんを連れて帰らないと、千台に戻れないって泣いてた」


 私と牧田の会話を聞いて、明楽君が、従順なわんこのように、びしっと手を上げて牧田に報告した。明楽君、いつから君は、牧田の手先になっちゃったのかな。私の側近になってくれるんじゃなかったの。


「ほう。若様を連れて帰ると・・・」


 瞬間、牧田から、恐ろしい殺気が放たれた。目つきが怖いよ。牙と爪もちょっと出ちゃってるってば。


 ビクッとする私の横で、真護と明楽君は、そんな牧田を前に、目を輝かせている。真護は、バトルジャンキーの東条家の嫡男だし、明楽君は、好奇心が服を着て歩いている小野一族の子だからなのか、二人は、ちょっとダークモードの牧田が大好きだ。


 私は、二人の知らない妖力全開の銀狼モードの牧田が大好きだな。大きくて強くて、三角のお耳もピンとして、カッコいいんだよ。なんといっても、もふもふで、キラキラだしね。


「牧田、その黒龍さまが、何で私に会いたがるの?」

「分かりません。不比等様と仲が良かったのは、貴船の白龍と、西国の那智の方の黒龍なんですがね」

「私、どちらともお会いしたことがないのに、あっちの黒龍さまに呼ばれたから、先にご挨拶に行きましたっていうのは、西国に住まわせて頂いている者としてはよろしくないよね」

「別によろしいのでは。どこの龍や麒麟や鳳凰に会いにいくのも若様の自由でしょう」


 牧田の衝撃的な発言に、真護と明楽君は、うんうんと頷いている。いつのまにか、牧田のペースに完全に引き込まれているよね、この二人。


「いやいや、牧田、今、何か、しれっともの凄いことを言ったよね。麒麟や鳳凰までいるの、この国?」

「いえ、あの連中は、世界中を放浪していますから、曙光帝国に棲んでいるのは、龍族くらいですかね」


 ・・・ということは、存在しているんだ。しかも龍は、曙光に棲んでいるんだ。


「とにかく、若様に、こんな小物を使って、会いに来いなどと、全く礼儀がなっていない」

「そうだよ。魔皇帝には、誰にも指図はできないよ」


 牧田の言葉に真護がぶんぶんと首肯して同意した。だから、真護、お前は、私を魔皇帝にするという、その珍妙な野望は、さっさと捨てろ。


「でも、この猫ちゃんは、かわいいよね」


 ・・・明楽君、君は、いつもとっても平和だね。明楽君に毒気を抜かれて、さすがの牧田も苦笑するしかないようだ。


「じゃあ、絶対に【風壁】からは出さないでくださいよ。これだけ小さい妖だと、嘉承と瑞祥の両方の魔力が漂っているこの場所では、逆にかわいそうなことになりますからね」

「「「はーい」」」


 三人で良い子のお返事をすると、牧田が、追加でお菓子を沢山出してくれた。


 うん。やっぱり、うちの最強の家令は子供に弱い。

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