007 どろぼうの国 1日目



 風に揺れる麦の草原。丘を越えたむこうにも丘。それがどこまでも続いていた。道をゆくのはひとり乗りの軽戦車。小さなダンプには、ひとり用にしては大きく、旅をするには小さなリュックが揺れる。

 ヘルメットかぶり、ドレスの少女。拳銃と短剣をぶらさげた旅人はピコバールという。


 軽戦車のガオが聞く。


「ねぇピコ」


「なんだいガオ」


「次の国が、爪を抜くのがうまい人がいるといいな」


「ずいぶん細い要求だな。いってみないとわからないだろ」


「絶対いるって。前の猫の国で、屋根に爪がひっかって取れなくなったろ」


 操縦席の屋根は丈夫な頒布だが、細長いひっかき傷が3本と、爪が食いついて抜けなくなってる。


「猫の争いに巻き込まれたからな。あれは痛かった」


 思い出したピコバールは、ひっかき傷のついた腕をさする。ついでに頒布の傷穴に指を突っ込んで、こねまわした。


「広げるな! それなら爪を抜け……なにするっ」


 ピコバールは、腰後ろに吊った鞘から短剣を抜いた。


「ん? 爪を取るんだ。刃物で頒布を裂けばばっちり取れる」


「傷がふえるだろうが! ヤメロ!!」


「そう? 愛情こめた行為だったのに残念だ。まあ、雨でもふったとき頒布がないと濡れて困るか」


「屋根切り抜くつもりだったのかよ! もう何もするな! オレの爪取り名人、早くでてこーい!」


 リュックを落とす勢いでダンプを揺れると、パネルのガオも暴れた。


「暴れるな暴れるな。国に入ったらさがしてみるけど、そんな都合いい職人がいるかな」


「是が非でも見つける! ピコにハダカにされる前に!」


 空には太陽。穏やかに流れる雲が落とす陰が、大地をはっていく。聞こえるのは風の音と、ガオのモーターの音。ピコバールを乗せたガオは、ゆるやかな丘をくだり、ゆるやかに丘を登る。


「あ。ほこらを発見」


「見えた。ずいぶん黒くて四角いほこらだ。陰惨な臭いがする」


「そーゆーの好きだよな、ピコって」


 ふたりは吸い込まれるように祠の中にはいっていた。




 国の入口からすぐの町では騒動がおきていた。バッグをひったくった男が女性からげているのだ。


「どろぼー!」


「どろぼうが悪いかよっ」


「悪いから追っかけてんのよ! 待ちなさい」


「バーかバーカ。待てって言われて待つドロボウがいるかー」


 盗人猛々しいとはこのことで、ドロボウは、人込みにまぎれて身を隠し走り去っていった。どこかに急いでるふうのまわりの人たちや、特徴的な制服を着た男は、一瞥するだけで止めようとしない。盗人は角を曲がってみえなくなった。

 見失った女性は、はぁはぁ息をつきつき、ヒール底の靴で地団太をふんだ。


「くやしいっ」


 地団太では飽き足らなく、ハンカチを取り出してキーっと噛んでる。国の中ではガオに乗らないピコバールは、女性に申し出た。


「よければ追いかけるよガオが。こうみえて速いんだ、このガオは」


「ピコが追うんじゃないのか。ちょっとだけ見直したオレがバカだった」


 荷台を揺らすガオは、それでもドロボウを追いかけようとクローラを速める。


「いいのいいの。ありがとね。カタはきっちり支払ってもらうから」


 女性はサバサバした顔でハンカチをしまった。カタを支払ってもらうとは、保険にでも加入しているのだろうか。女性は角に立つ制服男性に手をあげた。さきほど泥棒を見逃した男性はうなずくと、持っていた手帳に何かを書きこむ。


「ピコ。どろぼうを捕まえにいくお巡りさんかと思ったけど」


 制服の男は手帳をしまった。どこかにいくでもなく、誰かに伝えるでもない。角にたったまま目を配ってるだけ。


「警官なら捕まえてる。ちがうみたいだ」


 みればあちこちに制服の人物がいて、誰かが合図をするたびに、手帳を取り出して書き込むことをしていた。この国の取り締まり方なのだろうか。


「私はミアリー。みない顔のキミは旅の方? お礼にこの国を案内してあげるわ」


「ぼくはピコバール。こっちはガオ。いいのか。この国のこと知りたかったので助かるけど」


「お礼だってピコ。優しい人に会って運がいいな」


「案内代はきっちり盗ませていただくけどね」


「盗む? 支払うの間違いでは」


「前言撤回だ。物騒な国の世知辛い人だ」


 ガオがじりじり後進する。しっぽを丸めた猫のようだ。


「あははっ、ビビらなくてもいいわよ。この国に流儀は盗むことなんだから」


「どろぼうすることが?」


「そうよ。ようこそドロボウの国へ」


「えええ!?」


「やっぱり物騒だ」

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