第2話 瑞祥公爵と子供達
ものの数分で、誠護と呼ばれた少年が、都の公卿はかくあらんといった優美な紳士と一緒に戻って来た。早くないか、少年。瑞祥公爵は、そんなに近くにおられたのか。
「誠護、制御が上手くなったね。【風天】の安定感が素晴らしかったよ」
紳士が少年の頭を優しく撫でると、少年は、照れたような顔をして、嬉しそうに、嘉承の君の横に戻った。【風天】、そうか、あの子は、嘉承の側近の四侯爵家の子か。風だとすると、
紳士が、私の方に視線を向けて来られたので、目線を下に落とす。この方は、間違いなく瑞祥公爵か、その縁にある高位の公卿だ。
「ああ、菅原の君じゃないか。ごきげんよう」
はぁ?何で、この貴人まで私をご存知なんだ。私は、お目にかかったことはないぞ。
「はい、あの、菅原
「西都によく来たね。瑞祥家の
やっぱり瑞祥公爵閣下ご本人でいらっしゃった。こんな道端に、何で公爵位にある高貴な方が供もつけずに立っておられるんだ。あまりな大物の登場と、謎過ぎる西都の公卿の生態に、目が泳いでしまう。
「お父さま、この子を水で洗って下さい。このまま、嘉承に連れて帰ったら、牧田に怒られちゃう気がするんです。牧田は綺麗好きだから」
嘉承の君が、瑞祥公爵に妖の子を見せた。
「おや、銀狼の子だね。銀の狼が山を下りてくるなんて珍しいことがあるもんだね。1400年ぶりだよ。洗ってあげるのは、もちろんだけど、先ずは、怪我をしていないか調べてあげようね」
ぎ、ぎ、ぎ、銀狼?それは、もしや始祖様と戦ったという伝説の大妖では?
「こ・・・公爵閣下、銀狼というのは、妖の王族とも言われる存在。危険ではないでしょうか。ここは、陰陽寮に速やかに連絡を」
「うん。大丈夫だよ、菅原の君。こんな可愛い子が悪さをするわけがないし、長人を横に置いているから心配はいらないよ」
「閣下、恐れながら、可愛い子が悪さをしないというのは、ちょっとよく分からないのですが。それに、嘉承の君を横に置くと心配はいらないというのも、何でしょうか」
不敬を承知で公爵閣下の御身の安全の為に申し上げると、嘉承の君が、いきなり私のシャツの袖をつかんで軽く引っ張った。
「そういうのは考えると負けなんだよ。菅原の君は、西都では苦労するタイプだね」
何だ、それは。何故、小学生にこの私が同情されるんだ。
「長人が横にいれば、妖は悪さが出来なくてね。嫌でも、その後ろの絶対強者の存在に気づいてしまうからだろうね。鼻の利く銀狼の子なら、なおさら、ね」
そう言いながら、閣下が優しい手つきで狼の尻尾の生えた子の体を撫でた。魔力スキャンか。初めて見た。
「頼人おじさま、それは、いつも、なーくんが髪と身だしなみを整えてもらっているからですよね。マーキングって言うんですよね」
茶色い髪で色白の子が得意げに言うと、瑞祥公爵が頷いた。
「そうだね、佳比古。だから、長人は妖から避けられているわけだね」
絶対強者というと、先ほど、少年達に、大魔神と呼ばれた嘉承公爵閣下のことだろうか。西都の大公爵が子供にマーキング?何だ、それは?
子供達と話をしながらも、瑞祥公爵が魔力スキャンを続けた。驚いたのは、閣下が手を翳したところから、どんどん汚れていた子供の体が綺麗になっていくことだ。魔力の揺れも何も感じなかった。さすがは魔都の大公爵。魔力も制御も素晴らしく洗練されている。
「うん、大きな怪我はなさそうだね。誠護、佳比古、時影、博實、四人でこの子を、ゆっくりと仰向きにできるかな。長人は、この子の目に入るところに立っているようにね」
「はーい」
やけにふてぶてしい・・・じゃなくて、堂々とした佇まい、そのままで言うと、ぽっちゃり気味の五人の子供達が良い子の返事をした。こいつらは、瑞祥公爵が現れてから、何か態度が変わっていないか。そんなに素直な良い子の印象じゃなかったぞ。
四人の少年が、「せーの!」と掛け声をかけて、妖の子供の体をうまく仰向きにした。瑞祥公爵が、素早く手を翳すと、泥だらけだった顔も体も全て、あっという間に清潔になった。服はボロボロのままだったが、見た感じは、かなりマシになっている。
「お父さま、【回復】をかけてあげたらいいのでは?」
「長人、この子は魔力ではなくて、妖力というものを持っているから、【回復】は、あんまり効果が出ないんだよ」
瑞祥公爵が、嘉承の君に説明していると、妖の子の瞼が動いた。
「おじさま、なー君、気がついたみたいだよ」
屈みこんでいた、ぽっちゃりした少年たちの一人が気がついて、二人に報告した。
「長人、側にいてあげなさい」
妖の子供が目を開けると、それは綺麗な青い瞳だった。なるほど、上位の妖ほど魅入ってしまうほどの容姿を持つというのは、本当の話だったのか。
「ニンゲン!」
妖の子供が驚いて飛び起きた。瞬間、ものすごい力を感じた。何だ、これは。妖の子供が鋭い爪を出し、ぐるぐると唸って嘉承の君に威嚇しているというのに、誰一人顔色ひとつ変えない。ちょっと待て、そこのぽちゃぽちゃ少年団。何故、怖がらない?これでは、一人で怯えている私がえらく滑稽じゃないか。
「お前、牧田に会いに来たんだろう。連れて行ってやるぞ」
「まきた?」
「四つの魔力の君の子供のお世話をしている銀の狼に会いたいんでしょう?」
瑞祥公爵が優しく話しかけると、妖の子供が急に大人しくなった。
「小さいニンゲン、伯父上の匂いがする」
「うん。一緒に住んでいるからな。お前、山から会いに来たのか?」
嘉承の君が、妖の子供に話しかけると、素直に頷いた。なんと、嘉承の君は、妖と一緒に住んでいるというのか。これは、間違いなく陰陽寮に報告すべき案件だ。しかも伝説の銀狼。これは、報告しないと謀反と見なされてしまうのではないだろうか。何ということだ。あの優美な瑞祥公爵閣下もご存知のご様子ではないか。
「こ、これはもしや、瑞祥、嘉承、両公爵家の危機?」
「お兄さん、滅多なことは考えない方がいいよ」
私の後ろに、やけに冷めた感じの黒髪黒目の影のある少年が立っていた。い、いつの間に!誰なんだ、このぽちゃ少年は。ここは、ぽちゃばっかりだな。
「若様、今から、お菓子のお届けに上がろうと思っておりましたので、お帰りになるんでしたら、一緒にお屋敷に伺っても宜しいでしょうか」
ぽちゃ代表の福々しいえびす顔の稲荷屋の主人が、嘉承の君に話しかけた。後ろには、手代と思われる男達がいくつも箱を抱えて立っている。
「うん、もちろん。あっ、こんちゃん、こいつに食わせたいから、今、一箱ちょうだい」
嘉承の君が手を出すと、手代の一人が屈んだ。「おっ、兄ちゃん、ありがとな」と言って、気軽に一番上の箱を取ると、妖の子供の前で、かぱっと蓋を開けた。
「お前、腹減ってるだろ。家に帰ったら、ちゃんとした食事を出してやるけど、その前に、これ食べてろよ」
妖の子供は、きょとんとしている。嘉承の君は、何で、こんなに商人たちや妖に気安いんだ。それに口調がおかしい。公家文化の頂点に立つ瑞祥公爵に養育してもらって、何故、そんな下町のチンピラ風になる?
「これ、西都で一番美味しい菓子屋のお菓子だから、食べてみなよ」
「そうそう。あ、僕が毒見してあげようか」
「博實は、自分が食べたいだけだろ」
ぽちゃぽちゃ少年団が、妖の子を囲む。妖に容易に近づくな。危なすぎるだろう。妖を見たら、素早く陰陽寮に通報という当たり前のことが、何故できないんだ、西都民!
「閣下、その、陰陽寮に報告をしなくて良いのでしょうか」
「うーん、別に必要はないけど、菅原の君がどうしても報告をしたいというのであれば、好きにしてくれて構わないよ」
何ということだ。西都・西国の統治者であられる大公爵の瑞祥頼人様が、必要ないなどと。私が、悶々としている横で、ぽちゃぽちゃ少年団は、妖の子との距離を縮めて一緒にお菓子を食べている。
「美味いだろ。もっとあるから、遠慮なく食えよ」
嘉承の君、妖を餌付けしてどうするっ!
「さて、体も綺麗になったし、お腹もふくれたようだから、そろそろ家に帰ろうか」
「はーい」
ぽちゃぽちゃ少年団が、瑞祥公爵の言葉に元気に返事をする。このちびっこ軍団は、何かおかしい。態度が突然、下町の悪童になったり、お公家の素直な良い子になったり。
「菅原の君も、よかったら、うちに来る?お茶にしよう」
いやいやいや、閣下、ですから、お茶なんかしている場合じゃないんですって。お家の危機なんです。お願いですから、陰陽寮に報告を!
その日、結局、嘉承の御屋敷で、瑞祥公爵と、ぽちゃぽちゃ少年団の五人組と一緒にお茶を飲むことになった私は、嘉承家の見事な銀髪をなでつけた、ぱりっとした家令が持ってきてくれた電話器で、西都に妖の最上位と呼ばれる銀狼がいることを陰陽寮に報告した。
電話に出た陰陽寮の職員の反応は、西都民と全く同じだった。
「でしょうねぇ。嘉承公爵家ですから」
・・・だから、何でそうなる?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます