第5話

 施設に戻ると、先程の受付の女性が再び対応する。相変わらずの満面の笑みだった。


「また何かご用ですか?」


「ここ数年の信者のリストを見せていただけませんか?」


「あの、お分かりかと思いますが冥霊会には数千人の信者の方がいらっしゃいます。見せるとなると膨大な量になります。それに個人情報も含まれますのでそう簡単には…」


 やはり見せるわけにはいかないか、と思いながら磯塚は女性に耳打ちをする。


「令状も取れますが、大事にはしたくないでしょう。知能犯係にも目をつけられ、誘拐事件の容疑もかけられている。しかも今、後ろには記者もいます。ここで見せてくれれば記者には今日のことは記事にしないようにさせますよ。どうです?」


 女性は少しの沈黙の後、お待ちくださいとだけ言い残して奥の事務室に消える。


「大丈夫なんですか?あれじゃ脅しと言われてもおかしくないですよ」


 加野の指摘に磯塚は悪びれた様子もなく事務所を見る。


「脅しじゃなくて提案だよ。強制はしてないし、断る選択肢も与えてるんだ。どっちを選んでも自分の選択なんだから責任持てよ、ってことで」


 このずる賢さを使えば出世もてきたのではないか、と思うが磯塚にはそんな野望は無いことを加野は知っていた。少しすると奥から女性が戻ってきた。


「教祖様からの許可が出ました。奥の保管室に名簿がありますのでお進みください」


 三人は事務室に入る。中は企業の事務所にしか見えない簡素な内装で、数人の事務員が無表情でパソコンを見ていた。女性は奥の部屋に案内すると、部屋の電気をつける。六畳程の部屋に棚がいくつか並んでおり、そこに所狭しとファイルや本が並んでいた。その内の一列に十個程の分厚いファイルが並んでいた。


「こちらのファイルが信者リストになります。教祖様から個人情報を捜査以外に使わないこと、そして今日のことを記事にしないことを条件に出されています。この点だけよろしくお願いします」


 女性は部屋を出る時に終わりましたら声をかけてください、とだけ言い残して部屋を出る。その時の女性の顔には先程の笑みはなく、機械のような無表情が支配していた。背筋が凍るのを感じた鹿賀里は扉が閉まるのを確認するとファイルを取り出す。


「重い…一つで何キロあるんだよ」


「そりゃそうだろ。数千人強だぞ?まぁどうせ所轄しょかつの動きなんて把握されてないから時間はあるんだけどな」


「とにかくやりましょう。ゴミの回収業者、廃品回収の業者を中心に探しましょう」


 三人はそれぞれファイルを取り出すと、目が痛くなるような小さな文字列を一斉に追い始めた。

 リストを読み始めてから一時間、磯塚はファイルのページを見る。まだ半分も見ていないことにため息をつく。


「一時間でこれか。ファイルも一つ目だし、こりゃ一晩かかってもおかしくないぞ。あと七つあるぞ」


「今見てるファイルで見つかったら奇跡ですよ…」


 磯塚と加野が先の長さに絶望していた時、鹿賀里が見つけた、と声をあげる。磯塚と加野が反応するように鹿賀里が見ていたファイルを覗き込む。


保田朝三やすだともかず、個人経緯の廃品回収業者」


「でももしかしたら他にもいるかもしれない…」


「いやこの人、肩書きもついてる。ほら、『冥霊会勧誘役員』わかり易すぎだけどね」


 勧誘役員とは勧誘をする人たちのトップみたいなものだろうか。どちらにしろ、調べてみる価値はあるかもしれない。


「保田の廃棄物処理場の場所は…西多摩郡日の出町か。結構奥にあるな」


「でも誘拐して閉じ込めておくには目が付かない。ある意味最適な場所だね」


 鹿賀里の言葉に磯塚と加野も同意する。ファイルを元の場所に戻すと、三人は事務所の人達に軽く挨拶をして足早に施設を後にした。


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 中央自動車道の八王子JCTから圏央道を経由して日の出インターを出て左折、西方向に直進すると日の出町役場が見えた。東京にいながら自然豊かな景色を見てこんなところがあったのか、と鹿賀里は思う。警察にいた頃は北千住の街を忙しなく走り回っていたので自然をゆっくりと楽しむ余裕もなかった。警察を辞めてからもそんな余裕はなかったが。


「あれ、一般人が警察車両に勝手に乗ってていいんだっけ?」


「……共同捜査ってことで」


「その沈黙の間はあまり良くないって事ね……黙っておくよ」


 運転する加野は前だけ見て話す。フロントガラスの先には自然豊かな緑と、日の出町の由来でもある日の出山が見える。車は街中を抜け、人家が少なくなった山間の道を進む。見えてきたのは建設会社の事務所や廃品回収の事務所ばかりになり、そして北千住を出発してから一時間強で目的の場所に着いた。


「ありました。ここが保田朝三の廃品回収、廃棄物処理の会社ですね」


 門は閉じられており、人気は全くなかった。会社として機能していないことは明白だった。車を門の前に停め、錆びた門を見る。


「有限会社クリーンアップ……もう数年前から企業としては機能していないみたいですね」


「冥霊会の幹部として勧誘を多く行い、団体から報酬でも貰ってたのかも」


 割れた看板には緑色の字で会社名が書かれていたがそれも塗料がほぼ剥がれ落ちていた。錆びた門に手をかけると最初は動きそうにもなかったが、少し力を加えると端の方で何かが外れる音がして門が動く。加野と磯塚で門を開けると山のように積み重なった廃棄物と雑草が生い茂る事務所が見えた。三人は処理場に入るとそれぞれ場内を歩き始める。


「ここに保田朝三が潜伏してるですかね」


「さぁな。それよりも保田が誘拐犯だという確証も無いまま来てるからな……普通に『いますよ、何もしてませんよ』とか言われたら無駄足だぞ」


 加野と磯塚はそう話しながら事務所の方に入っていた鹿賀里が戻ってくるのを見る。


「写真撮ってたのか?」


「ゴシップ記者だけど、こういう社会問題の記事書いたっていいでしょ」


 そんな鹿賀里の言葉を聞いて加野は廃棄物を見る。冷蔵庫などの電化製品から、タイヤや生ゴミ、プラスチック製品など明らかに違法な処理をしていたのは間違いなかった。埋めてしまえば分からないかもしれないが、その埋めたものは確実に環境に影響を与えていく。だがそう言った廃棄物の処理に限界があるのも事実だ。だからこうして違法に頼る者も出てきしまうのかもしれない。

 三人はまだ埋められていない廃棄物の山の前に来る。刺すような臭いが鼻を突いた。


「ここが山奥でよかったよな。こんな悪臭街中に出てたらやばいぞ」


「でもこれって、私達が捨てたゴミもあるかもしれないってことでしょ。なら他人事じゃないかも」


「そうかもな……ていうかここに来たのは取材じゃないだろ。保田朝三と誘拐の証拠探しなんだから、せめて俺たちはそれを探そう」


 そうでしたね、と苦笑いする加野は事務所の方へ、磯塚は更に奥の作業場へ向かう。鹿賀里は廃棄物の山の前に残り写真を撮っていた。


「うわっ、ここら辺は特に臭いが凄いな……ここだけ生ゴミが多いのかな」


 廃棄物の山の一角にだけ異様な臭い、そしてハエが集っていた。近づきたくないのでカメラをズームさせてその近辺を写す。すると廃棄物の隙間から肌色のものが見えた。よく見るとその上にだけ明らかにハエが集っている。動物の死骸でもあるのか、と思い顔を顰めながら近づいていく。廃棄物処理場に行くとわかっていたので持ってきていた手袋をはめて廃棄物をどかしていく。徐々に下の物が見えてくる。そしてあるものが見えたところで鹿賀里の手が止まった。鹿賀里は息が詰まるのを感じ、嫌な汗が一気に溢れ出るのを抑えられなかった。しばらく唇を震わせ、そして大声を出した。


「加野!磯塚さん!こっちに来て!」


 二人は鹿賀里の異様な声に素早く反応し、鹿賀里の元へ駆け寄る。


「どうした!なにか見つけたか?」


 加野の問いに鹿賀里は顔を動かさず、ゆっくりと目の前のものに指を向ける。加野と磯塚はその指の先にあるものを見て、一瞬何があるのか分からなかったが職業病か、それが何なのかすぐに理解した。


「加野、すぐに捜査本部に連絡しろ」


「……わかりました」


 加野はその場から動かずに携帯を取りだし、捜査本部に連絡をする。

 廃棄物の隙間から見えたのは、人間の肌と髪の毛だった。

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