007 どろぼうの国 3日目



 陽の昇った朝。天幕をちょいとだけ開けたピコバールは、ぼーっとしながら朝食のパンを口にいれていた。売る物がなければ開店できない。


「おっはよーピコにガオ。案内にきたよー。さっそく行こうか」


 バッグを肩に提げたミアリーが、元気よくやってきた。


「いいよ案内は。仕入できそうな店もみあたらないし、どうせ今日で国を出る」


「子供が、んなシケたこと言ってないで。ほら、観光すれば元気になるよ。ねっねっ」


「んーーー強引だな。出かけてくるから留守をよろしく。無茶はするなよ」


「請け負った。ドロボウが来たら血祭りにあげとく」


 どろぼうの国だけに、荒んだ暮らしぶりを想像していたピコバールだが、裏道にもスラムらしいものがない。楽しげに説明してくれるミアリー。ぶらりと後をついていく。


 初日にもあったが、店といえそうな建物は一軒もない。食堂や屋台など食べる店、鍛冶屋や木工職人はいる。物を商品として販売する店がないのだ。


 たいして広くもない町を一歩出ると、農地が広がっていた。小さな家とちんまりした田や畑がセットらしく。細い水路やあぜ道で区割りされてる。


「いい国でしょう? キレイだし平和そのもの」


「平和の概念が違うけど」


 今日はピコバールの口が冴えない。ミアリーの自慢は停まらない。ときおり盗人らしき人間が追いまわされるが、それさえのぞけば、平和な町である。


 ピコバールの目に、ミアリーの持ってるカバンが停まった。どこかで見た覚えがある。


「ミアリーそのカバン」


「ああこれ? あの男から盗み返したのよ。利息付きでね」


「盗み返した? 利息つきで? は?」


 頭上の吹き出しに、“???”が、スタンプされた。盗まれたカバンを取り返すことができたってことか、どうやって。ドロボウ宅に侵入したなら泥棒だ。利息つきの意味することは、ほかにも盗んできたワケで。犯罪を犯罪でやり返したミアリーはいったい?


「掟でね、歓迎されないどろぼうは倍返しって決まりがあるの。バレなきゃ丸儲けだけど、監察員。あの制服の連中は優秀だから、すぐに見つけ出す」


 メモをとっていた制服男のことか。私服の監察員もいて、その目から逃れることはほぼ不可能なのだとミアリーが笑う。


「その仕事は警察っぽいけど、なんか違うな」


 それなら、はなからドロボウを禁止にしておけば、街角に大勢を配置する仕事はいらなくなる。ずいぶんと回りくどい仕組みだ。


「お金の貯めこみ過ぎを許さない、自由を愛する慈善集団が作った国って言われてるからね。あたしは好きだよ」


「豪商から盗んだ金を貧乏人に配る、か」


 ピコバールが想像したのはどこか架空の捕物劇。屋根の上で小判をばらまく頬被りほっかむりの黒装束を、提灯の追手が、御用だ御用だと、取り囲む。


 ミアリーの、面白いがとりとめのない案内は陽がおちるまで続いた。引回わされたピコバールは昨日より疲弊して戻ったが、もっと疲れたガオが出迎える。


「おがえり、びご」


 ゴムクローラが取れそうなくらい憔悴してる。スピーカからの声は、雑音がひどくて聞き取れない。


「ど、どうしたんだ?」


 ダンプが満載だ。いろいろなものが山ほど積まれて、比喩ではなく、ゴムクローラがスプロケットから外れそうになってる。


「大変だったぞ。盗みに来いってあちこち連れまわされて。天幕は片付けてくれたけど、どろぼうの国いやだ」


 荷物であふれたダンプを撫で、ミアリーは歓喜で跳ねまわる。


「おーっ ちゃんと盗んでこれたね。盗んだヤツの物は盗まれる。黙って盗んだヤツは、こってり盗まれる。良いものを盗まれたら、回り回って、より良いものを盗む権利がもらえる。そうやってこの国は回っているの」


 ぶつぶつ交換だ。かなり面倒な仕組みだが、大きな輪で交換が成立しているのだ。


「んなまどろっこしい。通貨を挟めば楽じゃないか」


「お金はだめ。お金だけ集める人がでてどっかに歪がうまれる。どろぼうが一番なの」


 ピコバールは、二の句が継げないくらい驚いた。


「その発想はなかった」


 貨幣は、モノと物の循環を円滑にしてくれる。持ち運べるくらい軽くて、みんなが認める価値あるものをモノの間にはさむことで、1対1で交換しなくても、Aのモノを売った価値が別のZへ交換できる。


 社会が大きくなるほど欠かせない、便利な仕組みだ。その有用ないっぽう、隣り合わせな穴もある。介在するだけの“価値”を吊り上げたり、抱えこんだり、盗むことが用意になるのだ。貧困の差も生まれやすい。


「ミアリー世話になった。お礼もできないけど行く時間だ」


「お礼なんてらないよ。ちゃんと、ピコからどろぼ……」


 刻限の三日に達すると強制的に転移となる。ミアリーの言葉が終わらないうち、ピコバールとガオは国を出された。視界から、四角い建物がなくなって、どこまでも続く見慣れた麦の道があらわれた。ミアリーの言葉の最後は、かすんで聞き取れなかった。


「なにを言ってた? 案内のお礼してなかった文句かな」


「聞き逃した。でも言いたかったことはわかる」


「なんて言った」


「あれだよ」


 ピコバールは頒布を指さした。しつこく刺さっていた爪がない。いつ直したのか、穴もキレイに修繕してあった。


「すごいな。どろぼうは」

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