第3話 少年悪魔軍団と母の菓子折り
嘉承公爵邸と、瑞祥公爵邸は、西都の中心から見て北西にある
嘉瑞山の麓から、風情のある竹林が続き、そこを抜けた先に、大きな門がある。嘉承公爵が魔力で作って下さった見事な馬車に、度肝を抜かれて、驚きが冷めやらないまま、公爵のお言葉のまま、ぽちゃぽちゃ少年団と妖の子供と一緒に揺られて、今、ここに至るという状況だ。
到着するなり、妖の子供は、嘉承家の家令だと紹介された、見事な銀髪で、ピリッとした雰囲気の、やけに目つきの鋭い男が引き取った。
そして、瑞祥家の、いかにも貴族家の執事風な執事が、淹れてくれたお茶と一緒に、先ほど稲荷屋が納品したお菓子を食べているこの場所は、異空間のような場所だった。瑞祥家に降嫁された内親王様のご結婚祝いに造られたサンルームらしいが、これは、そんな可愛らしい定義に納まる代物ではない。どこのサンルームに、ボートが何隻も浮かべる規模の池がある?池じゃなくて、ほとんど湖だろ。
「是善くん、陰陽寮は何と言っていたのかな」
都の公家文化の雅を極めたような雰囲気を持つ瑞祥公爵が、お尋ねになった。手には、繊細な意匠の施されたティーカップとソーサーを持っていらして、なんとも上品で、よくお似合いだ。
「はい、あの、嘉承公爵家ですからねぇ、と言われました」
一瞬、ぽちゃぽちゃ少年団から「でしょうね」という視線を感じたが、完全無視を決め込んで話を続ける。
「あの、閣下、銀狼は国を滅ぼしかねない特級の妖と聞き及んでおりますが、何もしなくてよいのでしょうか」
「特級の妖とは、九尾の狐レベルで、銀の狼となると、超特級だね。嘉承の守り神的な存在なので、下手に騒ぐと、銀の狼に、もれなく嘉承一族がついて来るから、滅多なことは考えない方がいいね」
ふふふふと、楽しそうに笑われる瑞祥公爵。いやいや、閣下、何で、そんな国の滅亡の危機を、紅茶に焼き菓子がついてくるようなノリでお話になるんですか。国の滅亡の危機ですよ。お分かりになってます?
なおも言い募ろうとすると、「誠護」と呼ばれていた、やけに目つきの鋭い少年が、がしっと私の腕をつかんで、囁いた。
「菅原の君、あと一年で帝都にお帰りになるんだよね。五体満足で帰らないと、優しい伯爵夫人がお嘆きになると思うよ」
「だっ、でっ、どっ・・・どういう意味だ、君?」
思わず、どもってしまったが、相手は小学生だ。大学生の私が怯えてどうする。
「別に。伯爵夫人に頂いたお菓子は、美味しかったなと思って」
「絡むな、誠護。申し訳ありません、菅原の君」
嘉承の若君が、側近を宥めて、謝罪の言葉を口にして頭を下げてくれた。その際、私に体を向けたので、全員が瑞祥公爵に背を向けるような形になった。
「ただ、うちでは銀の狼は特別なので、そこらの妖ごときと同じ系列に扱われるのは我慢ならないんですよ」
そう囁くと、突然、さっきまで笑顔だった少年達の顔が、悪魔のような恐ろしい表情になった。
「ひいいいっ、熱っ」
何故か、手に持っていたティーカップの取っ手が、熱を帯び、驚いて落としてしまった。繊細な意匠のティーカップが、サンルームの床の上で、ぱりんと音を立てて壊れた。
「是善君、大丈夫かい」
瑞祥公爵がお尋ねになると、ぽちゃぽちゃ少年団も、口々に「大丈夫ですかぁ」等と言って、私を心配しているような素振りを見せた。お前ら、公爵閣下の前で、キャラが違い過ぎるだろう!
瑞祥家の優秀なメイドが、壊れたカップの残骸を手早く片付け、執事が、新しいカップに、紅茶を淹れなおしてくれた。
「大変失礼をしました、閣下。申し訳ありません」
「全く問題ないよ。お茶が熱かったのかな。火傷しなかった?」
公爵閣下が、優雅に微笑みながら、訪ねて下さったが、熱かったのはお茶ではなくて、カップの取っ手だ。しかも、急に温度が変わった。あれは、火の魔力だろうか。いや、でも、魔力の揺らぎを全く感じなかった。こんな小学生が、そこまでの制御を可能にしているのか。いや、嘉承は、帝国一の強大な魔力を持つ一族だ。小学生といえども、侮ってはいけないのかもしれない。
「はい、大丈夫です。お騒がせをしまして」
ぽちゃぽちゃ少年団あらため、猫かぶり悪魔軍団を刺激しないようにしなければ。今すぐにでも逃げ出したいが、大公爵家の不興を買えば、我が家にどんな災難が降りかかるやら。それに、この猫かぶり悪魔集団も、子供のくせに、嘉承の君は、侯爵位、側近は、伯爵位を持っているからな。まとめて敵に回すと、私の将来の出世の道が
「閣下、皆さんに、菅原家がお贈りしたという菓子折ですが、もしや、稲荷屋のどら焼きと季節の菓子でしょうか。我が家では、いつもそれらを注文するものですから、目と舌の肥えた西都の皆様に、平凡なものをお贈りしてしまったのではないかと・・・」
どうだっ!お菓子の話題。これほど無難な話題はないぞ。しかも、西都の公家をさりげなく持ち上げるという、この周到さよ。我ながら、あっぱれ。菅原是善、お前は、やっぱり、明日の帝国の未来を担うに相応しいやつだ!
「いやいや、是善君、あれを平凡と呼ぶ公家は、西都にはいないと思うよ。さすがに、帝都の流行りは斬新で違うねぇ、と、先日の二条の歌会でも、噂になっていたくらいだよ」
は?噂になるくらい、斬新なお菓子だと?
「いやいやいや、そんなはずはありません。二条侯爵の歌会といえば、帝国でも三本の指に入る盛況な歌会と聞き及んでおります。そんなお席で、菅原がお贈りした菓子折ごときが噂になるなど、にわかには、信じがたいのですが。ああ、閣下はお優しいから、そう仰っているだけですね」
そうか、これは、瑞祥公爵閣下のお世辞だな。「結構なものを頂いて」とは、いささか使い古されたフレーズだし、公爵は、奥ゆかしい方だから、ダイレクトな表現はお好きではないのだろう。うちが用意した菓子折が歌会で噂になっていた、と婉曲的に趣味の良さと心遣いを褒めてくださっているわけか。なるほど、こういうところが、瑞祥公爵家が、帝国の雅の頂点と言われる所以というやつだな。
「僕たちのクラスでも、すごい盛り上がってたよ」
おい、そこの茶髪のガキんちょ、お前は、誠護だな。もう覚えたぞ。お前には聞いていない。私と閣下の大人の話に入ってくるな。何で、菅原が用意した菓子折が、小学生の話題になんぞ上るのだ。
「うん、女の子達が、気持ち悪いって言ってたよね」
「はあああああああっ!?」
更に明るい茶色い髪をした少年の言葉に、思わず、素で反応してしまった。おい、こら、そこのガキんちょ、何がどうなったら、そこらの菓子折が気持ち悪くなるんだ。滅多なことを公爵閣下の御前で言うんじゃない。
「いやっ、あのっ。閣下、大変失礼しました」
「ああ、うん、問題ないよ。こちらこそ、佳比古が失礼したね」
慌てて謝罪すると、瑞祥公爵閣下が、優美に微笑んで許してくださり、佳比古とかいうガキんちょの失言も詫びて下さった。まったく、躾のなっていないガキどもが周りにいると、閣下もご苦労されるな。第一、こいつらは、嘉承一族で、瑞祥ではないだろう。何で、嘉承の極悪ガキどもが、瑞祥家で自分の家のようにくつろいでいるんだ。
「でも、頼人おじさま、本当なんだよ。お母さまも篤子も言ってたし。ね、時貞、博實」
佳比古が、食い下がり、隣に座っていた、少年たちに同意を求めた。
「うちも、母上が言ってました」
「うん。僕の母様も同じこと言ってたよ」
時貞と博實も、一緒になって、閣下にしなくてもいい報告をする。お前ら、まとめて顔と名前は覚えたからな。左から、佳比古、時貞、博實、誠護、そして、嘉承長人!将来、私が父上の後を継いで宰相になった暁には、全員、天誅をくれてやるからなっ。
「まぁまぁ、皆。姫達には、ちょっと斬新過ぎたデザインだったのかもしれないね。品物自体は、とても美味しいお菓子だから、有難く頂いたよね」
そうだ、ガキんちょども。帝都のセンスは、お前たちのような子供には分かるまい。ところで、母は、一体、何を稲荷屋に頼んだんだ。
「あの、閣下、恐れながら、うちの母が西都の皆様にお贈りした菓子折りとは、一体、どのようなものでしょうか。あいにく、私は、こちらに来る準備で忙しくしていたので、母からは、ご挨拶を皆様に差し上げたという話を聞いた時、お手紙を出したのかと勘違いして、詳細は聞いておりませんでした。菓子折りの件は、実は、今日、初めて知ったような次第です」
私がそう申し上げると、公爵閣下は、ほんの一瞬、逡巡されたようなご様子だったが、また、雅で上品な所作で、手に持っていたカップをソーサーに戻しながら、微笑んでくださった。
「ああ、そうなのかい。うちに贈ってもらった分は、もう美味しく頂いちゃって、うちの姫がお礼のお手紙を菅原伯爵夫人にお送りしてね。もう手元には残っていないと思うよ。ごめんね」
なるほど、なるほど、瑞祥の大姫様というと、まだお若いながらも、すでに現代の三蹟にお名前が上がるほどに、流麗な文字をお書きになることで有名な御方だ。お母君は、今上陛下の妹君でもあらせられるし、何と言っても、陛下のみならず、皇后陛下からも、東宮殿下からも覚えがめでたい。そんなやんごとない姫様が、わざわざ御礼状までお送りくださったのか。我が母ながら、グッジョブ!
「いえいえ、喜んでくださったのであれば、何よりです。稲荷屋にいけば、お菓子のデザインが残っているかもしれませんので、時間のある時に寄ってみます」
「お菓子、全部、残ってるよ!」
だから、私と閣下の大人の会話に、ガキんちょは、入って来るな!おおっと、これは、猫かぶり悪魔軍団の大将・・・じゃなくて、嘉承公爵家の嫡男の長人様か。ちっ。面倒くさいが、侯爵位を持つ子供は無碍にはできない。
「残っているんですか、嘉承の君」
「うん。手つかずであるから、菅原の君にあげるよ。【召喚】するね」
嘉承の君が、そう言うと、瑞祥公爵閣下が、慌てたように仰った。
「長人、ダメだよ。ご厚意で贈ってくださったものをお戻しするなんて、失礼な・・・」
「【召喚】」
ところが、閣下の言葉が終わらないうちに、嘉承の君が、菓子折を【召喚】してしまった。
・・・はああああああっっ!?
「しょっ、しょーかん?商館、娼館・・・何を言っているんだ、私は。いや、そうじゃなくて、召喚?」
目の前で起きたことが、あまりに衝撃的過ぎて、公爵閣下の前だというのに、立ち上がってしまった。
ちょっと待て、そこの猫かぶり悪魔軍団の大将こと、嘉承長人。【召喚】は、失われた古代の魔法だ。始祖様が使ったという伝説の技だぞ。
「うん、そうだよ。はい、これ。丸ごと持って帰ってね」
そう言いながら、ぽちゃ少年が、何事もないような涼し気な顔で、稲荷屋の綺麗な化粧箱の菓子折りを私の前に差し出した。な、なんだ、何の手品だ、これは。
「長人、失礼が過ぎるよ」
始祖様の伝説の魔法を、魔力の揺らぎもなく、行使出来るだと。あまりの衝撃で、嘉承の君を窘める瑞祥公爵閣下の声も、どこか遠くで聞こえるようだ。動悸が激しくなり、震える手で、菓子折りを受け取り、化粧箱の蓋を取る。
そして、そこには、24個の小ぶりの紅白饅頭があった。ただ一つ、普通の紅白饅頭と違うのは、それぞれの饅頭に、私の顔を模した焼き印が施されていたことだ。
・・・確かに、これは気色悪い。
そして、私は、今日、生涯の学びを三つ得た。
一つ。うちの母は、頓珍漢だ。何で、こんなものを西都の公家に贈るんだっ。どうりで、誰もが私の顔を知っているわけだ。
二つ。稲荷屋は、帝国一の技を持った菓子屋だ。何で、こんなに本人に似せて作れるんだっ。
三つ。嘉承一族は、厄介だ。金輪際、関りを持たないようにしよう。そして、これを今後、我が家の家訓として、末代まで伝えるぞっ。
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読んで下さって、ありがとうございました。菅原みっちー宰相のお父上の若いころのお話、三話の完結編です。ちなみに、菅原道真公のお父さまのお名前を、お借りしています。
ふーちゃんのお祖父さまは、頼人ひいおじいさまの前では、子供っぽく振る舞うので、言葉遣いが違います。脳筋の多い嘉承一族には、珍しい知能犯ですね。
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