004-6 はじまりの国 3日目 麦の穂




「ピコは強い女の子だったんだな。怪我も直してもらって助かった。ジョブチェンジする前に農業ができなくなりそうだったよ。ありがとうありがとう」


 レイヤは-ピコの手を握って、なんどもお礼をくりかえす。ドンクの刺又で折られた肩甲骨とえぐられた腕の傷を、光魔法で回復したのだ。


「ぼくも自分の強さにびっくりだ。あれはほとんど偶然だな」


 ヒールには自信をもっているが、自分が強いとは思ってない。ドンクたちを追い払えたのはその場の勢いと相手が間抜けだったから。むしろ頭上にハテナマークを浮かべて困惑の表情だ。


「そうだとも過信はよしときな。あたしらが庇う必要はなかったかもしれないけど、人間て弱いもんだからね。とくにあんたは女の子だ」


「うーん女の子か。あんまり実感ないな…………オレ」


「なぜガオが否定する?」


 コツンと叩くには痛い相手だ。ピコバールはそこに立てかけてった金属棒をつかんでふり上げた。ガオは「ベー」レイヤーの後ろに逃げたが、すぐに追いついた。逃げる。追う。食堂のテーブルの回りをぐるぐる追いかけっこだ。


 わっはっはと、大人たちの笑い声が、室内に満ちた。


「いいコンビだね」


 カザリアはにじんだ涙をぬぐって。また笑った。


「ああ。にぎやかになるな」


 それから途中だったパン作りへと戻る。2回目の発酵も無事に終わってオーブンで焼き上がったパンを試食。


「これがパンか」


「材料や焼き方で味はいろんな味になるんだ」


 ピコパールは、初めてパンを食べたかのように美味しさに感動した。






「邪魔するよ」


 そっけない挨拶とともに客がはいってきた。髭をたくわえた男だ。誰かに似ているなと思えばそこにいるレイヤーだ。彼にもうすこし威厳が備わればこうなったかもしれない風格がある。ピコバールは面白がった。


「マイヤー。来るのが遅いよ」


 カザリアはいまさら何をしにきたんだと不機嫌につっかかる。頬をかくマイヤーは、すまないと、平身低頭だ。


「すまん。庁舎にも貴族を出せと大勢が押しかけてきてな。対応に追われて遅くなった。お前たちが保護してるという英雄さんが、コチラかな」


「誰?」


 レイヤーが説明した。


「俺の弟でマイヤーだ。この町の長をやってる」


「騒ぎを納めてくれたんだってね。長として礼をいいにきた。ありがとう」


 マイヤーはピコバールに握手を求めよう手を伸ばしたが、途中で思いとどまった。


「レディには、膝をついて手の甲にキスのほうがいいかな」


「背中がかゆくなるからやめてくれ」


 自身を抱きすくめるように腕をまわし、身震いのふりをする。


「それならやめておこう。レイヤーから事情は聞いてる。この町に滞在してくれようだね。こんな折りに市民が増えるのは嬉しい。騒動を種を静まらせた少女となればなおさらだ」


「俺たちは、ピコにどんな仕事がむいてるか考えてるところだ。お前も協力してやってくれ。なにか役所の下請け仕事はないか」


「協力はやぶさかでないが、私ごとと公ごとを混同することはできん」


「相変わらず堅いなぁ。なにかあるだろうメッセンジャー係とか」


「そういや麦をもってるんだって? 調べたいから売ってくれないか。外の麦はもとはといえば王家が日照対策の末に創り出した植物だ。この混乱の背景に、なにかしら関係があるかもしれん。その理由なら多少高額であっても反対意見はでにくい」


「麦粒ひとつ買うのにも理由がいるんか。長ってのも不自由だな」


「やってみればわかる。次回の町長選は兄さんが出馬な」


「だれが出るか」


 ピコバールはもみ手になった。眉間にしわを寄せて勉強しまっせダンナと下卑た顔つき。


「麦一束につき金貨一枚なら格安でっしゃろ? 相場はしらないんですがね。ひっひっっひ」


 毒りんごを売りつける老婆のように嗤った。


「なんだこの子は」


「こういう子なのよ。相手してあげて」


 当惑するマイヤーをカザリアがフォロー。レイヤーの隣りでは、ガオが、またかと、あきれ模様だ。


「ゴホン。パン一個分の原材料代金が、新人の月収相当と? ぼったくりも大概にしたまえ。銀貨1枚でも高い」


「業突く張りやなー。銀貨5枚ならいかがどす?」


「どちらがだ。銀貨2枚」


「遠征費がかかるんでゲスよ。あんたがた外に出られないんやったな。銀貨3枚に銅貨10枚」


「……足元をみやがるなぁ。レイヤーこんな逞しい娘に支援がいるのか?」


「慣れない旅に初めての町。心が不安定だから金に走ってるんだよ」


「ふーむ。ずいぶん入れ込んだものだ。銀貨3枚に丁度。これ以上はまからん」


「お主も悪のよぉ。10束ほどあったな。一番下みたいだガオは動くなよ」


 素にもどったピコバールが、荷物や道具が積み込まれたダンプを漁る。レイヤーたち大人は、自然と話し合いになった。考えるともなく腕組みになって、今後のことを口にする。


「それにしても町から出られなくなってから五日目か。マイヤー。役所でも調査してるんだろう。こうなった原因はつかめたのか」


「さっぱりだ。例のゲート以外で出口らしい存在はない。街道の道は深い霧に覆われて、進もうとしても戻される。範囲だが、複数の町があつまってる。農業に工業に商業。交易がなくても自活に支障のない区域ゆえ、ちいさな国だと自嘲してるよ」


「……国な。そうなると、この子は大きな鍵になるな」


 3人の視線が集めた少女は、堀だしたお宝を高々と見せびらかす。


「あった! 銀貨30枚=金貨3枚、ゲットだぜ!」


 ダンプの底で潰れていた麦束。それをマイヤーに受け渡す。マイヤーが手を伸ばして、それに触れた途端。


 それはおこった。


 ピコバール、ガオ、麦束。2人とひとつ以外の物はぼんやりした光の中に埋もれた。


「眩しいっ」


「ピコっ!」


 光源は麦束でありもっとも影が濃くなってるのも麦束だ。光を発しているのが麦全にみえるが違う。マイヤーが触れた麦穂が強い光を放ち、一瞬にして世界を単調な線画のように色を薄め、光が影を濃厚にしたのだ。


 拡散した光は時間を止めると、あらゆる線は、光の源である接触点に集約されていく。総てが、マイヤー、レイヤー、カザリア。食堂のテーブル。食堂そのもの。町を歩く人々、町そのもの。息をしていた人、してない物、建物。いましがたまで暮らしのあった何もかもが、麦の中へ吸収されてしまった。


 つぶったまぶたを開けたピコバールの前にあったのは麦。

 茫洋とした麦の草原が広がるばかりだった。


「……なんじゃこりゃあああ!!!???」

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