第9話

しょっぱい、と少し年上の無精髭の彼が指を舐めながら言う。


どうしてそんなの舐められるの?


きみは、おれのが飲めるか?においを嗅いだことは?


イカの匂いだって聞いたことがある。


出してみて。


女は勇気を出して言う。


恥ずかしい思い出があるの。私、家族旅行で車の中で、その、スルメを食べたの。好物に駄菓子があって。それで。


男は聞いてくれる。それで?


みんな何も言わなかったわ。友達のセックスも、ゴムの匂いが気になったし。どうして誰も何も言ってくれないの?体験するしかないじゃない。


そこで女は気持ち悪くなったのか酒で飲み込む。


あなたのなら、平気そう。わたしのも舐めてくれたもの。でも、どうしよう。


……マフィアが、こわくないか?


唐突に男が少年のように聞く。


世が明けるまで語り合いたいくらい、貴方のことは好きよ。1人でするのも、罪深い、と思うくらいに、貴方を知りたかった。


わたし。私。あなた。貴方。きみ。おまえ。今夜だけでいろんなものと出会えた。


おしえて?


女が聞く。


私のからだ、気持ちよかった?


男は正直に答える。女の知識の外だった。


そんなに経験豊富なの?あなたは


女は、さっきまでの情事を思い出す。

とても自分だとは思えない。


あなた、とてもやさしかった。


最高だったと言いたい。


いつか、手でさせて。それから、口でするのも男の人は嬉しいの?


恋人でもないのにしてしまった。けど、気持ちよかった。やっと思いを遂げられた。大人の社会で生きてきたからか、彼の調子が、いまだけ若々しく変わってくる。


次はもっといじめて。


そういうと。男が近づいてきて。女は片手でベッドに押し倒される。何度でもこうされたい。男はまたコンドームをつける。そして、ベッドにある、手近な大きなクッションを、男は女の腰の下に敷いた。女はされるがままなりに、戸惑う。


なに?や、だめ。


大事なところを手で覆い隠す。男がのける。

ちゃんと触ってから、


愛しい男の、まだ見慣れないそれが。男が手を添えながら。


声を抑える。もうすぐ夜が明けてしまうのではないか。それともまだ深夜なのか。口を手でおさえながら。ずん、ずん、とした今ではもう虜になってしまった痺れに腰がガクガクする。


小さく問う。


これは、なにっ?


つながっていることを訴えてくる。

きもちい、いい、いい、これはなに、だめ、あ、だめ。だめよ。こんなの、見えちゃう。ひどい。

止まらない。少年に戻ったかのような元殺し屋もおんなの声に夢中になっている。青春がやってきたかのように。

 

愛しい者の声は、それだけで性感帯だ。

本当はずっとキツくて、放してもらえなかった。

耳元で囁いてやる。

「うんとヒドくしてやっただろう?」

赤みがかった、赤煉瓦色のような髪色の男に。女はその日以来二度と会えなかった。

一度でも、手をつなぎたかったのに。


 ベッドで二人で寝ている時、彼は目をつむっているだけだった。

「してくれてありがとう」。静かに彼を見ていると。

つつまれたのは、俺のほうだ……

囁きでも呟きでもない、私に向けられた、言葉だったのか……。

 あの日言えてよかった。


「今夜、一緒にいてください」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一生に一度 明鏡止水 @miuraharuma30

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ