ふーちゃんと黒龍

第1話 猫又パンチ君

[本編の一章と二章の間の時間軸のゆるいお話・・・の予定です]


 怒涛の一年生が終わり、この春、私達は、西都公達学園の二年に進級する。秋からの半年は、訳が分からない日々の連続だった。ああ、二年生は平穏に過ごしたいよ。


 ダラダラしていると子豚の呪いが強化されて太ると父様に脅されているので、私は、週日、週末関係なく、毎日、同じ時間に起きて、お祖父さまと一緒に朝食の席につく。お祖父さまは、朝食が終わると病院に行かれるので、私は、学校がない日や週末は、瑞祥家で、董子お母さまのもう一つのお仕事の調香のお手伝いをしたり、理人兄様と真人兄様に、土と水の制御を見てもらったりしている。


それ以外にも、今年から、小野の峰守お爺様の風の制御の特訓を受けているので、真護と毎週土曜日の朝は小野子爵家の領地がある山科に通っている。特訓の後、小野子爵邸でお昼ご飯を頂いてから、明楽君も一緒に私達と車で、嘉瑞山まで移動する。そして、他の新二年生の公家の子達と一緒に霊泉先生のお宅で、曙光帝国の裏歴史を教わっているので、なかなかに忙しい小学生なんだよ。


 裏歴史が、実は、帝国の真の歴史で、学校で教わる帝国史と違い、とてもじゃないが表には出せないような内容ばかりだ。例えば、不比等のやんごとないお父様が、帝国で唯一と言われたクーデターを起こした裏の事情とか。最近で言うと、検非違使庁が内裏から消えた真の理由とか、そういう世間には公表できないが、史実として、これから帝国の政治経済、文化を担っていくことになる西都の公達は、小学生から高校生になるまで、霊泉先生の講義を、がっつりと受けることになっている。


 霊泉伯爵邸は、嘉承家から歩いても10分ほどの距離なので、先生の講義が終わると、我が家に歩いて帰り、小野家の車が迎えに来るまで、三人でお菓子を食べながら、ゲームをしたりするのがいつものパターンだ。


 今日も、先生のお宅から、三人で嘉承家に向かって歩いていると、明楽君が、「そうだ!」と思い出したように声を上げた。


「来週から、春休みでしょ。ふーちゃんと真護君と一緒に帝都に遊びにおいでって、良真よしざねお兄ちゃんから電話があって、二人の予定を訊いておくようにって言われてたんだよ」


 良真お兄ちゃんというのは、明楽君の実父の故・鷹邑たかむら卿の次兄で、外務省に勤める国家官僚だが、性格的にうちの双子の叔父様たちに近いクセが強めの御仁だ。


「私は、学校があっても、休みでも、父様がガミガミうるさいから、あんまり普段と変わらない生活をするというのが予定かな。夏休みと同じで、稲荷屋には何日か通うつもりだけど」


 私は、稲荷屋で職人さん達にお菓子作りを習うのが趣味なので、この春も、季節のお菓子を作りたいんだよね。鶯餅とか桜餅とか。ドルチェ・ヴォルぺで洋菓子作りを習うのもいいかも。


「僕も、特に出かける予定はないよ。帝都には行ったことがないから、行ってみたい!」

「真護、学校が休みの時は、弟の面倒をみろって、享護おじさまに言われてるんじゃないの?」

「少しくらいなら、大丈夫。姉様もいることだしね。そう言うふーちゃんだって、この春は瑞祥と貴船に行くって言ってたよね」


 瑞祥は、水の側近の一条と三条で、毎年、春先に貴船にお参りに行く。私は嘉承の子供だけど、水の魔力を持っているので、今年は、お父さまが連れて行って下さることになっていた。


「あ、そうだったよ。貴船詣でに行く日以外なら、いいよ」

「ええ~っ、若様は、貴船の白龍様よりも、うちの黒龍様のところに行くべきですよ」


 突然、聞いたこともない声が、私たちの後ろで聞こえたので、振り返ると、口の周りと手足の先に白い毛の生えた黒猫が二本足で立っていた。


 ・・・出たよ。また、何か、変なのが出てきた。


「誰?」


 どう見ても、妖だけど、一応、尋ねる。


「こんにちは、若様。私、猫又のパンチと言います~」

「ねこまたのぱんち君?」


 ああ、猫パンチか。由来の分かりやすい名前だな。先の割れた尻尾をゆらゆらしながら、猫の妖が頷いた。


「ごきげんよう、パンチ君。それで、私に何か用?」

「はい、黒龍様のお使いで参りました」


 くふっと猫又が笑った。危ない、危ない。妖が、こういう風に笑うと、絶対に、おかしなことに巻き込まれる。この手の小さい妖は、ちょっとした悪戯が大好きだ。しかも、黒龍様って何だよ。見たことどころか、聞いたこともないけど、龍は強大な力を持つ神獣だ。興味本位で関わるような存在じゃない。


「えーと、うちは、系統で言うと、先祖代々、銀狼一択の一族なんだよね。ちなみに、この子はオオサンショウウオ派で、この子はモフモフ信者だから、宗派が違いますって、黒龍様にお伝えしておいてくれるかな。じゃあね、パンチ君」


 そう言って、さっさと歩き去ろうとすると、黒猫の前足が、がっつりと私の右足を抱え込んで、うにゃうにゃと泣き始めた。


「若様っ、お願いですー。私、若様を、黒龍様のところにお連れしないと、千台に帰れないんですー」

「だったら、西都に住んだらいいよ。住めば、都って・・・」

「千台っ、猫ちゃん、今、千台って言った?」


 私と猫又が揉めていると、明楽君が、割って入った。千台は明楽君の出まれ育った土地だから、思わず反応しちゃうよね。ところが、話しかけられた猫又は、つーんとして明楽君を無視している。おい、そこの猫又、態度が悪いよ。


「パンチ君、この子は、私の親友だよ。そういう無礼な態度だと、いくら黒龍様の使者でも、銀狼に告げ口しちゃうからね」

「ひいいいいいっ。ぎ、ぎ、ぎんろーさま・・・」


 猫又の態度にむっとして、ちょっとだけ意地悪をするつもりが、銀狼と聞いたとたんに、ぱたりと猫股が倒れてしまった。


「ふーちゃん、気絶しちゃったよ。どうするの?」

「うーん、うちは、医者のいる家だから、毛の飛ぶものは連れて帰るとダメだって、昔から、牧田に言われてるんだよ。そうだ、真護、優護に持って帰ってあげたら、喜ぶんじゃないの」

「いらない。うちは、皆、犬の方が好きだし、優護は、僕と同じでハンザキ派だもん」

「そっか。じゃあ、このまま放置で」


 私と真護が、歩き出そうとすると、明楽君が、私たちの前に、大きな【風壁】を出したので、二人ともごつんと大きな音を立ててぶつかってしまった。


「痛っ。明楽君、ひどいよ。不意打ちは止めてよ」

「ごめん、でも、気絶した猫ちゃんを放置はダメだよ」


 明楽君の小野家は、筋金入りの猫派だからね。でも、それは、普通の猫じゃないんだよ。


「明楽君、そいつ、猫又だよ。妖は、どんな弱っちく見えるやつでも、人間より何倍もタフだから、心配しなくていいって」


 真護が言うと、明楽君が、柄にもなく、ちょっとだけムキになった。


「でも、この子、千台から来たって言ってたよ。小さいのに、頑張って遠くから来たのに、放置とか、かわいそう過ぎるよ。ふーちゃんと真護君が保護してくれないんなら、僕が家に連れて帰る」

「明楽君、小さいって言っても、猫又なんだから、200歳は超えてるって。私たちのおじいさま達よりも年上なんだから、見かけに騙されちゃ、妖の思うツボだよ」


 私が、そう言っても、猫好きの血がなせるのか、明楽君は、地面にだらしなく伸びている黒猫を抱え上げた。背の高い真護と、ぽちゃの私よりも、一回り小さい明楽君が抱えて、うちまで歩いて帰るには、猫又は大き過ぎるように見えた。


「明楽君、妖を連れて帰ると、おうちの人達に迷惑がかかっちゃうかもよ」


 魔王と冥王と銀狼のいる我が家ならともかく、小野家は、普通の魔力持ちの家だ。トラブルの種を持ち込むのは、あんまり推奨しないよ。


「大丈夫。この子、喋ってたでしょ。話せる相手には、うちは強いからね」


 ・・・仰る通り。


 確かに、峰守お爺様と良真卿は、「目から鼻に抜ける」という諺通りの性格で、交渉もお得意だけど、小野子爵については、本当に世間で言われるほどに、切れ者なのか、いまだに疑問なんだよね。


「ふーちゃん、今、うちのお兄ちゃんのことで、失礼なこと、考えてるでしょ」


 あら、やだ。豆柴ちゃんも、エスパーだったの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る