007 どろぼうの国 2日目



「昨日は驚いたなシル」


 ガオはときおり、ピコバールをシルと呼ぶ。天幕を張って開店の準備をするピコバールはとても忙しく、ガオの話しかけを適当にながす。


「いまも驚いてるけどな」


 ミアリーがいうのには、この四角い建物だらけの国には、お店がないという。たくさんの住人がこの移動販売店を遠巻きにみているが、始めてみる店の見物だ。


「さあ、よってらっしゃい見てらっしゃい。国内初、旅の人ピコさんのお店だよー! 好きなものを盗んでいきな。もちろん、監察員の目の届くところでね!」


 呼び込みをやってるのは案内役を買ってくれたミアリー。バンバンと、ハリセンで景気よくテーブルをたたいて、遠巻きだった人々を招き集める。ピコバールの店は、大勢に人にかこまれてしまった。


「ピコ、売りものより客のほうが多い!」


「それよりも、いまミアリー盗んでっていわなかったか」


 押せ押せの人込みの中、女の子が、魔法の杖を触った。


「これ」


「その杖がほしいの? お代は」


 女の子は杖を握りしめると、お客の渦にみえなくなった。お金は払ってない。


「あ、どろぼー!」


「お、さっそく盗まれたね! すごいよ」


 ミアリーがパチパチ、拍手する。からかっているわけでなく、女の子に入れ知恵したふうでもない。盗まれたことを手放しで喜んでる。


「すごいって」


 白昼どうどう、店主と大衆の目前から、売り物を盗んでいく。たしかにスゴイことだ。


「ピコ、ぼんやりよそ見はだめだ!」


 ガオの忠告にハッとしてテーブルをみれば、こんどは男。黒くて四角いガラクタを持って、立ち去ろうとしていた。「金を払え」と、ピコバールはとっ捕まえようとするが間に合わない。その、注意がテーブルから逸れたわずかのスキ、別の手が麦の束をつかんだ。


「こら、どろぼっ」


 ガオは叫んだ。人が寄せる狭い天幕じゃ動くこともできない。ダンプをガタガタさせることが、精一杯の警告だ。「どこかで誰か何か言った?」 と不思議そうにしてる女が、無料パンフレットを手に取る自然さで、魔法アイテムを持ち去った。


「あ、またッ」


「ガオ、動くな!」


 ガオの怒りが辛抱を超えた。感情がアクセルを押してモーター回転数をあげ、ゴム無限軌道クローラを前進させた。テーブルを倒し商品がばらまかれる。客とは名ばかりの人々は、おのおの、品物を拾い上げた。


 そんなこんなで、売り物は全部、数分もかからず盗まれてしまった。物がなくなるれば人もいなくなりあっという間に閑散に。


 ピコバールは、すとんと椅子に腰掛けた。


「……始めて完売した」


「強奪だろ。ピコの大事な商品を奪いやがって」


 ガオのモーターはオーバーヒート直前だ。天幕の前を行き来戻りつ、追いかける気迫に満ちるが、相手が多すぎて誰だか分からない。


「代金の10倍痛い目に遭わせて、死ぬほど反省させてやる。ピコ乗れ!」


 二人とは反対に、ミアリーがはしゃいでる。


「うっはー! よかったよかった!」


「……よくない」


 ミアリーは、むすっとしたピコバールの肩をたたいて、ニッコリ笑う。


「ピコが売ってる物、すっごくいい物なんだね。みんな喜んでだよ。あたしもひとつ盗めばよかったあ」


「盗む盗むってもう……どろぼうの国いやだ」


「そんなふてくされないで。明日こそ案内してあげるからさ」

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