005ー1 麦束消滅作戦



「何が、起こった」


 ピコバールが、つぶやいた。


 いましがたまで寛いでいた世界が消えてしまい、立ってるのは面白味のない平坦地。麦の草原と一本の道だ。


ほこらもない! オレはレイヤーともっと遊びたいんだ、ピコ」


「……せっかく編みだしたほっこら踊りができない」


「それはどうでもいい」


 ピコバールは、握ってる麦束を凝視したが、ただの麦束だ。裏返しても、藁をかき分けても、なんの変哲もない麦穂。ほんのりと赤みがかっているがそれだけだ。眩しく光るような要素は微塵もない。


 町の全部を飲み込んだ。または、吸い込んだ。あの信じがたい光景は、記憶の奥まで焼き付いてる。時間にして数秒か数十秒足らずだが、今しがたの起こったことだ。細部まで克明に思い出せた。


「あれだな。町の夢を見てたんだな。麦ばっかりだから脳が現実逃避したんだ」


 だがそうであっても、麦の平原にいるいまは、あれが幻だったと思いこむのが正しい気がしてくる。


「そんなわけあるか! 戦車のオレも覚えてるし証拠もある。動かぬダンプだ」


 考えるのは止めにして寝ころんで目を閉じたいが、ぐっとガマンのピコバール。ガオの言い分の信憑性と、自身の不安を取り除くため、ダンプの荷物をチェックする。ニオイ、触りごたえ、重さ。覚えてる事柄を裏打ちするように、ひとつづつ、確かめていく。


「天幕、折り畳みテーブル、椅子、短刀、リュック、変な色をしたベスト、お菓子、ゲガロンマイト魔鉱物、レイヤーがかぶっていたヘルメット、袋にはいったコッペパン……」


 コッペパン。


 戸棚に仕舞おうとしたカザリアが一時的に載せたパン。手ほどきをうけながら焼いたピコバールの処女作。千切って口にいれると。ほんわりした噛み応えと甘さが口のなかに広がった。宿、道具屋、鍛冶屋。ひとつ軒に並んだあそこに確かにいた。そんな実感を、つきつけられる


「夢じゃなかった。ぼくらがいた町はなくなってしまった」


「オレたち、これからどうする」


「……」


「ピコ」


 終着点のつもりだった。先の見えない道からたどり着いた安息ゴールだった。カザリアたちの町。商売のこと、仕事のこと。将来を語れる夢の町。帰る家だと思っていた。2人の家を拠点にして短期に足を延ばす。そんな未来画が描けていたんだが。


「どうするもこうするも。旅を続けるだけだ」


「旅を……続ける」


「旅だ。マイヤーはあそこを国だっていった。町が集まって国。祠の奥だか下には国がある。ガオの国もきっとあるかも。ぼくの友達もどこかにいるかもしれない」


「かもだらけだな」


「だな。でも行くしかない。旅をやめなければ、そのうちわかってくるって」


「ピコは気楽だな。ピコ楽だよ」


「略すな」


 町のニオイがついたの鉄ヘルメットをかぶった。肩まで短くなった髪は、カザリアが整えてくれた。平原を見渡しぐっと拳を握ってから、ふっと力をぬいた。


「出発だ……のまえに、けじめはつけておきたい」


 例の麦束をつまみあげる。


「麦をどうすんだ? そん中に吸われた気がしたけどオレの見間違いか」


 ガオが首をかしげてるかわり、ダンプを微妙に上げ下げさせると、荷物の中で一番重い天幕がどさりと落ちた。拾いあげながら、話をすすめる。


「見間違いじゃない。もしかしたら潰せば国が戻るかもしれない。変わったことが起こる可能性は高いな」


「変わったこと……ピコ、そういうの好きだよな」


 ピコバールは前に回ると、初日ぶりに左箱のカバーを持ちあげた。駆動の機械や魔法陣の板がぎっしり重ねてあるのだが、めまいがしそうなのでそちらは視ない。

 目的は、いまにも枯渇しそうな暗灰色の魔鉱物ゲガロンマイト。台に乗った歪な球形のそれを片手で抜いて、レイヤーが「麦と交換した」と言い張ってた新しいゲガロンマイト魔鉱物をはめこんだ。


「ぬを?  ぬぉ? ぬぬぬぬぉぉぉぉを? なんだか力がみなぎってきたーーー! なにか、なにか発散したい気分だ!!」


「それはよかったな」


 ピコバールは、空き地となったほこらの地面に赤い麦束を置くと、声がぎりぎり届く位置まで離れると、「ぬぉぉーーー」と満ち溢れる衝動を持て余すガオに、両手をふった。


「攻撃だーー破壊しろぉーー。最大火力マックスリビドーーー」


「おお! まかせろっ! 思いっきり、完膚なきまでにぶっち壊してやる!」


 ぎゅいーーーーーーん!!


 高速回転のゴムクローラが土の道に溝をつくる。深い轍をきざみながらガオは、空き地から遠ざかっていく。ピコバールの場所の反対側、十分な距離を稼いだところで180度反転する。


「37㎜砲展開。高エネルギー貫通弾装填。榴弾モード」


 ダンプが載荷を揺らして上昇、下に格納された砲塔が腕のように動いて、麦束に狙いを定める。


「距離98.3メートル、仰角52度、風右から風速0.8m、右に0.02%補正」


「フレーぇ、フレーぇ ガ・オ・チ・ン あっそれ」


 ピコバールのエールが草原をはしったとき、ガオの焦点が麦束に定まった。


「エネルギー充填120% 発射ーー!」


 37㎜砲が火を噴いた。

 目の眩む光。

 爆ぜる音。

 高熱で大地を焼き、礫と土ぼこりを舞い上げた。


「ボハっ。やり過ぎだ。なにもみえないじゃないか」


 数舜の衝撃。ホコリが風に流されて薄くなるまで待つこと数十秒。空き地にもどった2人がみたのは、高熱に焼かれて炭化した窪みだった。窪みは円形で、ガオが落ちれば抜け出せないくらいに深かった。


「スッキリした。男に生まれてよかったと、実感したよ」


「……」


 知らなくてもいいことを教えられそうな予感が働き、ピコバールツッコまなかった。

 麦束に関しては期待したような変化はない。国の再登場はなかった。


「……雨が降ればカワウソが喜びそうな深い水がたまりとなるだろう。うん。成功だ」


「なにが成功よ。せっかく回収した国に何をしてくれてるの!」


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