第7話 追悼

 貧乳女のオタク文化の語りが終わると、俺様と伊里奈は真っ直ぐに自分の部屋へと戻るのだった。

「今回は俺様が親だったからいいものの、伊里奈は少し自覚を持て」

「ん。今度は大丈夫、です……。完璧な、作戦です……から」

 そう言われても不安しかない。

 何せ、あの無駄肉乳女には俺様の弱点を知られてしまった。

 それにつけいるように、伊里奈を利用した。

 最低な奴だ。

 この健全で最高の俺様よりも、無駄肉乳女はゲスい。

 伊里奈が弱点であると知られるのはマズい。

 だが――。

 こちらにも勝ちの目はある。

 だって伊里奈にのだから。


 夕食のため10階にあるフロアに移動する。

 相変わらずのビュッフェ形式で、俺様はハンバーグや唐揚げ、ローストビーフを選ぶ。

 がっつり食わないとやっていけない。

「あれ。龍彦さまは半家を殺したこと、なんとも思っていないのか?」

 眼鏡が煽るように尋ねてくる。

「あー。そんな奴もいたな」

「……え」

 眼鏡が困惑したように怯む。

 いや、おびえか?

「あん。でテメーとなんの関係があんだ?」

「え、え……いや、えぇ……」

 こいつ話ができねーやつか?

「まあ、テメーの考えなんて知らねーな。俺様は伊里奈とこのゲームを終わらせる」

「こわ、人の死をなんとも思っていないのかよ……」

 眼鏡が呟き離れていく。

「俺様、悪いことしたか?」

 伊里奈に尋ねると、ふるふると首を横に振る。

「ま、俺様は誰になんと言われよーと、伊里奈は守るからな」

「ち。なんだよ。あいつ……」

 周りからの目が厳しくなった気がするが、俺様は肉にありつく。

 うまい。

 やはりメシは肉に限る。

 その隣でスイーツを味わっている伊里奈に視線を向ける。

「うまいか?」

「はい。……あーん」

 ケーキを切り分けて、差し出してくる伊里奈。

「お。サンキュー」

 俺様は口を開けて味わう。

 甘い。

 ちょっと苦手な味。

「まあ、お前が好きならいいんだ」

 俺様はそう言うと伊里奈の頭を撫でる。

「ん……」

 すりすりとすり寄ってくる伊里奈。

 可愛い。

 俺様はこいつを守るために生きているのだから。

「あー。相羽兄妹は置いておいて、これから半家はげ――コカトリスの追悼式を始める」

 無駄肉乳女が他の奴らを先導するように追悼を始める。まるで俺様に当てつけているかのように。

「は。あいつが何のスキルを手にしたのか、わかんねーが、《肩代わり》じゃねーってことだ」

「ん。他の防御系、です……?」

 伊里奈はこてんと首を傾げる。

「ああ。てなわけであいつが死んでいない可能性もある」

「ほー。じゃあ、なんで今この場にいないんだ?」

 眼鏡がくいっと眼鏡を持ち上げて睨めつけてくる。

 このフロアは全部食事用の部屋となっている。

 通常、ゲームが終わればこの場で夕食を、朝食を、昼食を摂る。

 だが忘れてはいけない。ここは高層ビルの10階。

 ここから抜け出すには1の扉から出ていく必要がある。

 それができなければ、俺様たちはここで死ぬまでゲームすることになる。

 しかも、死が関わっている《デスゲーム》に。

「は。誰が死のうが、関係ねー。俺様は伊里奈と一緒にこの場から出ていく」

 ぴしりと閉めると、俺様は食事を終えた妹を見やる。

「ほー。おおきく出たものだな。僕……いや僕たちは君たち相羽兄妹を軽蔑するよ」

「そうね。私たちに勝ちたければ、土下座でもすることね」

 無駄肉乳女が前に出て、得意の男心をくすぐるパイオツを揺らして目を光らせる。

 しかし、誰がこんな規模のデスゲームを思いついたのだ。いくらギャラリーがいるからと言って、こんなことをすれば警察に――。

「あら。あなたたちがいると心が腐るから立ち去って欲しいのだけど?」

「ニーナちゃん、言いすぎだよ。龍彦くんにも事情があるんだよ!」

 貧乳女が間に入ってくるが、俺様は彼女らにつもりなんてない。

 それどころか、協力するつもりもない。

「このゲームが」

 俺様はたっぷりと情感を表すように息を吸う。

「デスゲームなら、俺様は誰かを犠牲にしてでも、勝ち残る。はない」

「だったら、みんなで協力して脱出を目指すべきなのじゃない?」

 無駄肉乳女が先導するように言う。

 ゴリラも、眼鏡も、貧乳女も、妖怪女も、博士も。

 誰も彼もが頷いて見せる。

「何を言っている。このゲームにギャラリーがいるということは、〝死〟を楽しんでいるのさ」

 そう。

 人が死ぬゲームを楽しんでいる。

 だからこのゲームには応えなんてない。

 運営と戦うなんて馬鹿らしい。

 そんな考えではこの場から逃れることはできない。

 このゲームから降りることはできない。

「さて。明日もゲームが始まる。お前らはどうやってクリアする気なのか、知らないが、運営が求めているのは争いだ。争いがあれば人は注目する。それが〝死〟に関わっているならなおさら」

 どんな聖人君子でも、暴力の前にはひれ伏すしかない。

「龍彦くんの言うことも少し分かる気がする……」

 貧乳女がこくりと頷く。

「ふふ。そう思わせるのが彼のやり口かもよ」

 妖怪女が不適に笑いを浮かべている。その口元は扇子センスで隠れている。

「何を言っているの。私たちは協力して、運営の魔の手から逃れるの。そうすれば、いずれ飽きてきて、ゲームは終わるわ」

「は。ここにはここのルールがある。誰も本気で生き残れると信じちゃいねーよ」

 俺様は無駄肉乳女を否定するように言い、妹と一緒に30階にある自分の部屋に向かうため、昇降機エレベーターに乗り込む。

「ま。俺様たち兄妹に逆らおうとするなら、容赦しねー」

 ドスをきかせて脅す俺様。

 それに怯む様子を浮かべる無駄肉乳女。

 部屋に戻ると、俺様と伊里奈は部屋に入る。

「はー。緊張した……」

 俺様は素を見せる。

「お兄様、無理しすぎ、です……」

 元々コミュニケーションが得意でない俺様と伊里奈。

 人前に出ると、ついつい煽ってしまうが、本来そんな俺様ではない。

 俺様ほど、優れた性格はいないと思っているが、コミュニケーションだけは他の人に比べて劣っていると感じている。

 それは仕方ないことなのだが――。

「わたしのために、言ってくれて、……ありがとう、お兄様」

 伊里奈が儚い笑みを浮かべて、抱きついてくる。素が可憐な彼女だからこそ見せる顔がある。

 それが俺様の自慢の妹とも言えるが。

 このゲームでは向いていないんだよな。


 ◇◆◇


半家はげの追悼を行うわ。みんな黙祷を」

 チーンとなり、みな一様に手を合わせてうつむく。

 もう誰も犠牲にしたくない。

 脱落者など出したくない。

 でもあいつが、相羽あいば龍彦たつひこが牙を剥いて反論してきた。

 私はこのみんなを指揮して龍彦さんを殺さなければならないのだろうか。

 それは嫌だ。

 もう誰にも死んでほしくない。

 死は嫌だ。

 死にたくないし、死んでほしくもない。

 私ニーナ=プロシンは絶対に誰も死なせない。

 そのためなら自分が殺すこともいとわない。

 〝死〟はダメだ。怖い。

 そんなのありえない。

 私たちは必死に生きてきた。

 その気持ちを無駄にはしない。

 半家さんをに追いやった相羽龍彦は危険な人物だ。

 どこか確信めいている顔も、言動も。すべてが嫌いだ。

 嫌いだ。

 あんな独善的で、自分勝手な奴。自分たちのことしか考えていない。

 私はこんなにもみんなのことを考えて行動しているというのに。

 でも勝てるかな。あの外道に。

 半家さんの死に心も痛めない異常者に。

 私はまだにたくない。

 死ぬわけにはいかない。

 やりたいことはまだたくさんある。

 それに、みんなプロのゲーマーだった。

 ここを出れば、楽しく笑い合う――そんな日が想像できるくらいに優しい。

 だから負けるわけにはいかない。

 あの龍彦さんには!

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