005ー2 |司る者《ハングラー》



「なにが成功よ。せっかく回収した国に何をしてくれてるの!」


 どこからか、怒りの声がふってきた。

 ピコバールは両耳に指をいれて、「わーわーわー」と声をだしてから、おかしいなと首をひねる。


「ガオ。ぼくはいま空耳アワーなのだが」


「それ、オレも言おうとしてた。爆音でおかしくなったんだな」


 ガオも音声の調整をしたらしいが、特段おかしいことはみつからず、突発的な不調と片付けた。


「なによ。私の声を空耳あつかいして、こっちみなさいよ」


 再び同じ声。上のほうから聞こえるようだが、申し合わせたように2人をそちらを視ない。ピコバールは首を、右、水平に45度に向けて「誰もいない」と。ガオは車体を左45度旋回させて「オレもだ」と。あたりまえである。


「麦以外の生物は、見渡すかぎりぼくたちだけだが。いちおう空耳に答えておこうか。どうみても成功だろう。みろこの窪地として完璧なフォルム。世界発の爆撃クレーターの誕生だ。ぜひともジオパークに登録してもらいたい」


「上よ、うえ! 声のほうをみなさいよ! どう聞いても上でしょうが。首を上にあげるの!!」


「わがままだな最近の空耳は。ぼくは、頭ごなしの声は嫌いでね。無視するか敵とみなすことにしてるんだ」


 むかしの耳鳴りは、わがままじゃなかったらしい。

 それはそうと、ガオが同意した。いわずもがだが「敵とみなす」の言葉にだ。


「撃ち落とそう」


 ピコバールはリボルバーを抜き、ガオは20㎜砲を展開して、うなづきあう。


「3……2……1…」


「まって! わかった私の負け。そんなの撃ち込まれたら無事じゃすまない。降りるから……ったくもう」


 しゅるっすとんっ。


 空中から軽く着地してきたのは、白基調のドレス、腰まで長いリンスのきいた黒髪の女の子だ。家宝を護るように胸にかかえてるのは、着弾まえに救出したと思われる例の麦束。


「まさか……」


 ピコバールたちを睨みつける鋭い目。敵は負けを認めてる。鬱憤を溜めこんでるのは間違いないから、無視攻撃は成功したといえよう。喜ぶところだったが、ピコバールは眼が飛びさんばかりに驚いてる。

 その顔には見覚えがあったのだ。見覚えどころではない。ピコバールが気がかりにしている唯一の人物――本人いわく友人――シルエット・シルアディーだった。


「姫……死んでいないと信じていたが。まさか、空耳使者に昇格していたとは」


「私は司る者。司る者ハングラーよ。あっと驚く登場で度肝をぬいてやるつもりだったんだけど。キミたちの非常識な、バカぶりには こちらが度肝をぬかれたわ。なにを食べたら、たかが麦束を高威力の弾で攻撃しようなんて発想になるのよ。腹たつ……」


 ひとしきり、勝手な文句を陳情した司る者ハングラーは、最期にやっと驚いた理由に気づく。


「……姫?」


「おそい! 姫だ姫。キミは末姫でぼくの従妹。ほら美しいまなざし、可愛らしい唇、思わず撫でたくなる頭。どれをとってもぼくと瓜二つ。まさか忘れたとはいわないだろう」


 まなざし、唇、頭。自分と司る者ハングラーの部位を、いちいち指でさす。


「言われてみれば似てるかもだけど……認めたら立ち直れない気がする」


「ピコ。形容詞に誤用があるぞ。人を見下すための眼、ひん曲がった毒を吐く唇、思わず殴りたくなる頭だ。言葉は正しく使えと言われたろう」


「あ、戦車君、それそれっ……はっ!? 私もそうだってこと!!?」


「正解よくできた。花◎をあげよう」


「ありがとう……はっ!? そんな話をしに来たんじゃないの! 調子狂うわね!!」


 ピコバールとガオの連係プレー。司る者ハングラーは、麦束をかじる勢いで、イライラを募らせていく。


「姫。やっと再会できたんだ。一緒に王都を探さないか。幸いにも食べ物は売るほどある。水はおたがい魔法使い。無限に走る足つきだ」


「ピコバールだったわね。キミ、いまの状況をぜんっぜん理解してないわ。王都は滅びた。私たちが滅ぼしたの。光ない世界、地中へと押し込められた闇の一族がね」


「唐突になにをいうかとおもえば。へぇ……闇の一族の末姫」


「末姫じゃなくて司る者ハングラー!」


「それが新しい設定ならしょうがない。道中ヒマだしつき合ってやるか。なあガオ」


「いいよ。何役で?」


「誰が設定だっていったあぁぁ!」


「違うのか? あそうかっ! 気がつかなくてごめん。まだ仮設定の段階なんだな」


「ちぃがうぅうう!  あわわっ」


 司る者ハングラーは持っていたものを地面にたたきつけると、それが麦束だと気づいて、慌てて拾い上げた。ふーっふーっと、息を吹きつけながらついた、土ホコリを手で払った。


 すべてのホコリを落とすと、キッ! ピコバールを般若の形相で睨みつける。


「バカ野郎め! いい? 説明するからよーく覚えておくのよ!

 闇の一族は、キミたち王家の始祖に敗北して、太陽の届かない地中に追いやられた一族よ。それからずっと、積年の恨みつらみを忘れず生きてきたの。

 けど300年経ったある日、一族を押し込めた封印が消えたの。

 もちろんすぐに、地上に出たわ。300年ぶりの太陽はとてもまぶしくて気持ちよかった。それはいいんだけど。王家は、みごとに闇の一族を忘れてやがった!」


「なんだ。そんなら。ぼくが知らなくてあたりまえじゃん。忘れられてんならラッキーだな。闇稼業の人もまっとうな仕事につけて万々歳だろ」


「闇は、稼業じゃなくて一族!」


「一族で闇の商売をしてた? 違法作物の育成か ぼくにも一枚かませろ」


「何を言ってるの! きちんと話を聞いてた?」


「きちんと話を聞いてるように見えたか。バカめ」


 司る者ハングラーは、さっと魔法の杖ワンドを取りだすと、ピコバールを攻撃した。


「ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール!」


「うげっ うげっ うげっ あぁ~れぇぇぇ~……」


 ほぼほぼ至近距離からの外しようのない火の玉は、3つとも直撃してピコバールをふきとばした。人間型の十字の穴が、麦の列のなかにできていく。どこまで吹き飛んだかわかない。「あーれぇー」の悲鳴がしりすぼみに小さくなって、やがてきこえなくなった。


「死んだかな。旅人排除は禁止されてるけどしかたないよね。はじめっから、こうしておけばよかったわ。ところキミ、相棒がなくったのに、なんにもしないのね?」


 いつでも反撃できるよう、魔法の杖ワンドをかまえて警戒する司る者ハングラー、対して軽戦車は微動だにしてない。ピコバールに似ている女の子は、人でなしめと言いたげな目をくれ、飛び去ろうと身をかがめた。


「死んだ? 誰が? 道端のコオロギなら、惜しい人物を亡くしたな」


「ひえ?」


 ふり向けばそこに、ガオにヒジ枕でよりかかったピコバールがいた。


「ふっぎゃああああ、どうしてピンピンしてるの!?」


「ギャグモードのぼくは、無敵なのだ」


「こういうこと。ピコを心配するのは損なんだ」


「なによ、それー!」


「ワキを、剃れー!」


 攻撃が効かない。言うことも聞かない。何人もの旅人を相手してきたらしい司る者ハングラーにも、こうした手合いは初めてなのだろう。口からエクトプラズムを発現しそうに衰弱をみせる。ORZ姿勢で懇願した。


「……話だけは最後までいわせて」


 わかったと、了解したピコバールは地べたに体育座りになる。

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